第10話:原始の炎よ、その力で敵を燃やし尽くしちゃって

 私でも出来る――そう信じてひたすら走った。

 でも、つむじちゃんとの距離は縮まるどころか、むしろ確実に引き離されている。

 やっぱりつむじちゃんがすっぽんぽんに対し、私は足元まであるローブ姿の魔法使いスタイルってのが大きい。おおよそ走るのに適した姿とは言えない。

 

「あー、もう! もっと走りやすい姿になれればいいのに!」


 例えば学校のジャージ姿、とか。

 って思った瞬間、私の姿が一変した。

 

「おおっ! さすがは魔法、便利……って、この姿なの!?」


 まぁよくよく考えたらジャージ姿の魔法使いなんて在り得ないとは思う。

 でもだからって初めて異世界変身した時の魔法少女スタイルにならなくてもよくない?

 まぁ、格段に走りやすくなったけれども!

 周りに見ている人もいないから、ミニスカートなのに大胆にも足を振り上げて走っちゃうけれども!

 

「くそう。それでもまだつむじちゃんの方が速いかぁ」


 そもそも基本の走力でも、つむじちゃんの方が私よりもずっと上を行く。さらに足場が悪くてなかなか全力で走れないのに、つむじちゃんは長年の忍者修行で馴れているのか、普段とあまり変わらないスピードで走り続けていた。

 

「せめて足場がもうちょっと良くなれば……ううん、それよりも魔法の力で飛べたりできないかな?」


 そうだ、異世界ダンジョンの中では魔法の力さえあればなんでも出来る! さっきつむじちゃんが分身してみせたみたいに、私だって魔法使いなんだから空だって飛べるはずだアイキャンフライ!

 

 するとどうだろう、突然身体が軽くなったかと思うとふわっと浮いた。

 

「わっ! わっ! わわわっ!?」


 魔法の力で飛べるはずだ、とは言いつつも、本当に出来るとは思ってもいなくてびっくりした。

 とゆーか、あまりにいきなりすぎて、私は空を飛びながらも足は依然として大地を踏みしめようとジタバタ動かしてしまい、結果まるでバナナの皮を踏んだみたいに後方へと転んでしまう。

 

「いてて……ってあれ、痛くない?」


 強かにお尻を地面にぶつけるイメージに、体を一瞬強張らせたものの、いつまで経っても予想した衝撃がこない。不思議に思って見下ろすと、私は地面から数センチの高さで浮いていた。

 

「お? おおー、魔法すごいっ!」


 ホントに浮いてる。しかも背後に首を回すと背中から左右に白く光る翼が生えていて、それがゆっくり羽ばたいているのが見えた。

 どうやらこの翼のおかげで浮いているらしい。てことは、つまりこの翼を自由自在に使いこなすことが出来れば……。

  

 私は起き上がって一度地面に足をつけると、頭の中で十分なイメージを展開して勢いよく前方へダイブした。

 背中の翼を一度大きく羽ばたかせる。舞い上がる光の鱗粉、そして

 

「うひゃー、すごーい!」


 私は地面から一メートルほどの高さに浮きながら、さっきまで自分の足で走っていたのとは比べ物にならないスピードで、先行するつむじちゃんに向かって飛び始めた。

 

「おおーい、つむじちゃーん!」

 

 どんどん迫ってくるつむじちゃんの背中に声をかける。

 私の声が予想外に近くから聞こえて驚いたのだろう。つむじちゃんが走るのをやめて、後ろに振り返ろうとしているのが見えた。

 よーし、ここはひとつ、もっとびっくりさせちゃえ。

 

 私は調子に乗って、さらにもう一度翼を力強く羽ばたかせた。

 

「うわわわっ!」


 思っていたよりもはるかに凄まじい加速に、驚かせるはずの私が逆に驚いてしまった。

 どうやら微妙な力加減が必要な魔法らしい。ううっ、つい調子にのってしまった。

 と、反省する暇もなく、振り返ろうとするつむじちゃんがもう目の前に迫ってきている。このままではぶつかってしまいそうで私は慌てて方向を変えようとするけど、うわん、勝手がよく分からない!

 

 振り返ったつむじちゃんが、大きく目を見開く。

 私はイチかバチか無理矢理上体を起き上がらせて、翼を目いっぱい羽ばたかせた。


 鱗粉の代わりに、今度は壮絶に砂ぼこりが舞い上がる。

 でも進行方向とは逆の方向に力を加えたおかげで、なんとかぶつかる直前に止まることが出来た。

 

「ごほっごほっ! 千里殿、これは一体なんでござるか!?」

「えへへ……忍法・砂煙の術、かな?」

「でもスカートがめくれてパンツが丸見えだったでござるよ」

「うぐっ!」


 そ、そんなこと、すっぽんぽんで今もあんなところやこんなところまで丸見えのつむじちゃんに言われたくないよっ!

 

「と、とにかく。魔法の翼のおかげで私も移動が楽になったから、早く小泉さんを助けに行こう!」

「そうでござるな。でも、拙者の前を行かれると、どうしてもスカートの中が見えてしまうでござるよ?」

「……分かった。つむじちゃんの後ろを飛ぶことにする」


 空飛ぶ翼の魔法、便利なんだけど、いろいろ問題もあるなぁ。

 

 

 

「……見つけたでござる!」


 声が反響してどの方向から聞こえてくるのか分かりにくいうえに、小泉さんも絶えず移動するので手こずったけれど、ついにその姿を視界にとらえることが出来た。

 みっつの洞穴が合流する三叉路の中央に立ち、周りをきょろきょろと見回している。予想通り、素っ裸だった。


「おーい、小泉さーん!」


 私は声を振り絞り、飛びながら手を振る。

 気付いた小泉さんが私たちの方を見て、ほっとした表情を浮かべ……るかと思いきや、むしろぎょっと目を見開いた。

 

「小泉さん、なんか驚いてる?」

「千里殿が飛んでいるのを見てびっくりしたのでござろう」

「あるいはつむじちゃんまで裸だったからかも」


 言われてようやく思い出したのか、つむじちゃんが「にゃあー!」なんて可愛らしい声を上げる。

 その時だった。

 

 モオオオオォォォォォ!

 

 洞窟を揺るがすモンスターの大絶叫が、これまでとは比べ物にならないぐらい近くから聞こえた。

 ううん、叫び声だけじゃない。ドスンドスンと何か重たいものが走って駆け寄ってくる音が、振動を伴って近づいてくる。

 

 小泉さんが急いでその場から離れようとして――転んだ!

 

「小泉さんっ!」

「ここは拙者に任せるでござるっ!」


 魔法の翼に魔力を注ぎ込み、加速しようとする私を、つむじちゃんが片手で制した。

 え、なんで止めるの!? この間にも小泉さんの身に危険が近づいているんだよっ!

 

「小泉殿は拙者が助けるでござる。だから代わりに千里殿は――」


 言葉を置き去りにして、つむじちゃんの身体が一瞬消えたと錯覚するぐらい、凄まじく加速した。

 すっぽんぽんの今のつむじちゃんに魔力はないはずだ。でも、その突風のような加速は、それこそ魔法みたい。まるで瞬間移動かのようにあっという間に小泉さんに近づき、

 

 ウモオオオオオオオオオオォォォォォ!

 

 獰猛な唸り声を上げて突進してくる牛の頭をしたモンスター……ミノタウロスのまさに目の前で、彼女の身体を拾い上げて間一髪その攻撃を躱した。

 

 小泉さんを吹っ飛ばそうと突っ込んできたミノタウロスが、その勢いのまま洞窟の岩壁に激突する。

 その衝撃で洞窟が震え、私の頭にも頭上からぱらぱらと小石が落ちてきた。

 もしつむじちゃんが小泉さんを助けていなかったらと思うとぞっとする破壊力だ。

 

「千里殿、今でござる!」


 壁に激突して動きを止めたミノタウロスの向こうから、つむじちゃんの声が聞こえた。

 ハッと我に返った私の頭の中に、さっきつむじちゃんが置き去りにした言葉が蘇ってくる。

 

 ――魔法でモンスターを攻撃するでござる。

 

 あんな怖そうな敵に!? この私が!?

 正直、ビビる。でも、杏奈先輩はここにはいない。つむじちゃんも魔力が枯渇して、逃げることは出来ても戦闘は無理だろう。

 戦えるのは私だけ。魔法の使い方もまだ全然分からないけど、私だけしかいない。やるしかないんだ!

 

 私は燃え滾る炎の球をイメージした。

 小さな太陽のように熱い熱い炎の塊。これをあいつに当てれば、その体はたちまち地獄の業火で包み込まれるはずだ。

 しかも一発だけでいい。何故だか分からないけれど、あんな怖そうな相手だけど、私にはどうしてかその一発だけで倒せるという確信があった。

 

 よし、やるぞ!

 

 私は地面に降りて、手にした杖をミノタウロスに向けた。

 イメージは完璧。敵はまだ壁によりかかって、牛の頭をぶんぶんと左右に振っている。

 今なら負ける要素はまるでない。気持ちは高ぶっているけれど、おかげで緊張はあまりしていなかった。その証拠に

 

「原始の炎よ、その力で敵を燃えつくしちゃって! ファイアー!」

 

 そんな適当な呪文を詠じる余裕すらあったんだ。

 ……そう、その瞬間までは。


「あ、あれ?」


 自分なら出来る。絶対に出来る。

 そう信じて魔法を発動させたはずなのに、杖からは何も出てこなかった。

 

「おかしいな? 出ろ、炎! 出てきてお願い!」


 もう一度頭の中で炎をイメージして杖を振りかざす。

 が、駄目。何の変化もなし。

 うそん。もしかして攻撃魔法はちゃんとした呪文とか必要なの!?

 

「千里ちゃん!」


 焦ってぶんぶん杖を振り回していると、突然遠くから声をかけられた。

 見ると杏奈先輩が、私たちが辿ってきた洞穴を走ってこっちへやってくる。

 

「先輩、ちょうどいいところに! 攻撃魔法ってどうやるんですかー?」

「千里ちゃん、しゃがんで!」


 へ? と思う暇もなく、杏奈先輩が走りながら手に握る剣を水平に振るう。

 すると巨大なかまいたちのような空気の刃がこちらに飛んできて、慌ててしゃがみこんだ私の頭の上を通過したかと思うと、すぐ背後で何かにぶつかって爆発した。


 驚いて振り返ると、いつの間にかミノタウロスが自爆状態から回復し、私の背後にまで近づいていた。

 手にした斧を右上に振りかぶりながら、杏奈先輩のかまいたち攻撃を受けて後ろに二歩、三歩と大きくよろめいている。

 

 あ、危なかったー。先輩が攻撃してくれていなかったら、今頃完全に不意打ちを――

 

「しまったっ!? このミノタウロス、土属性だ!」

「……え?」


 杏奈先輩の焦った声が聞こえたのと、ミノタウロスがなんとか踏ん張り、私に向かって斧を斜め下に振り下ろしたのはほぼ同時だった。

 

「逃げて! 千里ちゃん!」

 

 杏奈先輩が叫ぶ。

 ミノタウロスの両足の間から、つむじちゃんが顔を強張らせてこちらに猛ダッシュしてくるのが見えた。

 不思議だ。先輩の声ははっきり聞こえたし、つむじちゃんの姿だって鮮明に見える。

 なのに私の身体はちっとも動いてくれない。

 逃げなきゃいけないって頭ではわかっている。でも、まるでその場に縛り付けられているかのように、私はただその瞬間をじっと待ち続ける事しか出来なかった。

 

 そして私は見た。

 ギロチンのような斧の刃が私の身体を吹き飛ばすのと同時に、偶然にも杖の先がミノタウロスの足元に当たったのを。

 当たったと言っても、地面に転がる小枝を蹴り飛ばす程度の接触だ。


 だけど。

 それなのに。

 

 ミノタウロスの全身は一瞬にして炎に包まれた!!

 

 ウモオオオオオオォォォォォォ!

 

 ミノタウロスがそれまでとは比べ物にならない雄たけびを上げ、無茶苦茶に斧を振り回す。でも、それもほんの十秒ほどのことで、ひときわ大きく絶叫すると真っ白い灰となって崩れ落ちた。


 対して私は色々と呆気に取られすぎて、逆に無言になる。


 だって、あんな痛恨の一撃を食らったのに全然痛くないんだもん。

 斧が当たった瞬間は、まるで低反発まくらで殴られたような感じだった。勢いで吹き飛ばされたけど、その衝撃もやっぱり極上のクッションが効いてダメージゼロ。

 異世界ダンジョンでは絶対死なない、怪我もしないって聞いてたけど、なるほどなって実感した。これもやっぱり魔法のおかげなのだろう。

 

 それに何と言っても突然燃え出したミノタウロスの謎だ。

 これってやっぱり私の魔法なんだと思う。でも、さっきは何度唱えても魔法が発動しなかったくせに、どうしてだろう? 杖がミノタウロスに当たったのが見えたけど、何か関係があるのかな?

 

 分かったこと、分からなかったこと、両方あって茫然としてしまう。

 ま、でも。何事もなく無事に小泉さんを救出できたのは良かったと――。

 

「ち、千里殿……杏奈先輩の様子が何か変でござる……」


 と、不意にいつのまにか傍にいたつむじちゃんが、ひそひそと話しかけてきた。

 

「え? 変って?」


 言われて見てみると、同じく駆け寄ってきた杏奈先輩は私たちには見向きもせず、ただ茫然と灰になったミノタウロスの死体を見下ろしていた。

 

「ホントだ。てっきり『なんで追ってきたのっ!』って怒られるかと思ってたのに」 

「拙者たち、思い切り命令無視したでござるからな」


 甲賀の里で同じことをやったら抜け忍と同じように消されるでござる、とつむじちゃん。

 ええっ、その割には全然躊躇してなかったよね!?

 

「おーい、みんな無事かい?」


 そこへ橘先輩たち三人がやってきた。

 確かダンジョンに入った時は木戸先輩と文香先輩が裸だったみたいだけど、今はちゃんとみんな冒険者の姿をしている。

 てか、橘先輩、なんでタキシード姿なの?

 そしてどうしてすっぽんぽんのつむじちゃんや小泉さんを見て、涎をたらさんばかりの表情をしているの?

 

「杏奈、全員揃ったから一度ダンジョンを脱出しよ? お姉様が暴走しないうちに」


 戦士の格好をした木戸先輩が、様子のおかしい杏奈先輩に話しかける。

 

「え? ああ、そうだね」

「どうしたの、杏奈? なんか心ここにあらずって感じだったよ?」

「なんでもないよ。それじゃあ」


 と、その時だった。

 ダンジョンがいきなり大きく揺れた。

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