第7話:よろしく頼む
異世界ダンジョンは不思議なところ。現実ではとても出来ないことが、ここでは魔力で何でも出来る!
とは言っても、やはり基礎体力は必要なわけで、翌日から体力づくりが始まった。
「やっぱり湖岸沿いは気持ちいいでござるなー」
学校から琵琶湖に向かい、湖岸のサイクリングロードをしばらく走って、再び学校に戻ってくる。
およそ6キロほどの道のりで、いつも先頭に走るのはつむじちゃんだ。さすがは子供の頃から忍者として育てられただけあって、体力は人一倍ある。スイスイと風を切って走る姿はもう羨ましいの一言しかない。
「こんな綺麗な湖を見ながら走れるなんて、この街に生まれてよかったですねぇ」
つむじちゃんから結構遅れてマイペースで走るのは文香先輩。超弩級おっぱいがたゆんたゆんと揺れるのに、全く意に介さず走り続けている。
あれ、相当な重りになっているはずなのにスゴいなぁ。てか、先輩ってもしかしたら本気を出す時におっぱいを外したり出来るんじゃないかな。「この重りを外させたのは、あなたが初めてですよ」とか言ったりなんかしちゃったりして。
まぁ、そんなくだらない冗談を想像する余裕は、今の私にはまったくないんだけど。
「千里ちゃん、ふぁいとー」
文香先輩から相当遅れて最後尾を走る私。
というか、今やそのスピードはほとんど歩いているのと変わらない。私自身は頑張って走っているつもりなんだけど、付き添ってくれる杏奈先輩がさっきから早歩きになってるよ。ああ、我ながら情けない。
おまけに。
「こらー、千里!」
湖岸のサイクリングロードから再び滋賀県道11号守山栗東線、通称琵琶湖大橋取り付け道路に入り、学校へ戻る途中、とある喫茶店から見知った女の人が飛び出てきた。
「もっと頑張って走りなさーい!」
お母さんだ。
喫茶店・イエローリボンでパート中のはずなのに、不甲斐ない娘の有様に居ても立ってもいられなかったんだろう。
ああ、恥ずかしいよぅ。
うー、こんなことになるのなら中学で部活を引退した後も自主トレしておくべきだったー。
そもそも琵琶女はそんなに頑張らなくても受かるレベルだったから、受験勉強もほとんどしてなかったもんなぁ。
反省しきり、後悔しまくり、「ぜーはーぜーはー」と息が切れまくりで、それでもなんとか学校近くまで戻って来ることが出来た私。
そこへ。
「ちょっと待てぇ!」
「待たないのですー」
「
「そりゃ! ……あっ!」
「ばーかーばーかー! ちょこはそんな簡単に捕まらないのですよー」
「くそう! 待ちやがれー!」
追いかけっこをする三人と出会った。
追われるのはクラスメイトの
追いかけるのは生徒会長の
入学式のあの日からずっと、三人は追いかけっこを続けている。正直、ここまで入部を拒む小泉さんを仮に捕まえたとしても、説得なんてとても無理だと思う。でも、杏奈先輩が言うには、小泉さんはどうしても欲しい人材らしい。
それに「まぁ、あの追いかけっこはふたりにもいいトレーニングにもなってるし、いいんじゃないかな」だって。
そう、放課後冒険部の残りのふたりの先輩は、おおよその予想通り、生徒会のふたりだった。
「君たち、小泉君のクラスメイトなんだろ? 授業が終わったら即拘束とか出来ないか?」
まずは郊外ランニングで体力作り、学校に戻れば異世界ダンジョンに潜ってイメージ強化と、そんな部活が一週間ほど続いて私も中学時代の体力に少しずつ戻ってきて、無事すっぽんぽんにもならなくなった頃。
お昼休みに部室へと呼び出した私とつむじちゃんに、副生徒会長の橘先輩がだらーと上体を机に伏せながら言った。
相当なお疲れのご様子だ。入学式で見た凛々しいお姿からは想像も出来ない。
ちなみに生徒会長の木戸先輩はパンを咥えたまま、頭を天井に向けて爆睡している。
死んでるのかな?
「なんかものすごい今更感が……」
「し、仕方ないだろ。ボクたちだって面子というものがある。あの子は絶対ボクたちふたりで捕まえようと思ってたんだ。でも」
「どうしても捕まえられなかったので、拙者たちに協力を要請するわけでござるな」
むぅと唸りながらも橘さんがこくりと頷いた。
タカラヅカ顔負けで、普段は下級生たちからきゃあきゃあ言われている端正な顔つきも、今ばかりは苦々しく歪んでいる。
「んー、でも、申し訳ないでござるが、クラスメイトな拙者たちでも小泉殿を拘束するのは難しいと思うでござる」
「どうしてだい? いくらあの子でも授業が終わった直後なら捕まえられるだろ?」
「そうでもないでござる。なんせ小泉殿の素早さは尋常ではないでござるから」
うん、授業が終わったらぴゅーって教室から出て行っちゃう。
しかも入学式の翌日に席替えがあって、小泉さんは廊下側の一番後ろというベストな位置を確保してしまった。
対してつむじちゃんは窓側の一番前という正反対な席。いくらつむじちゃんでもこの位置関係では捕まえることは不可能だ。
え? 私? トロい私に期待されても困るよ。
「ま、まぁ、体育の授業とかでちょっと話してみますね」
橘先輩がますますげんなりと表情を曇らせるのを見て、とりあえずこれぐらいなら出来るかなってあたりを伝えておく。
なお、入部説得が出来る自信はまったくない。
「うん、よろしく頼む」
「拙者もなんとか小泉殿を捕まえられるよう頑張ってみるでござる」
とりあえず小泉さんを運よく捕まえた時に連絡が取れるよう、橘先輩とLINEのIDを交換したところでお昼休みが終わった。
ちなみに橘先輩が三年生で、木戸先輩が二年生。なんでも琵琶女では前代の生徒会長が三年生になったら副生徒会長に就いて、二年生の新生徒会長を補佐するという伝統があるらしい。
でも、入学してからの行動を見ていると、橘先輩は補佐というよりむしろ木戸先輩を引っ張り回しまくっている。
その証拠にこのお昼休みも疲れ切って死んだかのように爆睡していた木戸先輩……お疲れ様です。
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