第8話:ニンニンっ!
健全な精神は健全な肉体に宿る――か、どうかは知らない。
でも、身体が健全であればあるほど魔力も充実するのは確かなのだそうだ。
「じゃあそろそろ戦闘訓練をやってみよっか」
杏奈先輩の提案に私とつむじちゃんは「わぁ」と歓声をあげた。
入部してこの方、ここまで体力作りと魔力の基礎訓練ばかり。
最初のうちは異世界ダンジョンへ入る度にすっぽんぽんになるのが嫌だから、頑張って訓練をしていたけれど、それも今ではほとんど呼吸をするように変身できるぐらい慣れてしまった(もっとも文香先輩だけは相変わらずたまに真っ裸になる。どれだけぼんやりしてるんだと思ったけれど、もしかしたその類稀なるおっぱいを見せつけることで私たちにマウンティングしているのかもしれない)。
ちなみに小泉さん捕獲大作戦は今のところ、失敗が続いている。
相変わらず授業が終わるやいなやあっという間に姿を消しちゃうし、てか小泉さん、体育の授業中もスマホでゲームしてるんだよ。
話しかけてもゲームに夢中で全然返事してくれないし。もう、どんだけゲームが好きなんだ!
おまけにこの前はとうとう『鳥が一羽飛び立つ時、黒き神殿の天頂に宝は眠る』なんて謎の暗号を残して、昼休みなのにどこかへ行っちゃった。
なので私は早くも捕まえるのを諦めちゃっていた。
無理ゲーです、こんなの、普通の私には手に負えません。
つむじちゃんは「ほう、鳥が一羽でござるか……」と例の暗号解読を楽しんでいるけど、捕まえることに関しては「今の席順ではさすがに無理でござる」とこちらも匙を投げている。
でも、橘先輩たちはまだ小泉さんにご執心で、相変わらず捕まえられる見込みのない追いかけっこを繰り返していた。
今日は文香先輩まで借り出して捜査網を引いている(もっともあのおっとりした文香先輩が役立つかどうかは不明だけど)。
うーん、早く先輩たちの冒険者姿も見てみたいんだけどなぁ。
「あい! 杏奈先輩、質問でござる!」
「なにかな、つむじちゃん?」
「魔力を使えば、拙者も分身が出来るでござるか!?」
戦闘訓練と聞いて居ても立ってもいられないつむじちゃんがハイテンションで質問する。
分身の術と言えば忍者漫画では定番中の定番。だけど、現実では出来るわけがない。
でも。
「そだねー、今のつむじちゃんだと一体ぐらいなら分身の術が出来ると思うよ」
魔法が使える異世界では、現実の不可能が可能なんだ!
「おおっ! 拙者、早速やってみたいでござる! どうすればいいでござるか?」
「基本はキャラメイキングの時と同じだよ。やりたいことを意識すれば勝手に魔法が発動するの」
マジで!? 魔法、便利過ぎない!?
もっとも『使えること』と『使いこなすこと』は別で、そこを訓練するんだよって杏奈先輩が説明してるけど、つむじちゃんたら聞いちゃいない。
両手を胸の前で合わせ、右手の人差し指を突き立てて「忍っ!」と気合を入れると
「「わっ! わわっ! 本当に分身出来たでござるぅ!!」」
つむじちゃんがもうひとり現れて、ふたりでハモって大喜び。
さらには「いざ!」とか言って、分身と模擬戦闘までやり始めちゃった。
「あうー、あたしの話を聞いてよぅ」
「あはは。まぁ、前から分身の術をやってみたいって言ってましたから、その夢が叶って興奮してるんですよ」
「ううっ、まぁ気持ちは分かるけど。それにただ『使える』だけじゃなくて小憎たらしいぐらいに『使いこなしてる』から、今さら何を言えばって感じだけどさー」
杏奈先輩が恨めしそうに、ダブルつむじちゃんがやりあう姿を見つめる。
やっぱりつむじちゃんは、忍者として子供の頃から育てられただけあって才能があるんだな。羨ましい。
「「異世界、スゴいのでござる。よーし、次はもう一体さらに分身を作ってみるでござるよ!」」
「えっ、あ、ちょっと、つむじちゃん、それは――」
「「ニンニンっ!!」」
ふたりのつむじちゃんがさっきと同じポーズを取って掛け声をあげる。すると
「ふにゃあああああああ! どうして裸になったでござるかぁぁぁぁぁ!」
三人に増えるどころか、分身も、そして忍び衣装も消えて、つむじちゃんはあえなくツルペタなすっぽんぽんになってしまった。
「はぁ。だから『今のつむじちゃんなら一体だけなら分身出来る』ってあたし言ったじゃん」
「どういうことでござるかぁ?」
つむじちゃんが股間を両手で、両腕で乳首を隠しながら、半泣きになって尋ねる。
なお、私の方からは小ぶりなおしりが丸見えデス。
「魔力を使いすぎて無くなっちゃったんだよ」
「ええっ!? ということは拙者、もう魔法が使えないでござるか!?」
「ううん、魔力は一晩寝れば全回復するよ」
でも、それ以外に魔力を回復させる手段はないと杏奈先輩。
どうやら異世界と言っても、ゲームみたいに魔力を回復するポーションとかはないみたい。
「で、魔力がないから服も消えたわけ。ちなみこの状態を『すっぽんぽん』って言います」
「そのまんまですね!」
思わずツッコミを入れた。
「何度も言うけど、異世界の戦闘は魔力が肝なの。魔力がなくなるとパーティの戦力ががた落ちして、最悪そこで冒険を中断しなきゃいけないし、それにダンマスはテレビ中継されるからね」
最近の放課後冒険部全国大会・通称ダンマスは、わざわざその手の魔法を使って外の世界にテレビ中継されるほど人気がある。
その放送中に万が一すっぽんぽんになってしまったら? 今までそのような悲劇は起きてないけれど、一応特殊魔法『謎の光』で大切なところはちゃんと隠されるようになっているそうだ。でも。
「やっぱり恥ずかしいよね?」
「恥ずかしすぎますよっ!」
てか謎の光って深夜アニメですかっ!
「魔力はレベルと同時に増えていくけど、でも、かと言って調子に乗って魔力を使いすぎるのは絶対に駄目なの。分かった?」
「ううっ。身に染みてよく分かったでござるぅぅ」
つむじちゃんがしょぼんと項垂れて反省する。その時だった。
「うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! なんなんですかぁ、これはーーーーーー!」
異世界ダンジョンの奥の方から、突然誰かの叫び声が聞こえてきた!
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