第2話:ボクと一緒に冒険しよう!
高校生になって分かったことがふたつある。
ひとつは高校生になっても入学式は退屈だってこと。
卒業式は数年慣れ親しんだ校舎や友達とのお別れってこともあって、まだ胸に迫るものがある。
だけど入学式は――そりゃあ新しい高校生活に様々な希望を持って入学した人は違うのかもしれないけれど、私みたいに中学の延長な気持ちで入ったような人には校長先生の言葉も、お偉いさん方の祝辞も何も刺さらない。
いっそのこと「おめでとう! 三年間めいっぱい青春しろよ!」の一言で終わってくれた方がインパクトもあっていいんじゃないかな?
そしてもうひとつは、女子校ってやっぱり少なからず女の子同士の恋愛に興味を持つ人がいるんだなぁってこと。
私とつむじちゃんの件も注目を集めたけれど、この入学式で司会を務める副生徒会長さんは、それとは比べ物にならないぐらいの熱視線を新入生たちから集めていた。
うん、確かに素敵な人だなぁとは私も思うよ。
背が高く、すらっとしていて、それでいて出るところは見事に出て、引っ込むところはしっかり引っ込んでいるナイスバディ。髪の毛を染めるのは校則違反だと聞いていたから、腰まである見事な金髪は地毛ってこと? ってことは外国人とのハーフなのかな。うん、それならあの日本人離れした体形も分かるような気がする。
そんな完璧バディなうえに、ちょっと美男子っぽい中世的な顔つきで「やぁ新入生のみんな。入学おめでとう!」なんて言う声もカッコいいんだから、新入生から早くも「お姉さま、素敵!」と目をハートにして注目されるのも当たり前かもしんない。
まぁ、私はノーマルだから興味ないけどね。
ホントだからね!
『皆さんもぜひともこの琵琶女で素敵な青春時代を過ごしてほしいと思います』
壇上では生徒会長さんの話が続いていた。
副生徒会長がアレだった割には、生徒会長さんはごく普通の人だった。
左右がふんわりと波のようにウェーブしたボブカットの髪型。時折原稿に落とすものの、出来るだけ顔を上げて私たちを見つめようとする瞳。それでも緊張からかすかに震えてしまう声。
ああ、生徒会長と言っても、私たちとひとつしか年齢が変わらない普通の女の子だ。
かくいう私も正真正銘の普通人だから、こういう人にはなんとなく安心感を覚える。
でも、ごめんなさい、生徒会長さん。普通なのは安心できるけど、挨拶内容も普通過ぎてつまらないです。
「……あのさ、つむじちゃん。さっき『実は拙者……』って言ったけど、あの続きは何?」
なので私は隣に座るつむじちゃんに、さっき聞きそびれたことを尋ねることにした。
「む、今は生徒会長殿のお話し中でござるよ、千里殿」
「んー、そうなんだけど別にいいんじゃないかな。みんなも聞いてなさそうだし」
うん、見渡した感じだと壇上の傍に佇む副生徒会長へ熱視線を送る女の子たちが三割、俯いて眠っちゃってる子が三割、残りもこくりこくりと船を漕ぐ子がほとんどで、真面目に壇上を見つめているのは私とつむじちゃん以外にはごくごくわずか。
あ、さっきの大声の女の子、こんな時もスマホでゲームやってる! どんだけゲーム好きなんだろ。
「それに前を向きながらのおしゃべりだったら気付かれないよ、きっと」
「なるほど! 密談の練習でござるな!」
密談て……というか、その割には声が大きいよ、つむじちゃん。
「ふむ。千里殿は驚かれるでござろうが、実は拙者、甲賀忍者なのでござるよ」
「うん、知ってた」
「なんと! 拙者の正体を見抜いていたとは千里殿は一体何者……ま、まさか伊賀の忍び?」
「ニンニン……なわけないでしょー。だってつむじちゃん、自分のことを拙者って言ったり、語尾が『ござる』だったり、おまけに出身中学が甲忍中学なんて、いかにもな名前の学校だし。正体バレバレだよ」
「マジでござるか……」
つむじちゃんがまた頭を抱えて凹み始めた。うーん、そういうオーバーアクションなところ、忍者としてはどうなんだろ?
まぁ忍者ってのはこういうものだって詳しくは私も知らないけどさ。
てか、そもそもこの現代に忍者なんてものが存在すること自体、思ってもいなかったよ。
「でも、つむじちゃんが忍者なのはいいとして、それがどうしてこの琵琶女に来ることになったの?」
「……千里殿は『放課後冒険部』って知ってるでござる?」
「なにそれ? 知らない」
「え? 知らないでござむごむごっ!」
私の返答によほど驚いたのか、つむじちゃんが思わず大声を上げそうになったのですかさず彼女の口を手で塞いだ。
でも、さすがにちょっと遅すぎた。壇上の生徒会長さんは話を中断して、こちらをじっと見てくるし、周りも「またこの百合カップルか」って目をして呆れている。
ああ、違うよ! だから私はノーマルだってばー!
『えー、ごほん。というわけで、明日にはクラブ説明会を予定しているので、どうか楽しみにしていてください』
しばらくジト目でこっちを見つめていた生徒会長だったけれど、私たちが恐縮しているのに気を取り直してくれて、話を再開し始めた。
よかった。怒られずに済んだ。
とは言え、当然マークはされているよね。ここは真面目に話を聞かなくちゃ。
と思いつつも、私は顔を正面に向けながらも、頭の中ではさっきつむじちゃんが言った『放課後冒険部』って言葉を繰り返していた。
うーん、さっきは知らないって言ったけど、どこかで耳にしたような気がする。
そう、あれは確か、琵琶女に合格した時のこと。親戚のお姉ちゃんが「せっかく女子校に入ったのに、琵琶女には放課後冒険部がないのかぁ。残念だねー」とかなんとか言っていたような……。
『では私の話で入学式を終わりにしたいと思います。が、最後に一つ、重要なお知らせが副生徒会長の
そう生徒会長が言うやいなや、新入生の一部から黄色い声があがった。
その声の大きさに、私の意識も記憶の探索から浮上する。
見ると件の副生徒会長――橘先輩が壇上にあがり、にこやかにマイクを握っていた。まるで今から彼女のコンサートでも始めそうな雰囲気なんだけど……。
『えー、突然なんだけど実は先日、我が琵琶女もついに異世界へ繋がって、ダンジョンが出現したんだ』
は? 異世界?? ダンジョン???
思わぬ単語の連続に、私は呆気に取られた。
でも、そんな私とは違って周りの子たちからは「やっぱり」「あの噂、本当だったんだ」ってざわめきが聞こえてくる。
ちなみにスマホでゲームをしている女の子は全く動じることなく、相変わらずプレイ中だ。
くいくい。
と、つむじちゃんが私の服を引っ張ってきた。
振りむいた私の顔は、副生徒会長さんの話に驚いたこともあってさぞかしアホっぽかったのだろう、つむじちゃんが一瞬吹き出しそうに口もとを引き攣らせるも
「ぷ、ぷぷ……せ、拙者が琵琶女に来た理由がこれでござるよ」
なんとか凌ぎ切って、そう言った。
『そう、みんな知ってるよね、日本各地の女子校が突然異世界と繋がって、地下にダンジョンが出来てしまうっていう現象。それがとうとう琵琶女にも発現したんだ!』
つむじちゃんの言葉を補足するかのように、橘先輩が言葉を続ける。
私は初耳だったけれど、話を聞くにどうやら世間一般には結構知られている現象らしい。つむじちゃんの補足によると、なんでも始めてこの現象が起きたのは十数年ほど昔で、当時は相当に騒がれたそうだ。
『でも、安心してほしい。早速、琵琶女にも放課後冒険部を作ったからね!』
しかもこのダンジョン、発現するのは女子校だけで、しかも中には15歳から17歳までの女の子しか入ることが出来ないらしい。
かくして生まれたのが放課後冒険部。異世界ダンジョンを調査し、時には迷い込んだ学校生徒を救い出したり、時には居座るモンスターを退治して、学校の治安を守る部活だという。
「うええ? そんな部活、危なすぎじゃない?」
「そうでもないでござるよ。異世界ダンジョンでは部員は魔力で守られているでござる。死ぬことはおろか、怪我すら滅多にしないそうでござるから」
「へぇ。でも、ダンジョンって迷路みたいなものでしょ? 迷って出てこれなくなったらどうするの?」
「そんな時の為に脱出魔法があるでござるよ」
「ゲームか!」
思わずツッコミを入れた。いや、入れるでしょ。なんだそのゲームっぽいノリは?
『放課後冒険部は色々と大変だけど、学校を守るためになくてはならない部活だ。それに知っている人もいると思うけど、最近はとても注目されている部活でもあるよね』
そう言って副生徒会長は不敵な笑みを浮かべた。
つむじちゃん曰く。夏の甲子園、冬の高校サッカーと、男子だけが参加できる高校スポーツシーンがあるのに、何故か同じように女子だけが活躍できるメジャースポーツが無い。
だったらそれを作ろうじゃないか。そういえば女子校には放課後冒険部があるよな。よし、これだ、これの全国大会を開こう、と十年ほど前に企画した人がいた。
そうして生まれたのが
初めて出現したダンジョンであり、しかも最大の広さを誇る富士女子高等学校の異世界ダンジョンにおいて年一回開かれるこの大会が、近年ちょっとした流行になっていると言う。
私は全然知らなかったけど。
『というわけで、琵琶女放課後冒険部も全国優勝を目指すよ! さぁボクと一緒に冒険しよう!』
副生徒会長が高らかに宣言する。
同時に会場が大歓声に包まれ、私はびっくりして辺りを見渡した。
え、なんでそんな大歓迎ムード? いくら安全だって言われても、ダンジョンを冒険するなんて怖いじゃん!
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