第3話:今日から君は魔法使いだねっ!

 突然発表された琵琶女びわじょの地下ダンジョンと放課後冒険部。

 私はただただあんぐりと口を開けて驚くばかりなんだけど……。

 

「ねぇねぇ、放課後冒険部だって! 面白そうじゃない?」

「今結構人気だよね。最近はTV放送もしてるし」

「冒険者がカッコイイんだよぅ。わたしもあんな風になりたいな」

「あんたは運動苦手だから無理だって。でも、あの副生徒会長さんと一緒に冒険できるなら、私、入ってもいいかも」

「あ、ずるい! わたしも入るぅぅ!」


 なんだろう、みんなのこの盛り上がりは?

 しかも副生徒会長と一緒に冒険したいって子だけじゃなく、さっきまで居眠りしていた子たちだってなんか目をキラキラさせていたりするし。

 あ、あれ、もしかして私、流行に乗り遅れてる!?

 

『ありがとう。みんな、ありがとう!』

 

 歓声に沸く一年生を前に副生徒会長の橘先輩は満足げな笑みを浮かべつつ、左右の手の甲を軽く揺らしてみんなに少し落ち着くよう促す。

 

『みんなも乗り気でボクも嬉しいよ。では、そんなみんなに凄い人を紹介するとしよう』


 そして舞台袖に体を向けると、橘先輩は拍手をし始めた。

 つられて私たちも拍手を送りつつ、いったい誰が出てくるんだろうと幕の向こう側に注目する。


「え?」


 舞台袖から出てきたその人に、私は思わず見惚れてしまった。

 だって私たちと同じ制服を着ているのに、その姿が一瞬、まるでファンタジーに出てくる女騎士のように見えたんだ。

 ぴんと伸ばした背中で、ポニーテールにした長髪の毛先が軽やかに揺れる。

 凛とした横顔。強い意志で輝く眼差し。足取りは自信に満ち溢れ、淀みなく演台の橘先輩のもとへ歩み寄っていく。

 

「あ、あの人は!」


 隣でつむじちゃんが驚いた声をあげた。

 その声に気付いたのだろう、壇上の女の人も視線をこちらに向け、そして。

 

「はわっ!?」


 へ? はわっ?

 なんか可愛らしい驚き声が聞こえたような……。それに表情も心なしか引き攣って……あ!

 

「はわわわわっ!? へぷしっ!」


 コケた。

 なにもないところで躓いて、盛大に顔面から。

 うわぁ、超痛そう。

 

「だ、大丈夫かい、杏奈あんな君?」


 さすがに橘先輩もこの展開には一瞬呆気に取られたものの、すぐ我に返って倒れた女の人のもとへ駆け寄っていく。

 

「す、す、すすすみませんっ! 出来るだけ意識しないようにしていたんですけど、みんなに見られているなぁって思った瞬間、緊張しちゃって」


 先輩の手を借りながら立ち上がるも、強かに床で打った鼻を痛そうに押さえる。

 恥ずかしそうにちらちらとこちらに向ける目も涙目だ。


「何だったら挨拶は明日に延期しようか?」

「いえ! 大丈夫です、やれます! やらしてください! というか、この話を聞かされてからずっと緊張してドキドキしてたんですよ。これがさらにもう一日延びたりしたら、もうあたしの心臓がもちませんから!」


 凄い勢いで話し始める女の人に押しの強そうな橘先輩も「そ、そうか」と圧倒され、そのまま彼女を演台へとエスコートした。

 改めて私たちと対面する女の人。涙目ではないものの、緊張でこわばり赤らんだ表情で口を開いた。

 

『ど、どうも初めまして。放課後冒険部の指導教官としてやってきた、二年生の鈴城杏奈すずき・あんなです。い、一応、勇者やってます』




 勇者。

 それは年に一回開かれる放課後冒険部全国大会ダンジョンマスターにおいてMVPの選手に贈られる称号。

 なんでも鈴城さんは昨年のダンマスで勇者の座を勝ち取ったらしい。

 

「特にラスボスを打ち倒した時の一撃といったらもう。放課後冒険部員ならみんなが憧れる存在でござるぅ」

「そ、そうなんだ……」


 つむじちゃんが説明しながら、憧れの眼差しで壇上の鈴城さんを見上げる。

 もっともその当の鈴城さんはさっきから緊張しっぱなしで、話も噛み噛みなんですけど。

 

『えっと、まぁ、そ、そういうわけで残念ながら一定の魔力のない人は放課後冒険部には入れないわけであわわ、ご、ごめんなさいごめんなさい!』


 おまけに会場から巻き起こるブーイングに、鈴城さんが慌てて何度も頭を下げる。

 もっともブーイングの理由はその語りの下手糞さ……も多少はあるだろうけれど、大多数は十五歳の誕生日に発現した魔力の大きさによって放課後冒険部に入れるかどうかが決まるというものだった。

 

『あー、みんな静かにして。というわけだから、これからみんなの魔力測定をするからね。ひとりひとり壇上に上がってほしいんだ』


 橘先輩が助け舟を出してくれたおかげでブーイングはとりあえず収まり、前に座っていた人たちから順に壇上へと上がりはじめた。

 どうやら鈴城さんの前に置かれた水晶玉のようなもので魔力を測定するらしい。

 ひとりひとり演台を挟んで鈴城さんと対面し、水晶玉に手をかざす。時間にしておよそ十秒ぐらい。水晶玉に何の変化もないのを見て、鈴城さんがそのたびにぺこぺこと頭を下げていた。

 

「……っていうか、さっきから全然水晶玉が反応しないね」


 私たちの順番までどれぐらい待っただろう。

 その間やることもないので仕方なく壇上の様子を見ていたけれど、ただのひとつも水晶玉に変わりはなかった。

 

「もしかして壊れているんじゃないかな?」

「そうじゃないと思うでござるよ。そもそもダンジョンに潜れるほどの魔力を発現している子自体、とても少ないでござる」

「そうなんだ?」

「あい。琵琶女の規模なら一学年で三人もいれば上出来だと思うでござる」


 少なっ! たったの三人!?

 

「あ、そういえばさっきつむじちゃんが琵琶女に来た理由がこれだって言ってたけど……」

「あい! 拙者はそこそこの魔力が発現しているでござる」


 なんでもつむじちゃんの家は代々『忍者』を生業にしているそうで、強い魔力はそういった家系に発現することが多いという。

 だから去年の誕生日には他県の放課後冒険部有力校がわざわざ水晶玉を持参して、魔力を計測しにやってきたんだそうだ。


「本当はそっちに行くつもりだったでござるが、琵琶女にダンジョンが出来たと聞いて急遽こちらに来ることになったでござるよー」

「なるほど。スポーツ推薦みたいなものだね」

「あい」


 つむじちゃんが大きく頷いたところで、ようやく私たちの番が近づいてきた。

 相変わらず水晶玉に変化はなく、鈴城さんはぺこぺこ頭を下げ続けている。

 放課後冒険部の立ち上げ宣言がやたら盛り上がっただけに、この展開にはみんなもすっかりシラケモード……を通り越して、さっきの私みたいに水晶玉が壊れているんじゃないかってざわめき始めた。


「なんか、雰囲気が悪いね……」

「鈴城殿もさっきから恐縮しっぱないでござるよ」


 今の鈴城さんからは勇者らしい威厳が微塵も感じられないけれど、それでもつむじちゃんは彼女を尊敬しているらしい。

 腰のあたりでぎゅっと握りしめるつむじちゃんの両手が「自分ならこの窮地を救うことができる、早く順番が回ってきて」という願っているように感じた。

 

「あ、色が変わったでござる!」


 そんなつむじちゃんの声で、私は慌てて顔を上げた。

 見ると確かに水晶玉の色がぼんやりと緑色に変わっている!

 

「あの色は盗賊シーフでござるよ! 拙者の忍者同様、パーティの斬り込み要員でござる」


 周りがどよめる中、つむじちゃんがまるで自分のことのように喜んだ。

 ようやく現れた魔力保持者に鈴城さんもホッとしたような笑顔を浮かべている。 

 でも。

 

「え? 放課後冒険部なんて、ちょこは入る気ないのですよー」


 水晶玉の色を変えた当の本人、驚くべきことにあのスマホゲーの女の子は、あからさまに難色を示した。

 

「はっはっは。悪いけど魔力がある人はみんな入ってもらうよぅ?」


 そこへ副生徒会長の橘先輩が、がっしと女の子の肩を掴む。

 

「そんな! 人権侵害なのですー!」

「おっ!? ちっこいのに意外と力があるね、キミ。おーい、あや、ちょっと手伝ってくんない」


 掴まれた手を強引に振りほどこうとする女の子に対して、橘先輩は舞台の端に控えていた生徒会長さんに応援を要請した。

 

「放せ! 放せ! 放すのですー!」


 ドタバタやりあうこと三分。最終的に生徒会長の彩先輩が両足を、副生徒会長の橘先輩が両肩を持ち上げて、こちらからはパンツ丸見えな女の子を担いで舞台袖へと消えていく。

 

「こんな横暴、認められないのですーっ! 国民よ、立て! 立てよ国民ーっ!!」


 そんな女の子の末期の声が、会場に鳴り響いた。

 

 

 騒ぎから数分後。

 生徒会長も、副生徒会長もいなくなったけれど、冒険者選別の儀は続いている。

 辺りはすっかり静かになっていた。

 さっきの女の子によって水晶玉が壊れていないと証明されたからだろう。ざわめきはすっかり鳴りを潜め、かといって立ち上げ宣言時のような高揚感もすでになく、言ってしまえば「私たち関係ないしー」って冷めた雰囲気の中で粛々と進んでいた。

 

 そして正直なところ、それは私も同じだった。

 

 もともと放課後冒険部なんて怖そうなだけで魅力を感じないし、何より魔力なんてごくごく平凡な私にあるはずがない。

 つむじちゃんが水晶玉を紫色に変えた時は目いっぱい拍手したけれど、私と冒険部は何の縁もないと思っていた。

 だから。

 

「あ、この色は『魔法使い』の色だよっ!」

 

 私が手をかざした途端、目の前で真っ赤に染まった水晶玉がとても信じられなかった。

 まるで現実がすっぽり抜け落ちたような、自分のことなのにまるで映画でも見ているような不思議な感覚だった。

 

「おめでとう! 今日から君は魔法使いだねっ!」


 鈴城さんがにっこり笑いながら私に手を差し出してくる。

 私はいまだ信じられずに鈴城さんの手と私の手を茫然と見比べた。

 

 見た目は何の違いのないふたつの手。

 だけどひとつは何かを掴み、もうひとつはいまだ何も手に入れていない、そしてこれからもきっと掌に乗るようなものしか掴めないだろうと思っていた手だ。

 

 この手を握り返せば、私も何か大きなものを掴むことが出来るのだろうか?

 平凡で私にだって何か特別なことが出来るのだろうか?


 目の前にある、真っ赤に染まった水晶玉が「あなたは特別なのよ」と囁いてくる。

 私を信じて手を差し伸べてくる鈴城さんの目が「君なら出来るよ」と語ってくる。

 

 そうか、私は特別なんだ! 私なら出来るんだ! 


 って、素直に信じることが出来たらどれだけ楽だろう。

 

 だけど私は信じられない。

 それは相手が誰であっても一緒。何故なら結局私は、自分で自分のことを信じることが出来ないから。だから私はこれまで自分が安心できる選択しかしてこなかった。

 頑張ることが出来ないってことは、言ってしまえば失敗するのが怖いってこと。

 未来なんて誰にも分からない。いくら私に特別な力があったとしても、期待に応えられるだけの結果を残せる保障なんてどこにもない。いつだって酷い失敗に終わる可能性はある。

 それが怖くて、私はいつだってつい手を引っ込めて――。

 

「千里殿、おめでとうでござるぅぅぅ!」 


 突然抱きついてきたつむじちゃんの衝撃と体温で我に返った。

 そしてそこでようやく。

 

「え?」 

  

 私はいつのまにか自分が鈴城さんの手を握り返していることに気が付いた。

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