第6話:普通の魔法使いの格好ではないかな

「それでは異世界にきたところで、次はキャラメイキングをしてみよー!」


 女騎士の姿になった杏奈先輩が楽しそうに宣言した。

 対して私たちはと言うと。

 

「それよりも服を返してほしいでござるぅ!」

「どうして私たち裸になっちゃったんですかっ!? 説明してくださいよぉ!」


 お互いに素っ裸になってしまったつむじちゃんと抱き合いながら、杏奈先輩から借りたマントに身をくるんで訴えた。

 

「あははー。怒らない怒らない。これはねー、放課後冒険部のお約束みたいなもんなんだよー」


 そう言って杏奈先輩は涙目の私たちに説明してくれた。

 なんでも異世界ダンジョンには自分の肉体以外、私たちの世界のものは持ち込めないらしい。だからダンジョンに入った途端服が消えちゃったわけで、放課後冒険部がある学校では毎年新入部員がこのトラップに引っかかるんだそうだ。

 

「千里ちゃんたちはまだマシな方なんだよ? あたしなんて指導教官がちょっとあっち方面の人でさ、すっぽんぽんのまま気を付けの姿勢をさせられてジロジロ見られたもん」

「そういう杏奈先輩だって、さっきジロジロ見てませんでした?」

「……えーと、ちょっとぐらい興味はあるじゃない、誰だって」

「えええっ!? 杏奈先輩もそっち方面の人なのでござるかっ!?」


 違う違うと慌てて手を振る杏奈先輩……まぁ、こうやってマントを貸してくれたんだから、決してそういう趣味がある人ではないと信じたい。

 

「と、とにかく素っ裸のままでは冒険なんて出来ないよね? だから今からキャラメイキングをしようってわけ」

 

 杏奈先輩が必死に自分で掘った穴を埋めようと、話題を転換させた。


「キャラメイキング……なんでござるか、それは?」

「つむじちゃんはロールプレイングゲームとかやんないの?」

「拙者はゲームをやらないでござる」


 そっかーと頷いた杏奈先輩が「千里ちゃんは?」と目で尋ねてくる。

 

「私はちょこっとだけやるから、杏奈先輩の言いたいことは分かります。つまりは異世界ダンジョンで冒険する私たちを作るんですよね?」


 私の返事に杏奈先輩が嬉しそうにコクコクと頷く。

 最初にキャラメイキングをしようと言われた時はイマイチよく分からなかったけど、異世界に私たちの世界のものを持ち込めないと説明を受けてからなんとなく予想がついていた。どうやら当たりのようだ。

 

「拙者たちを作る? 千里殿、ちょっと意味が分からないでござる」


 もっともゲームをやらないつむじちゃんにはまだピンとこないみたい。

 

「つまりね、この異世界で冒険する格好を今から決めるんだよ」

「ああっ、なるほど! 杏奈先輩みたいな格好を拙者たちも今からするわけでござるな?」


 その通り! よくできました。

 

「異世界は魔力がすべて。魔力があれば元の世界では考えられないようなことが色々出来るんだよ。例えば」


 杏奈先輩が右腕をおもむろに広げる。

 すると次の瞬間、手には白銀に光る剣が握られていた。

  

「こんなふうに武器を好きな時に生み出すことも可能だし」


 続けて左手の指をぱちりと鳴らすと、一瞬にして身に付けていた鎧がごつい甲冑姿に変わった。

 

「装備だって変えることが出来るんだよ」


 とは言っても魔力の無駄使いは気をつけなきゃいけないんだけどね、と元の赤いフレアドレスを基調とした女騎士の姿に戻る杏奈先輩。

 

「すごいですねっ! で、どうやったら魔力で服を作ることが出来るんですか?」

「簡単だよ。魔力測定時に自分の職業クラスも判明してるでしょ。だからその職業に相応しい姿を想像すれば、あとは勝手に変身してくれるの」


 馴れてくると異世界ダンジョンに入った瞬間、装備を構築出来るとか。

 うん、ダンジョンに入る度すっぽんぽんになるのは嫌だし、これは一日も早く馴れよう!

 

「はー、思い浮かべるだけでいいとは異世界は便利でござるなー」


 説明を聞いていたつむじちゃんが感嘆しつつ、軽く目を瞑る。そして

 

「おおーっ、本当に変身したでござるよ!」


 素っ裸から突然、時代劇で見るような忍者姿に変身した。

 

「さすがはつむじちゃん、呑み込みがはやいねー。普通はもうちょっと姿を想像するのに苦労するもんだけど」

「えへへ。拙者、実家では普段からこんな格好でござるから」

「ああ、そっか。でも顔が見えるように頭巾は被らない方がいいかな」

「どうしてでござる?」

全国大会ダンマスはテレビ中継するでしょ。その時に顔を隠すような兜とかは禁止されているの」

「ほぅ、そういえば確かに皆さん頭に守るものはつけてなかったでござるな」

「ぶっちゃけ魔力が守ってくれるからね。だから鎧とかホントは必要ないんだけど」


 まぁそこは見た目も大切だから、と笑う安奈先輩。


「そういう意味ではつむじちゃんもそういう普段の姿じゃなくて、アニメや映画に出てくる現実では実現不可能な格好でもいいんだよ。例えば光学迷彩忍者、とか」

「……なんでござるか、それは?」


 ゲームやアニメに疎いつむじちゃんに、杏奈先輩が熱心に説明し始める。

 その熱の入り方は、なんというか、ちょっとオタクの人っぽい。

 杏奈先輩って結構そういう人なのかな?

 

 ま、それはともかく。

 私だっていつまでも裸のまま、マントにくるまっているわけにもいかない。早く変身しなきゃ。

 私の職業クラスは魔法使い。魔法使いで変身ときたら、それはもうアレしかない。

 

 記憶の海の中からその姿を掬い出してイメージする。

 服装、武器、それに細々としたアクセサリーまで。

 すると体の中で何か温かいものが、足先から頭のてっぺんの隅々まで巡り始めた。

 これが魔力、なのかな? なんか適温のお風呂に入っているみたいで気持ちいい。思わず両腕をうーんと上に伸ばした。

 

「あ、すごい……」


 気付けば変身していた。

 頭の中で描いていた想像通りの格好だ。全身にフリルを多用したフリフリなドレス。頭には小さな帽子がちょこんと乗って、腰には大きなリボン。そして手には天使の羽がモチーフの杖……。

 

 ちょっと恥ずかしいけど、すごい。すごいぞ、私! これこそまさに子供の頃にアニメで見た魔法――。

 

「……千里ちゃん、それは魔法使いじゃなくて魔法少女の格好、じゃないかな?」

「……え?」

「いや、千里ちゃんがそれでいいなら別にいいんだけど……普通の魔法使いの格好ではないかな、それ」

「え? ええっ?」


 魔法使いと魔法少女って一緒なんじゃないの!?

 そ、そりゃあ高校生にもなって魔法少女なんて恥ずかしいなぁとは思うけど、でも……。

 

「千里ちゃん、『ハリーポッター』とか知らない?」

「……あ!」


 私は自分がとんでもない勘違いをしていたことに気付いた。

 そっちか! だったら最初にそう言ってよぅ。うわん、これ、裸を見られるよりも恥ずかしいぃぃぃ。

 

 慌ててイメージの再構築を行い、瞬時に地味な黒いフードを被った姿に変身する私。

 右手にはくねくねと曲がった木の杖。何だったら左手には毒リンゴでも持ってやろうか?

 

「さっきと違ってすごく地味になったでござる。拙者、千里殿にはさきほどの方が似合っていると思うでござるが」

「やめて、つむじちゃん。アレは忘れて、お願い!」


 あう、つむじちゃんの純粋さが今は痛い。


「まぁまぁ。よく考えたら魔法少女もいいんじゃないかな? 可愛かったし」

「杏奈先輩も忘れてくださいっ。てか、そんなニヤニヤしながら言われても説得力がないですっ!」


 裸イベントといい、杏奈先輩って結構イジワルだよね?

 

「んー、でも放課後冒険部って今やちょっとしたアイドルっぽい扱いをされてるからねぇ。ああいう姿でやると人気が出ると思うよ?」

「イヤですよぅ。恥ずかしいし。それに杏奈先輩みたいに実力があれば派手な格好をしてもいいかもしれませんが、私なんてまだ初心者なのに、あんな格好で悪目立ちしたら……」


 絶対に女の子たちから陰口を叩かれまくる。ひーん、怖いよぉ。

 

「すみませぇん、遅れましたぁ」


 そこへ突然、おっとりとした声が聞こえた。

 見ると部室に繋がる扉の向こう側で、見知らぬ人がゆらゆらと手を振っている。

 

「あ、文香。ちょうど今、ふたりのキャラメイキングが終わったところだよー」


 杏奈先輩が返事をしながら「あれがさっき話した二年生の文香ふみかちゃん」と、私たちに紹介してくれた。

 先ほどのおっとりとした声といい「分かりましたぁ。今からそちらに参りますぅ」との受け答えといい、いいところ育ちのお嬢様みたい。

 

 と、その文香先輩が異世界ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、すっぽんぽんになった!


「うえっ!?」 

「しゅ、しゅごいでござるっ!」


 異世界ダンジョンには何も持ち込めない。だから裸になったことには今さら驚かない。馴れないうちは私たちだってそういうものなんだろうなって思う。

 でも、文香先輩のそれの大きさには驚かずにはいられなかった。

 すごい。あんな歩くたびにたぷんたぷん揺れるのなんて初めて見た。何カップなんだろ、あれ。

 

「文香ー、また変身忘れてるよー」

「あららー。後輩に恥ずかしいところを見せてしまいましたぁ」


 文香先輩が恥ずかしそうにはにかみながら「えい」と可愛く囁く。

 そして変身したその姿に、私たちはもはや言葉を失うぐらい、先ほどの爆乳以上の衝撃を受けた。

 

「はじめましてぇ。乙坂文香おとさか・ふみかと申しますぅ。どうぞよろしくねぇ~」


 頭にいくつもの宝石を散りばめた、ミトラと呼ばれる司教冠。

 体には繊細な刺繍がいくつも施された白い祭服。

 そして手には十字架をあしらった杖と、どこからどう見ても大司教様な文香先輩(神官クレリックレベル1。超初心者)が恭しく私たちに挨拶をした。

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