第13話:前略、ソフトボール部の皆さん
「おー、これは結構面白いのです」
わずか数日ですっかり異世界ダンジョンに慣れ、革製の胸当てにショートパンツという軽装に変身したちょこちゃんが、魔力で作り上げた弓矢を連射する。
狙うは訓練人形・通称すたーもん君。
放たれた矢はどれもあらぬ方向に飛んでいって「あれ、失敗かな?」って思ったものの、まるで標的にロックオンしていたみたいに様々な曲線を描いて、最終的にはすべて命中させてしまった。
「くそー、性格もだけど魔力の扱いまで小憎たらしいほど上手いなー」
それを見ていた橘先輩が呆れたように感嘆した。
うん、まったくだ。
ちょこちゃんが放課後冒険部に入ってたった数日。
「魔力で弓の軌道を変えたんだね?」
「敵は的みたいに止まってはいないですからねー。実践を想定して軌道を操ってみたのですよー」
「うん、いいと思うよ。魔力の消費もそんなに多くないしね」
杏奈先輩にも褒められている。いいなぁ。
「んじゃ次は千里ちゃんの訓練の成果を見せてもらおうかな?」
羨ましげにちょこちゃんをみていたら突然杏奈先輩が振り向いたので、私は慌てて顔を引き締めた。
☆ ☆ ☆
それはちょこちゃんが放課後冒険部の部活に参加した初日のことだ。
異世界の部室からダンジョンに入る前に、ちょっとしたミーティングがあった。その中で杏奈先輩が例の『炎魔法が変な形で発動した件』について、魔法を研究している人の見解を話してくれた。
「魔力の粘性、ですか?」
「うん。魔力って体を覆っているからある程度の粘性があるらしいんだけど、千里ちゃんの場合、それが極端に強すぎて体に密着しているんじゃないかって」
だから魔法の炎が飛ばず、でもその力は発動しているからモンスターが杖に触れた途端に燃え上がった、ということらしい。なるほど。
「でも、そんなことってあるんですか?」
「さぁ。その人も初めて聞く話で、あくまで推論らしいよ。だから近々こっちに診に来るって」
ううっ、診に来るってまるで病人みたいでなんかヤダなぁ。
「でも、それは困ったな。魔法使いは後方から攻撃するものなのに、魔法が飛ばないとなるとどうすればいいんだ?」
「先輩、心配することは何もないのです。確かに千里の魔法は飛ばないけど、その威力はミノタウロスを一発で倒してしまうほど抜群なのですよー」
少し眉をひそめる橘先輩に、ちょこちゃんがあの場に居合わせなかった先輩たちに当時の状況を興奮気味に話す。
それを聞いて橘先輩だけでなく、木戸先輩、文香先輩も目を丸くした。
「驚いた。あれはてっきり杏奈がやったもんだと思ってた」
「だねぇ。千里ちゃん、すごーい」
褒められることなんてあまりないからなんだか照れる。そう言えば以前に杏奈先輩から自分の評価を聞かされたつむじちゃんが照れるあまり、私に抱きついてきたことがあったなぁ。今度は私が逆に抱きつく番?
「あい? どうかしたでござる千里殿?」
「あ、ううん、なんでもないよ」
無理だ。私のキャラじゃないから、むしろもっと恥ずかしい!
「よし。じゃあ千里君は魔法使いだけど前列に配置し」
「それはダメ」
橘先輩の言葉を、しかし、杏奈先輩が強く否定して打ち消した。
その語気の強さは、なんとなく浮かれ立っていた私たちを黙らせるのに十分だった。
「どうしてだい、杏奈君?」
「その説明をする前にひとつ。みんな、この前のダンジョンでの地震は覚えてるよね?」
頷く私たち。当たり前だ、忘れるはずがない。
「あれはダンジョンが急激な成長をする時に起きるの」
「え? でも、ダンジョンの成長には私たちの魔力が必要って……あ、まさか……」
「そう。ミノタウロスの攻撃を受けて吸収された千里ちゃんの魔力、それでダンジョンが成長したんだよ」
あの規模だとおそらくはレベルがひとつ上がったと思うと杏奈先輩。
正直言って、俄かには信じられない話だった。
だって確かに攻撃は受けたけど全然ダメージはなかったし、それにたかだか私の魔力を吸い込んだぐらいでそんなに成長するとはとても思えない。
でも。
「魔法使いは他の職業と違って魔力が大きいうえに、防御力もないからね。一発食らっちゃっただけでかなりの魔力を吸われちゃうの」
「なるほどでござる。それでは千里殿を前衛にするっていうのは」
「うん。ダンジョンにどうぞ成長してくださいって言ってるのと同じってわけ。まぁレベル上げの為にわざと魔力を吸収させてダンジョンを成長させることもあるんだけど、それはまだみんなには早いからね」
だから私の前衛は却下という杏奈先輩の答えに、私たちは誰からともなく溜め息が出た。
「でも、だったらどうすればいいんですか? いくら魔力があっても魔法を撃てなかったら私……」
それって単なるお荷物ってことだよね。
せっかく魔力があるのに、これじゃあ……。
「うん。だからちゃんと考えたよ、千里ちゃんの戦い方」
「ホントですか!?」
「うん。ただし、この方法の為には動きやすい恰好が必須なの。てことで衣装はあの魔法少女スタイルになるんだけど」
「ええっ!? アレですか!?」
「ダメ、かな?」
「えー、いやまぁそれしかないと言うのなら従いますけど……」
「よかった! じゃあ次ね。ところでさ、千里ちゃんって中学までソフトボールやってたんだよね?」
「はい?」
どうしてそこでソフトボールが出てくるのか、咄嗟に私には分からなかった。
☆ ☆ ☆
「では、すたーもん君目掛けてやってみよっか!」
杏奈先輩の言葉に頷いて、私は意識を手に持つ杖に集中させた。
出来る、出来る、私は出来る、と何度も心の中で呟く。この技を習得するために私はここ数日、とてもキツい訓練を積んできたんだから!
そう、杏奈先輩が考え出した私の魔法戦闘法はちょっとした技だった。
正直に言って、そんな魔法の使い方は見たことも聞いたこともないけれど、理には適っている。これが上手く出来れば、きっと私だって役立てるはずだ。
「……行きます」
自分自身に宣言するように呟くと、私は目標に対して左肩を前方にするように半身に立ち、右手に杖を構えた。
次に左手に持っていた小石をぽーんと頭の高さにまで放り投げると、すかさず左手を右手の下に添えて杖を両手で持つ。
「とう!」
そして気合と同時に、落ちてくる小石めがけて杖を思い切りスイング!
かっきーん!
よし、当たった! しかもちゃんとこちらの予想通り、小石が真っ赤に燃え上がって炎の球となってすたーもん君目掛けてふらふらと飛んでいき、当たるやいなや爆発を起こした!
「やった! トスバッティング魔法、大成功!」
自分でも一回でいきなり成功するとは思ってもいなかったので、思わずハイになってしまった。
だって私、中学時代は確かにソフトボールやってたけど、バッティングが下手糞でずっと補欠だったんだよね。
そんな私にこの方法を杏奈先輩から伝えられた時はどうしようかと思ったけれど、上手く行って良かった。
この技を習得するためにソフトボール部でノックさせられた当初はあまりに当たらないわ、全然狙った方向に飛ばないわで泣きそうになったもんだ。
でも、ソフトボール部の先輩たちが「むしろいつ打球が飛んでくるか分からない緊張感があっていいよ」と優しく励まされてくれたおかげで、なんとか頑張れてよかった。
皆さん、私、やりましたよー!
「威力は問題ないでござるな……でも」
「あんなひょろひょろで、モンスターに当たるとは思えないけど……」
うえっ!?
ちょっとつむじちゃん、木戸先輩、そこは素直に「よくやった!」って褒めてくれてもいいと思うんだけど。
「そもそもスイングが弱いとちょこは思うのです」
「杖じゃなくてラケットにしたらもっと速く飛ぶんじゃないでしょうかぁ?」
ええっ!? あれでも私としては力いっぱいスイングしたつもりなんですけどって、ちょ、ちょっと橘先輩、いきなり腰に手を回してこないでください!
「ふふふ、ボクに任せてリラックスするといい。打撃って言うのはね、こうぐっと腰に力を入れて、がっと球を打つんだ」
「うわっ、凡人には何の役にも立たないアドバイス来た!? てか、やめてください、木戸先輩の目が怖いです」
ジト目で睨みつけてくる木戸先輩と、傍らで苦笑している杏奈先輩。
その杏奈先輩が口を開いた。
「うん。千里ちゃんはこれからもしばらくはソフトボール部でノック練習だね」
……前略、ソフトボール部のみなさん、まだしばらくお世話になります。
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