第15話:あたしじゃない
ダンジョン探索において、基本となるパーティ構成は前衛三人、後衛三人の六人体制らしい。
これはこれ以上少ないと危険が高く、逆に多いと満足に動きが取れないことが多いからだそうだ。
だからきっと生徒会の両先輩たちは、あれほどしつこくちょこちゃんを勧誘したのだろう。
杏奈先輩がパーティに入らないのなら、もうひとりどうしても必要だったのだから。
つむじちゃんはちょこちゃんの勧誘には関わっていなかった。
でも放課後冒険部について詳しい。
きっと杏奈先輩がしばらくしたら元の学校に戻ってしまうって知ってたんだと思う。
文香先輩は知ってたかどうかは分からない。
けれど表情に変化はなく、いつも通り、おっとりとしている。
つまりは私だけ。
私だけが杏奈先輩の離脱にショックを受けていた。
「うんうん、実践初日にしては上出来上出来。みんな、ちゃんと訓練通りの動きが出来てたねぇ」
杏奈先輩が指示した辺りを探索し、いつもの入り口の大広間に戻ってくるまで5回ぐらい戦闘があった。
相手はコボルトとゴブリンで、緊張はしたものの、みんな上手く立ち回れたと思う。
まずはつむじちゃんが素早く切り込んで、そのダメージ具合で敵の属性を推測。
それに基づいて誰がどの敵を攻撃するかを橘先輩が指示し、適切なフォーメーションを組み上げる。
一回だけ木戸先輩がゴブリンのしびれ攻撃を受けたけど、それも文香先輩がすかさず回復させて難無きを得ていた。
「でも、あれだけの探索で魔力がもう尽きかけているのは、自分のことながら情けないわ」
「最初はみんなそんなもんだよ、彩。むしろ自分の魔力の限界を今の時点で把握できているだけ優秀優秀」
体力はまだまだあるんだけどなぁっと彩先輩が剣を振り回すのを苦笑気味に眺めながら、杏奈先輩が労う。
「ちょこはむしろ体力が限界なのです。魔力はまだまだあるのに悔しいですよー」
「ちょこ殿はもうちょっと体力づくりが必要でござるな。良かったら拙者と朝練をするでござるか?」
つむじちゃんの提案に、ちょこちゃんが嫌そうに表情を歪めた。深夜遅くまでゲームをしているちょこちゃんにとって、朝の睡眠時間はゲームのプレイ時間並みに貴重なんだろう。
「ねぇ、友梨佳ぁ。わたしもたまには攻撃したいよぉ」
「無茶を言わないでくれよ。もし文香が状態異常に陥ったら誰が回復させるんだい?」
「友梨佳のキスで回復するよぅ、多分」
「ああ、なるほど……って、この話はやめよう、文香。彩がこっちを見て睨んでる」
片隅では文香先輩が駄々をこね、友梨佳先輩があたふたと困っていた。
「はいはい、じゃあ今日はこれで終わり。ゆっくり休んで体力・魔力を回復させてね。明日はスライムも出てくる辺りを探索するつもりだから、千里ちゃんは今日以上に気合を入れるよーに」
「……はい」
「では解散!」
お疲れさまでしたーの声がダンジョンに響き渡り、みんなぞろぞろと部室へと戻っていく。
「どうしたでござるか、千里殿? 帰らないでござるか?」
「……え!? あ、うん、帰る帰る」
爪を齧りながらひとりでぼーっと突っ立っていた私に、つむじちゃんが声をかけてくれた。
我に返って慌てて部室へと向かう。
でも、視線は自然と杏奈先輩の後姿を追いかけていた。
スライムは厄介なモンスターだ。
闇属性の奴は光魔法しか効かないし、それでなくてもぴょんと跳びついて体に粘着するその攻撃は魔力を急激に奪っていく。
おかげで次の日。
「もう最悪ー! ちょっとみんな、こっち見ないでよ!」
戦士として前衛に立ち、このパーティの主力を担う彩先輩がスライムの集中攻撃を受けて魔力が枯渇。
あえなくすっぽんぽんになってしまった。
「いい! エロいよ、彩! まるでスライムに服を溶かされたみたいだ!」
「友梨佳先輩、今はそんなことを言っている場合じゃないでござる。スライムの群れに挟まれてしまったでござるよ!」
「なに!? よし、こうなったらみんなで裸の付き合いとしゃれこもうじゃないか!」
「馬鹿言ってないで今は逃げるべきなのですーっ! 千里、今度こそ光魔法で突破口を開くですよーっ!」
「う、うん」
私は背後の洞穴から忍び寄ってくるスライムの群れにむかって、光魔法を充填させた杖で小石を打ち飛ばそうとする。
でも。
「依然として絶不調でござるな」
練習ではほとんどしなくなった空振りを、今日に限っては何度も連発していた。
たまに当たってもあらぬ方向に飛んで行って、スライムを撃退するどころか、怯ませることすら出来ない。
「あーん。千里ちゃん、落ち着いてぇ」
心配してくれた文香先輩が応援してくれるけれど、私はもう何が何やら分からなくて完全にパニック状態だ。
パーティから少し離れたところでこちらを見ている杏奈先輩に何度もすがるような視線を送るけれど、先輩はさっきから助けてくれる素振りすらしなかった。
「仕方ない。みんな、スライムの群れを突っ切って逃げるぞ!」
友梨佳先輩の指示にちょこちゃんが「うえー」ってうんざりした声を上げたけど、私たちにはもうその手しか残されていない。
結果、友梨佳先輩がレイピアを振り回して突破口を開き、つむじちゃんとちょこちゃんが囮役で敵を引き付け、私と文香先輩がすっぽんぽん状態の彩先輩を守りつつ、群れの中を突っ切った。
かくしてなんとか入り口の大広間に戻れたものの、私以外はみんな魔力を全て奪われてしまい、もうベトベトでヘトヘトという散々な一日になってしまった。
そしてその日の帰り道。
「少し、いいかな?」
つむじちゃんと別れて少し歩いたところで、突然後ろから声をかけられた。
「杏奈先輩……」
「今日のことでどうしても千里ちゃんに伝えたいことがあったの。時間、大丈夫かな?」
辺りは朱から紺へと、夜の帳がゆっくりと降ろされようとしていた。
どこかの家から美味しそうなカレーの匂いも漂ってくる。きっと私の家でもお母さんが料理の真っ最中だろう。
「少しでしたら……」
「うん。じゃあ近くの公園に行こっか。あっと、その前にあたし、コンビニで買い物してくるけど、千里ちゃんは何がいい?」
「え?」
「ほら、カレーのいい匂いがしてるでしょ。だから我慢できなくてカレーまんを食べようと思うんだけど、あたしひとりだけってのもアレだな、って。奢ってあげるからなんでも好きなものを言ってみたまえ」
特別食べたいものはなかったし、今お腹に何か入れてしまうと晩御飯が食べれなくなってしまう。
でも、杏奈先輩がしつこく奢る奢ると言うものだから、私は紅茶を買ってもらった。
私は温かい紅茶を、杏奈先輩はカレーまんが入った袋を抱きしめながら近くの公園のベンチに座る。
なにはともあれまずは一口と、袋から取り出したカレーまんに先輩が齧りつき、私の鼻腔をその刺激的な匂いがくすぐった。
「……あの、杏奈先輩!」
本当なら杏奈先輩がちゃんとカレーまんを食べ終わってから話しかけるのが礼儀というものだと思う。
でも、今の私は、ううん、あの話を聞いてからの私は、本当に余裕がなかった。
だから言っても仕方がないあの言葉を。我が儘でしかないあの言葉を、私は口にしようとした。
「千里ちゃん、友梨佳先輩と彩は今頃何をやってると思う?」
でも、その一言を杏奈先輩が遮る。
「え? えーと……?」
「スライムにやられてみんなすっぽんぽんになちゃってさ。橘先輩もいつもなら『うひょー』とか言ってるのに今日は妙に静かで、部活が終わったらすぐにふたりして帰っちゃったでしょ? ね、何やってると思う?」
「え? ええっ!? そ、それはその……あうっ」
なに、その答えにくい質問!? 杏奈先輩、何を期待しているの!?
「きっとね今頃、ふたりして猛特訓しているよ」
「はうううううっ! 猛特訓ってそんな……へ? 特訓?」
「うん。実はね、彩って一度魔力測定で落ちて、放課後冒険部への入部をあたしから断られているの」
「え!?」
「それぐらい彩の魔力は少ない。今日だって真っ先にすっぽんぽんになっちゃったでしょ。本当なら彩は放課後冒険部に入れないレベルなんだよ」
それでも彩先輩は自分は生徒会長だから、学校を守る義務があるからと言って、何度も何度も杏奈先輩に入部を申し出たと言う。
そして友梨佳先輩を相手に剣の力を磨き、魔力がない分はそっちでパーティに貢献するからと訴えて入部許可をもぎ取ったのだそうだ。
「彩は魔力の才能はなかった。剣の方だってまだまだと思う。でも責任感が人一倍強くて、そのためならどんな努力だって厭わない才能があった。だから今日のことは相当に悔しくて、今頃友梨佳先輩と剣の特訓をしてると思う」
本当はふたりとも別にやりたいことがあるんだろうけどね、と最後に杏奈先輩が冗談めいて言うものの、私の耳には入ってこなかった。
そうなんだ彩先輩……私、全然知らなかった。
「それに付き合ってくれる友梨佳先輩もいい人だけど、同じぐらい『いい子だなぁ』って思うのはつむじちゃんだね。さっきもずっと千里ちゃんのことを励ましてたもん」
「……はい。気にしないでいいでござるって何度も言ってくれました」
「うんうん。つむじちゃんぐらい才能があって、でもそれを鼻に掛けず、他人をあれだけ純粋に労われる人ってそういないと思うな。そしてちょこちゃんも勧誘するまでは大変だったけど、いざ放課後冒険部に入ってくれたらちゃんと頑張ってくれてる。多分、千里ちゃんは気付いてないと思うけど、今日のちょこちゃんの魔力枯渇はスライムにやられたからじゃなくて、魔力を使いすぎたからなんだよ?」
「そうなんですか!?」
「うん。まぁ、それはつむじちゃんも同じなんだけど、ふたりともみんなが逃げれるよう、自分がすっぽんぽんになるのも構わずに頑張ってくれたの」
それも全然、気付かなかった。
「そして文香。
カレーまんを食べ終えた杏奈先輩は、私をじっと見た。
「千里ちゃんが助けを求めるのはあたしじゃない。同じパーティを組むみんななんだよ」
言われてハッとなって、そして次の瞬間、様々な感情が混ざり合った涙がじんわりと溢れ出てきた。
「あたしだって、今日の千里ちゃん達を見てて何度も助けてあげたくなったよ。でも、それじゃダメなの。あたしの役目は、あたしがいなくてもみんながお互いに助け合って、ダンジョンから無事生還できるようになったかを見極めること。だから今のあたしに出来るのは、せいぜいこれぐらい」
そっと杏奈先輩が私の頭に手を置く。
その手は暖かくて、優しくて。でも私はどうしても涙を止められなくて。
そんな様子に先輩は静かに私の頭を抱きよせようとするから。
私は先輩の胸を今この時だけ借りることにした。
「……ごめんね、千里ちゃん。一緒に冒険してあげられなくて」
「…………」
「あたしもね、出来ることなら千里ちゃんたちと一緒にパーティを組みたいよ」
「…………」
「だけど千里ちゃんにつむじちゃんたちのような素敵な仲間がいるように、あたしにもあたしが戻ってくるのを待ってくれている仲間がいるの」
「…………」
「まぁ、もっとも『杏奈に指導員なんて出来るわけない』って馬鹿にしてくる奴らばかりだけどね」
「……そんなこと……ないです。杏奈先輩は……とても立派な……私たちの先生です」
「え? そ、そう、かな?」
「そう……です」
そうだよ。だって杏奈先輩はいつだって私たちのことをよく見てくれているもの。
今だって、私が言いたかったことを、言っちゃいけない我が儘を、こうして先輩の方から口にしてくれた。
誰がなんて言おうと、杏奈先輩は優しくて、素敵な、私たちの先生だ。
「そっか、ありがと。えへへ、今の言葉、学園のみんなにも聞かせてあげたいよ」
先輩が優しく私の頭を撫でる。
その日は少しだけ家に帰るのが遅くなった。
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