第5話:振り返っちゃダメだよ
私が放課後冒険部に入部する。
それは当然だけど、私の家族にとっても予想だにしていないことだった。
そもそも放課後冒険部の存在を知っていたのはお兄ちゃんだけ。お父さんとお母さんは私同様、ほとんど初めてその名前を聞いたほどだった。
だから活動内容を知ればきっと反対される……と思ってたんだけど、そのためについてきてくれた杏奈先輩の説得が予想外に上手くて、ついには「この子は前から何か厳しい部活に入ってほしいと思ってたんですよ。杏奈さん、是非ともこの子を鍛え上げてやってください」なんてお母さんが頭を下げてお願いする始末。
かくして私の放課後冒険部入部は正式に決まった。
「じゃあ早速ダンジョンに潜ってみよー」
そして翌日。
例のトイレ用具室から部室へとやってきた私とつむじちゃんに、杏奈先輩は突然そう切り出した。
「うえっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ! そんないきなりダンジョンなんて大丈夫なんですか?」
つむじちゃんは子供の頃から忍者の修行をしてきたからいいかもしれないけど、私は魔法使いの練習なんか当然やったことがない。
そもそも体力にだって不安がある。ダンジョンを探索するだけでもそれなりに体力を消費するだろうし、そこにモンスターとの戦闘だってあるんだ。とてもじゃないけど中学の頃は弱小ソフトボール部の万年補欠だった私が、何の準備もなく入っていいところではないように思うんですけど!?
「え? ああ、ごめんごめん。ダンジョンに潜るって言っても、今日はまだ探索も戦闘もしないし、ちょっと入るだけだから安心して、千里ちゃん」
「よ、よかったぁ。でも、だったら何のためにダンジョンへ?」
「えっへっへ。そこは実際に入ってからのお楽しみだよん」
杏奈先輩がえへらと表情を歪ませた。うっ、なんだろう、なんか嫌な予感がする。
「あのー杏奈先輩、放課後冒険部の部員って拙者たちだけなのでござるか?」
そこへつむじちゃんが別の質問を杏奈先輩に投げかけた。
あ、確かにそれは私も気になる。
魔力を持っている一年生は私たちの他に例のちょこちゃんがいるけど、彼女は今日も授業が終わると速攻で帰ってしまった。その後すぐに生徒会長さんと副生徒会長さんがちょこちゃんを追いかけていったけど、たとえ捕まっても彼女が放課後冒険部に入ってくれる可能性は限りなく低そう。
となると残りは二年生、三年生の上級生になるんだけど……。
「ううん、他に二年生がふたり、三年生がひとりいるよ」
「その先輩たちは?」
「二年生の
追いかけっこ? えーと、それってもしかして?
「まぁ、それはともかくダンジョンに行ってみよっか。さっきも言ったように今日は探索も戦闘もないから気楽にね」
そう言って杏奈先輩はトイレに繋がっているものとは別の扉を開けた。
恐る恐る中を覗いてみると、想像していたのと違って中は全然明るかった。
そのおかげかどうかは分からないけど空気もじめっとしていなくて、嫌な臭いもしない。
ただ、そうは言ってもやはりそこは洞窟だ。
体育館ぐらいはある開けた空間だけど、岩肌は何ら人間の手が入っていないことを証明するかのようにごつごつしていて、地面も大小さまざまな石がごろごろ転がっている。
うわぁ、すごく歩き辛そう。やっぱりこれは体力をつけないと、歩き回るだけでも一苦労しそうだ。
「ほー、これはいい洞窟でござるなー」
私の脇から、つむじちゃんがひょこっと顔を出してきた。
「洞窟に良い悪いがあるの?」
「あるでござるよ。悪い洞窟はそもそも人間の侵入を拒むものでござる」
つむじちゃん曰く、地面が常に傾いていたり、上下左右から岩が突き出ていて通るのに苦労したり、通路の一部が完全に水没していたりするものらしい。
「あ、安心して。そういう異世界ダンジョンは見たことないから」
話を聞いた私は相当に嫌そうな表情を浮かべていたんだろう。慌てて杏奈先輩が否定してくれた。
よかった。さすがにそんな本格的な冒険は勘弁してほしい。
「さて。ではちょっとお邪魔してみるでござる」
つむぎちゃんがいつまでも腰がひけたままの私の前に出た。
「だ、大丈夫、かな?」
「多分問題ないでござるよ。危険な気配も感じないでござるし」
そう言ってつむじちゃんがダンジョンへの扉を潜り抜けたその瞬間。
「うわわっ! ど、どうしたの、つむじちゃん、その恰好!?」
「ふへ? 別に拙者は何も?」
「あわわっ! 振り返っちゃ駄目だよっ!」
「??? 千里殿さっきから何を言って…………わわわっ、なんで拙者、裸になってるでござるかっ!?」
つむじちゃんが慌てて両手で股間を隠し、地面にしゃがみこんだ。
「杏奈先輩、これって一体……わっ!」
振り返ろうとした私。しかし、同時に誰かが私の傍を通り抜けながら手を掴み、ダンジョンの中へと引っぱりこもうとする。
誰かって、そんなの決まってる。杏奈先輩だ。
驚いた私は何も出来ず、なされるがまま安奈先輩と一緒に扉を潜り抜けた。
「え?」
瞬間、杏奈先輩の姿がさっきまでの制服から、いきなり真紅のマントを羽織った姿に変わった。
周囲が銀色で縁取りされ、背中に緑色の羽の刺繍。赤いマントにポニーテールの黒髪がとても映えている。
「……あ」
そして振り向いた先輩の姿を見て、私はさらに言葉を失った。
カッコよかった。
やはり赤を基調としたフレアドレスの上から白銀の胸当てを身に付け、腰には腹部を守る革製の防具。下半身は白いオーバーニーソックスに赤いブーツを履いていた。
もしこれが普通の日常風景の中なら「コスプレだなぁ」って感情しか芽生えなかったと思う。
だけどこのダンジョンの中では、まさに女騎士そのもの。その姿は凛々しく、格好良くて、思わず「ああ、本当に杏奈先輩って勇者だったんだなぁ」って、ぼぅっと見惚れてしまった。
「へぇ」
その杏奈先輩がちょっと意外だとばかりに目を見張る。
「千里ちゃんって、結構おっぱい大きいね」
そう、おっぱいが……って、え? おっぱい?
言われて私は我に返り、視線を自分の真下へと降ろす。
「ぎゃーーーーーーーーーーーー! なんで私まで裸なんですかーーーっ!?」
一体どうなってるんだ、この異世界ダンジョンって!
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