第9話:私だってきっと出来る

「今の叫び声ってもしや?」

「もしかして……小泉さん?」


 異世界ダンジョンで突如として鳴り響いた女の子の叫び声。それは確かにクラスメイトの小泉さん――ちょこちゃんの声に似ていた。

 

「ふたりはここで待機!」


 と、それだけ言い残して、杏奈先輩が声がした方に伸びる洞穴に向かって猛然と走り出す。

 

「わ、私たちも行きます!」

「駄目! まだ戦闘の『せ』の字も知らないふたりを連れていくことは出来ないっ!」


 振り向きもせず答えると、杏奈先輩の姿はあっさり洞穴の中に消えていった。

 思わず一緒に行くって言っちゃったけど、滅多に見せない杏奈先輩の強い口調で我に返る。

 言われてみれば、そりゃそうだよね。私たちが言ったところで足手まといにはなっても、役立つことなんてひとつも……。

 

「千里殿、拙者たちも後を追うでござる!」

「うえっ!? ちょ、ちょっとつむじちゃん、杏奈先輩が今言ったこと聞いてた?」

「そうは言っても級友のピンチを見て見ぬふりは出来ぬでござるよ!」


 そう言って駆け出すつむじちゃん……ああっ、すっぽんぽんで一体何が出来るっていうんだよぅ。

 

「ああ、もう! 私も行くよっ!」


 多分私が行ったところで何の役にも立たない。でも、かと言って、つむじちゃん一人を行かせるわけにもいかなかった。

 小泉さんと思われる人の救出は杏奈先輩に任せよう。代わりに私はつむじちゃんに何かあったら助けてあげるんだ。何ができるかは分からないけど。

 

 杏奈先輩が飛び込んでいった洞穴につむじちゃんが続き、私もその後を追った。

『そもそもなんでちょこ、裸になっているんですかーーー!』って小泉さんらしき、ううん、もう小泉さん確定の叫び声がまた聞こえてきた。




 異世界ダンジョンにも慣れてきた。そう思っていたけれど、実は思い上がりもいいところなのがよく分かった。


 洞穴の壁にはところどころに松明が飾られていて、明るさは十分にある。

 でも、普段練習している開けた空間とは違い大きな石がごろごろ転がっていて、そんな中を走るのは足を挫きそうで正直言って怖い。

 つむじちゃんはよくもまぁ素足のまま、あんなにスイスイ走れるなと感心する。さすがは忍者だ。


「右左左真ん中真ん中右……」


 さらに洞穴はぐねぐねと曲がりくねっているうえに、いくつも枝分かれしていて私の方向感覚をあっさり奪ってしまった。

 分かれ道でどの方向を選んだのかはなんとか覚えているけど、それもそろそろ辛い……。

 

 おまけに。

 

 小泉さん『うわぁぁぁぁ! 何なんですかーこいつはー!』


 杏奈先輩『今助けに行くから、そこを動かないでー!』


 小泉さん『動かなかったら殺されるのですーーーー!』

 

 杏奈先輩『ちょ! 動くなって言ってるでしょーーーー!』

 

 小泉さん『無理言うな、なのですーーーーーーーー!』


 ???『あれ!? ここは異世界ダンジョンか!?』(声からして橘先輩?)

 

 ???『ちょっ! 文香、また裸になってるよっ!』(誰の声だろ、分かんない)

 

 ???『そういう彩さんこそ、裸んぼですよー』(このおっとり口調、絶対文香先輩だ。てことはさっきのは木戸先輩?)

 

 木戸先輩『うわっ! しまった!』(……木戸先輩まで裸なのか)

 

 橘先輩『彩ぁ♡』(なんだろう、橘先輩がルパンダイブする姿が想像できる)

 

 木戸先輩『ちょ! お姉さま、今はそんなことをやってる場合じゃ!』(ホントにその通りだよ。てか、『お姉さま』って木戸先輩と橘先輩ってそういう関係なの!?)

 

 ってこんな声が洞穴の中を反響しまくって聞こえてくる。

 どうやら小泉さんはモンスターに襲われていて、逃げ回っているようだ。おかげで杏奈先輩も小泉さんの正確な位置がなかなか掴めないみたい。

 

 そして橘先輩たちもいつもみたく小泉さんを追いかけているうちに、異世界ダンジョンへと迷い込んでしまったのだろう。

 聞こえてしまった木戸先輩の『お姉さま』発言に関しては……って、今はそんなことを考えている場合じゃないっ!


「どうしよう、つむじちゃん。なんか思っていた以上に大混乱だよ」


 分かれ道で珍しく突っ立ていたつむじちゃんにようやく追いついた私は「もう帰ろう」という意味合いを込めて話しかけた。

 この状況で私たちまで動き回って迷子にでもなれば、二次災害も甚だしい。今ならまだ帰り道が分かる。

 

「しっ! 静かにするでござるよ、千里殿」


 だけどつむじちゃんは振り返りもせず、じっと立ち尽くしていた。

 ……すっぽんぽんなこと、忘れてるよね?

 

 ブオォォォォォ!

 

 その時、洞窟に人の声ならざる雄たけびが聞こえた。

 多分、いや間違いなくモンスターの声だ!

 その声の大きさ、迫力に、思わず身も心も震える。えっ、ちょっと待って。あんな大きな雄たけびをあげる奴と戦うなんて、冗談でしょ!?

 

「こっちでござる!」


 と、つむじちゃんが再びダッシュで洞穴のひとつへと駆け込んでいく。

 そのスピードには何の躊躇いも、恐怖もなかった。

 すっかりビビってしまった私とは大違いだ。

 

 どうしよう。どうしたらいいんだろう?

 

 さっきは杏奈先輩がきっと小泉さんを助けてくれるだろうから、私はつむじちゃんが無茶するのを止めればいいやぐらいの気持ちで追いかけた。

 でも、この混乱した状況ではもはや杏奈先輩たちよりも私たちの方が先に、小泉さんのところへ辿り着く可能性がある。

 そして小泉さんの近くにはさっきの雄たけびをあげたモンスターがいるはずなんだ!

 

 怖い。怖い。どうしようもなく怖い。

 死んじゃったり、怪我したりすることはないとは聞いてるけど、それでも怖いものは怖い。出来ることなら逃げ出したい。そもそも私はこんな無謀なことに頑張れるような性格じゃなかったはずだ。

 私は……相田千里は……頑張ることなんて出来ない子。イチかバチかに賭けて頑張るなんて、そんな私じゃなかったはずだ!

 

 でも。

 気が付いたら、私はつむじちゃんの後を追って走り出していた。

 何をやっているんだろう。自分でも自分のことがよく分からない。

 ただ、頭の中で杏奈先輩の『こんな私でも出来た』って言葉が何度も何度もリフレインしていて。

 だから私だってきっと出来るんだ、って。

 ただそのことだけを考えるようにして、私は爪を齧りたいのを我慢しつつ、懸命につむじちゃんを追いかけた。

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