第4話:私もそうなりたいっ!
「ここが部室、だよね?」
入学式を終えたその日の放課後。
私たちは『放課後冒険部』の部室を訪れていた。
ホームルームが終わる直前、先生から私とつむじちゃん、そしてゲーム大好きっ子――
正直、行くべきかどうか迷った。
だって私はどうして鈴城さんの手を握り返したのか、いまだに自分自身のことがよく分からなかったんだ。
これまでの私ならなんだかんだできっと断っていたはず。
それが何故今回は応じてしまったのか。高校生になったことで、こんな私でも何かに挑戦してみようなんて気持ちが心のどこかに芽生えていたのだろうか。
ホント、まいったなぁ。
とりあえずあの場では思わず手を握り返したけれど、だからと言ってまだ正式に入部したわけではないはずだ。
ここは招集を無視して、入部を自然消滅させるのもひとつの手かなぁ? でも、さすがにそれは先輩たちを怒らせてしまうかも――。
「ではでは、一緒に行くでござるよー、千里殿」
でも、そんな一瞬の迷いを見逃してくれるほど、つむじちゃんは甘くなかった。
癖の爪齧りをしている私の左腕に手を絡ませ、がっちり確保。あうー、逃ーげーらーれーなーいーーーーー。
こうなったら仕方がない、付き合いは一人でも多いほうがいいと私は小泉さんの方に振り向く。すると。
「ちょこは絶対に入らないって先輩たちに言っておいてほしいのですー」
そう言い残した小泉さんは、まさに教室を出ていくところだった。
迷いがない分、行動が素早い。まるで私に足りないのはそういうところだぞと言わんばかりだった。
というわけで、私とつむじちゃんは放課後冒険部の部室前に来ている。
先生から教わった通り、入学式を行った体育館へ入ってすぐ右の扉の中へ。独特の芳香剤の香りが漂う中、手洗い場といくつかの個室を通り越してその最深部……『体育館女子トイレ用具室』のプレートの上に『放課後冒険部』と書かれた紙が貼られてあった。
「……つむじちゃん、もしかしてこれって最初から全部ドッキリなんじゃないかな?」
「ドッキリ、とは?」
「実は最初から異世界ダンジョンなんてありませんでした、とか」
「ええっ!? だとしたらわざわざこの学校にやってきた拙者はどうなるでござる!?」
「それはその……ご愁傷様?」
「そんなぁ!」
こんな冗談でも真に受けてしまうつむじちゃんの目が潤みはじめる。
と同時に、突然用具室の扉が開いた。
「あ、待ってたよー。いらっしゃーい」
中から出てきたのは鈴城さんだった。
モップやらバケツやら雑巾やらが乱雑に押し込まれた部屋から、何事もなかったかのように平然と満面の笑みを浮かべて私たちを出迎えてくれる。
「あ。ど、どうも……」
「ふたりとも来てくれると信じてたよー。さぁ、中に入って入って」
「え? いや、中に入れと言われましても……」
汚いし、臭そうだし、なによりこんな狭いところに三人も入れないでしょ――と、戸惑う私の手を鈴城さんが強引に引っ張る。
体つきはほとんど私と変わらないのに凄く力が強くて、踏ん張り切れなかった私はそのまま鈴城さんと一緒に用具室の中へ。
「わわわっ……って、あ、あれ?」
確かに用具室へと引き込まれたはずだった。
それが何故か次の瞬間、小綺麗に片付いた部屋の中にいた。
「だ、大丈夫でござるかっ、千里殿!」
そこへ私の後ろの扉からつむじちゃんが飛び込んできたもんだから、避けることなんてできなかった。辛うじて振り向いて正面から抱きしめる形になったものの、その勢いをひ弱な私が受け止めるなんて出来るわけもなく、そのまま押し倒されてしまう。
「あうっ! お尻痛い……」
「あ、千里殿! よかったでござるぅぅ、いきなり姿が消えたから拙者、いったい何事かと……」
そう言ってつむじちゃんが私の上に乗ったまま、辺りを不思議そうな表情で見渡し始めた。
「……えっと、千里殿、これは一体どういうことでござるか?」
「そんなの、私も分からないよぉ」
今度は私が涙目になる。
そしてそんな私たちに鈴城さんは微笑みながら「ようこそ、琵琶女放課後冒険部へ」と、入学式の時のように手を差し伸べてきた。
「異世界……ですか?」
「そう、ここはもう異世界なんだよー。まぁ、そうは言っても特殊魔装してるから、異世界法則からは外れているんだけどね。だから異世界と言うより、次元の狭間って感じかな」
ちなみにあっちの扉のむこうが異世界ダンジョンだよ、と教えてくれた。
私は「はぁ」なんて間の抜けた返事をしながら、鈴城さんが淹れてくれたコーヒーを少し口にする。ちょっと薄めのインスタントコーヒー、でも美味しい。
「ここが異世界に繋がったのはほんの一か月ほど前。まだ他はどこも繋がってないから、今はここを部室にしてるの。驚いたでしょ?」
「あい。思わずてっきり騙されたかと思ったでござるよぅ」
つむじちゃんが涙目でコクコクと頷く。
「ごめんごめん。それにしても、つむじちゃんって噂と全然違うね?」
「え? 拙者の噂、でござるか?」
「うん! つむじちゃんって甲賀忍者の血を引く現代忍者の最高傑作だって聞いてるよ。そんな子が大阪万博女学院(通称・
「ええっ!? 現代忍者の最高傑作ってなんでござるかぁそれはぁぁぁ!」
つむじちゃんがあたふたと両手を上げて驚いたかと思うと、顔を真っ赤にしてきょろきょろ左右を見渡す。
そして最後には私に抱きついてきて、顔を胸に沈めてきた!
「ちょ! 恥ずかしいよ、つむじちゃん!」
「恥ずかしいのは拙者の方でござるぅぅぅ!」
いや、だからと言って私を巻き込まないで。ただでさえ変な噂を立てられているんだから。
「あはは。ホントかわいいー。そして、相田千里ちゃん」
「あ、はい!」
いきなり名前を呼ばれて、ちょっとびっくりした。
「千里ちゃんの魔力は凄いよ。あたし、びっくりしちゃった」
「そ、そうなんですか?」
「うん! 水晶玉の色が鮮やかに変わるほど魔力が高いんだけど、あんなに真っ赤に染まるのはあたしも初めて見たもん」
「は、はぁ」
と言われても、私にはまったくピンとこない。
魔力が高いのなら、これまでにも何か身の回りで変なことがあるものじゃないかな? だけど私にはそんな摩訶不思議な経験なんて何一つ身に覚えがなかった。
「だからね、千里ちゃんは絶対放課後冒険部に入った方がいい」
「……それってつまり戦力になるから、ってことですか?」
「ううん、そうじゃない。放課後冒険部に入ることが千里ちゃんの身を守ることになるから言ってるの」
鈴城さんの顔が凛々しい、最初に見たような女騎士の表情に変わった。
「さっき『まだここしか異世界には繋がってない』って言ったよね? つまりそれはこれからまだ別の所が突然繋がるかもしれない、って意味でもあるの」
「……つまりある日教室の扉を開いたら、いきなり異世界に飛ばされちゃうかもしれない、ってことですか?」
「そう。そして魔力の強い子ほど異世界に引きずり込まれる可能性は高い。何故なら異世界ダンジョンは魔力を集めているから」
「魔力を集める……?」
え、ちょっと待って。魔力って自分の身を守ってくれるものなんじゃないの?
それを異世界ダンジョンが集めているって……どゆこと?
「異世界ダンジョンでは私たちは死なないし、怪我もしない。でも代わりにモンスターたちの攻撃はあたしたちの魔力を吸い取るの」
魔力を吸い取る……なんかちょっとエッチな感じだ。
「例えばゴブリンに棒切れで叩かれるでしょ? すると痛くはないんだけど、ちょっとクラっとするの」
それが魔力を吸い取られるってことらしい。
「そしてモンスターに吸い取られた魔力は即座にダンジョンに回収され、その集めた魔力でダンジョンは成長する」
「え、ダンジョンが成長するんですか!?」
「そう。広くなったり、階層が増えたり、モンスターが強くなったり、まぁ色々とね」
なんだ、それ!? 厄介だなぁ。
「でね、普通の魔力の持ち主ならば、それを吸い尽くした時点で解放されるんだけど、千里ちゃんやあたしたちみたいに強い魔力の持ち主はそうじゃないの」
「…………」
「ショックだと思うけど、異世界ダンジョンは私たちを魔力増幅器として捕獲する」
……なんとなく話を聞いていて嫌な感じがして黙っていたけれど、その予感が当たってしまった。
「もちろん、放課後冒険部に入らないって言うならあたしたちは全力で千里ちゃんを守るよ。捕獲なんか絶対させない。でも、一番いいのは千里ちゃん自身が自分の身を守れるほどの力を持つこと。いきなり異世界ダンジョンに引き込まれてモンスターに襲われても大丈夫なように、放課後冒険部の部員になって予め準備しておくことなんだよ」
言われて、私は入学式での水晶玉による魔力測定のことを思い出していた。
そうか。あれは放課後冒険部に入れる資格がある人物を探し出すと言うよりも、異世界に捕獲される可能性がある者を見つけ出す意味合いの方が強かったんだ……。
話を聞いて、私は少し、ううん、正直に言えば、ひどく気分が落ち込んだ。
うん、なんだかんだ言ったけど、自分に特別な力があると言われて嬉しいとか誇らしいって気持ち、そして自分自身への期待感も少しは感じていたんだ。
今まで何のとりえもない、ごくごく平凡な毎日を生きてきた私だけど、もしかしたらここから変わるのかもしれないぞって。
今まで頑張ることが出来なかったけれど、今回は違うかもしれない……だって学校を守るためにこんなにも必要とされているんだもんって。
でも、本当は逆だった。
なまじっか強い魔力なんて持ってるから、異世界ダンジョンに狙われる。そしてもし私が捕まれば、異世界ダンジョンはもっと大きくなってしまう。
異世界ダンジョンが大きくなったらどうなるのかは分からないけれど、きっと多くの人に迷惑をかけてしまうことになるんだろう。
それを防ぐために鈴城さんは私を放課後冒険部に誘った。
私が学校を守るんじゃなくて、実際は私が学校に迷惑をかけないための防護策だったんだ……。
なんだ、そうだったんだ。
あはは、ちょっとでも浮かれたのがなんだかバカみたい。
それだったら魔力なんて……そんなの、私――。
「千里ちゃん、今の気持ち、当ててみようか?」
「え?」
「『魔力があるって言われて嬉しかったけど、今はもうそんなのいらない』でしょ?」
「…………はい」
「だよねぇ。あたしも一年前は同じだったよ」
「え、鈴城先輩もですか!?」
驚いた。
だって鈴城さんはこう見えても勇者になった人だ。
つむじちゃんみたいに、最初から放課後冒険部での活躍が期待されて入学した人なんだとばかり思ってた。
「うん。あたし、高校に入るまでは何のとりえもない、ごく普通の女の子だったんだ。特技もなければ、何かに青春を打ち込めるようなものも何もない。ただただ毎日をぼんやり生きてたの」
鈴城先輩の告白に、私は大きく目を見開く。
「でもね、そんなあたしに異世界ダンジョンに潜れるほどの魔力があるって言われて。あの時は嬉しかったなぁ。あたしにも『特別』があったんだ、って。でも、詳しく話を聞いてがっかりした」
「……はい、そんな『特別』なんていらないですよね」
「だからね、初めは嫌々だった。異世界ダンジョンに捕まりたくなかったし、モンスターと戦うのも怖いじゃん。おまけにコンビを組んだ子がすっごくわがままで、強くて、ついていくだけで精一杯だったなぁ」
「やっぱり部活、キツいんですか?」
「最初はね。でも、気付いたら面白くなってた」
「どうして?」
「分かんない。相変わらずコンビを組んだ
気が付けば私はつむじちゃんにしがみつかれているのも忘れて、鈴城さんとの会話に没入していた。
なんのとりえもない、平凡な自分。だから自分には何もないと思っていた。頑張っても失敗するかもしれないと、だから無駄に頑張るのが嫌だった。
だけどそんな私の前に今、同じような気持ちを抱きながらも頑張って『特別な自分』になれた人がいる。
勇者、と言うわりには変に気が小さかったり、ドジだったりするけれど。
でも、私もそうなりたいと話を聞いていて素直にそう思えた。
「……分かりました。私、入ります。放課後冒険部に」
「ホント!? よかった!」
「どこまで出来るか分かりませんけど、一応頑張ってみます」
「うんうん。じゃあ改めてよろしくね、千里ちゃん」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、鈴城先輩」
「鈴城先輩なんて堅苦しいよぅ。あたしのことは杏奈ちゃんでいいって」
「いえ、先輩をそんな『ちゃん付け』なんて……」
結局、杏奈先輩ってことで落ち着いた。
私のずっと前を行く安奈先輩……。
私はこの人の背中を追っていこう、そしていつか追いついて同じ景色を見よう、そう決めた。
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