第1話:友達になろっか?

 四月。

 新たな生活、新たな出会い、新たな人間関係に、誰もがまるで咲き誇る桜のような淡い期待を抱く季節。

 ましてやこの春に中学を卒業し、新たに高校生となる身なら、誰もが新生活へ胸を膨らませるものなのだろう。

 

 でも私、相田千里あいだ・ちさとは高校生活初日の朝を迎えても、普段と変わらない気持ちのままだった。

 だって私、進学先を夢や希望とかじゃなく、ただ仲の良い友だちがいっぱい行く地元校だからって理由で決めちゃったからなぁ。

 

 まぁ、中三の時の担任は「相田なら頑張ればもっといい高校へ行けるぞ」と言ってくれたよ?

 けれど、私は笑ってやんわりと断った。

 そもそもその話を聞いて、先生は私のことを何にも分かってないんだなぁと失望したぐらいだ。

 あのね先生、相田千里は「頑張ることが出来ない子」なんだよ。

 幼い頃から何のとりえもなく、なにかにつけて楽な方ばかり選んできた私。気が付けば自分に自信をつける体験なんてほとんどなくて、いつの間にか頑張るってどうやればいいのか分からなくなってた。

 

 でもさ、それでも生きていけるんだもん。

 だったら別に頑張らなくてもいいんじゃないかな?

 

 とにかくそんなわけで今日から新しい学校へ通うことになるけれども、それは私にとっては中学の延長みたいなもので。

 特別何か新しいことを期待することもなく、部活もきっと中学と同じ、仲の良い友だちと一緒にソフトボール部へ。

 ようやく毛先が首元を撫でるようになったセミロングの髪を、再びショートカットにしなきゃいけないのは残念だけど、まぁ仕方ないよね。

 それで平穏な三年間が送れるならと思っていたんだけど……。

 

(ど、どうしよう!?) 

 

 それが初日から大変なことになってしまった!

 

(と……友達が誰もいないよぅ)


 そう、何故かクラス分けで仲の良い友達たち全員と見事にはぐれてしまったんだ!!

 

 琵琶湖女子高等学校。通称琵琶女びわじょ

 この辺りでは適度な偏差値の高校で、頭が良くもなく悪くもない女の子ならほとんどがここに進学する。

 だから教室を見回せば、それなりに知っている子が何人かはいるけれど、悲しいかな、本当にそれぐらいの面識しかない。

 

 しかもその子たちはすでにグループを作っていて、楽しそうにおしゃべりをしている。

 耳を澄ませば聞こえてくる「ところであの噂、聞いた?」「聞いた聞いた! 本当なのかな?」「本当だったら凄いよね」なんて声。

「え、噂って何? 私、なんにも聞いてないよ?」って、自然な形で話しかけることが出来ればどれだけ楽か……己のコミュニケーション能力の低さが恨ましい。

 

(あー、どうしよう?)

 

 つい昔からの癖で爪を齧ってしまう。もう高校生なんだからこの癖は直さなきゃと思っているんだけど、今はそれどころじゃない。

 こうなったら担任の先生が来るまで、友達のいるクラスに行っちゃおうか?

 でもクラスに友達がいないと明日以降キツい。キツいのは嫌だよぅ。

 

(よし、決めた!)


 教室でひとり爪を齧りながら悩むこと十数分、ついに私は覚悟を決めた。

 こうなったら私同様、ぼっち状態の子に話しかけるしかない!


 運良く左右の席には対象となる新しいクラスメイトが座ってる。

 自然な感じで話しかければ、きっと友達になってくれる……と思う。

 頑張れ、私。いくら頑張れない私でも、これぐらいならきっと出来る……はず。

  

「あ、あのぉー」


 私は自分でも分かるぐらいぎこちない笑顔を浮かべながら、右隣に座る女の子に勇気を出して声をかけてみた。

 

「…………」


 なのに相手の子は返事をしてくれない。

 というか、こっちを見向きもしないよ。

 そもそも起きているのかな?

 

 座っていても分かる、とても小さな女の子。その子が私の声に反応することもなく、ただ両手をツインテールの頭の上で組み、何故かゲームアプリが起動したままのスマホを置いた机に突っ伏している。

 むぅ、ゲームをしながら寝落ちしたのかな? でも、それにしてはポーズが変だ。まるで命乞いや祈りを捧げているみたい。 

 

「天にまします我らが父よ……どうか……給え」


 ええっ! ホントに何かお願いごとしてる!?

 

「あ、あははは。お邪魔しましたぁ!」


 私は乾いた笑い声をあげて、急遽コンタクトを中断した。

 だ、ダメだ、この人と話したら最後、絶対何かの宗教に勧誘されてしまう。

 私は多くの日本人と同じで『特定の宗教には入らない教』の信者なんだ。だから勧誘されても宗教上の理由で断るしかない。さすがにそれでは友達にはなれないよね。

 

 うー、でも起動していたアプリゲーム、実は私もちょこっとだけやってるから友達になれるチャンスだったんだけどなぁ。

 

 かくしてなけなしの頑張りをひとつ消費するも、あえなく失敗する私。

 でもまだ大丈夫、まだあとひとつチャンスがある!

 イエス様も言った。右がダメなら左に話しかけなさい、と。

 てことで、私はこれまた錆びたからくり人形よろしく頭を180度向きを変える。

 すると、そこには……。

 

 ビシッ!

 

 そんな擬音が聞こえてくるくらい背筋をピンと伸ばし、両手を机の下の膝の上へ置いて、顔面神経痛なのかなと思うぐらい顔を引き攣らせて正面を向いてる、ショートカットの女の子がいた。

 ちょっと幼さを残す顔つきが可愛らしい、いわゆる美少女って奴だけど、えっと、さすがにそれは緊張しすぎだと思うよ?

 ……でも、さっきの子と比べたらお話ぐらいは出来そうだ。

 

「あー、あのー」

「あい! 何用でござりまするか!?」

「へ? あい? ござりまする?」

「あ! ち、違うでござるよ! 拙者は」

「拙者!?」


 時代劇みたいな言葉使いで驚いた。

 でも、当の本人が私以上にあたふたと慌てふためいているので、逆にこっちが冷静にならなきゃってなる。

 てか、頭を抱えて「うー、失敗したでござるよぅ」と唸り始めるし。うん、なんだかカワイイ。放っておけないタイプだ、この子。

 

「えっと、私は相田千里。よろしくね」

「あ、拙者……も、もとい! あ、あたしは」

「無理せず拙者でいいよ?」


 そう言ってあげるとショートカットの女の子はぱあぁぁと表情を輝かせた。分かりやすい子だなぁ。

 

「ではお言葉に甘えて。拙者は桐野きりのつむじでござる。学区外の甲忍中学こうにんちゅうがくから来たので、友達が誰もいないでござるぅぅ」


 小動物のように目を潤ませて、友達になってオーラを放つ桐野さん。本当に分かりやすい。

 

「あはは……実は私も中学時代の友達とクラスが別になっちゃって。友達になろっか?」

「本当でござるかっ、千里殿!」


 千里殿ってと相変わらずな独特の言い回しに苦笑いを浮かべる暇もなく、桐野さんが突然椅子から立ち上がって私に抱きついてきた!


「あわわっ! ちょっと桐野さん、落ち着いて」

「ありがとうでござるぅぅぅ。千里殿は命の恩人でござるよー」

「そんなオーバーな」


 まぁ気持ちは分かるけど。広い教室、みんながワイワイやっている中でひとりぼっちは寂しいもんね。

 でも。

 

「だけど桐野さん――」

「千里殿、拙者たちはもう一心同体。拙者のことは『つむじ』と呼んでほしいでござる」


 えっと、一心同体というか、桐野さんが私に抱きついているだけなんだけどね?

 まぁ、それはいいか。別に変なことをされているわけでもないし。

 

「えっと、じゃあ、つむじちゃん」

「つむじ、と呼び捨てでいいでござるよ?」

「私が千里殿なのに、呼び捨てなんてできないよぅ。それよりもつむじちゃん、甲忍中から来たって言ってたよね?」

「あい!」

「それってかなり遠いよね。なんでわざわざ琵琶女に?」


 同じ県内ではあるけれど、とても通える距離じゃない。

 てことは、家族で引っ越しでもしていない限り、つむじちゃんはきっと一人暮らしをしているはずだ。

 有名私立とか、強い部活があるとかなら分かるけど、琵琶女はさっきも言ったようにこのあたりの普通の女の子たちが通う、普通の女子校。それなのにどうして琵琶女にやってきたのかな? こんなに寂しがりやで、友達だっていないはずなのに……。

 

「ああ、それには訳があるでござるよー。実は拙者――」


 その時だった。

 

「キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 いきなり近くで大声が上がってびっくりした。

 クラスのみんなも慌てて声がした方へ振り返る。


 声は私のすぐ後ろ、つまり今はつむじちゃんに抱きつかれているから左をむいているけれど、さっき右を向いた時に机にうつ伏して何か願い事をしていた女の子によるものだった。 


「つ、ついに『ぱらいそクエスト』最重要キャラのひとり・URアルティメット・レアの『勇者・美織』をゲットしたのですーーーっ! 凄いのです! 入学式当日の教室、ぼっち状態で祈りを捧げればガチャ運が上がるって噂は本当だったのですよーー!」


 大興奮する女の子。

 対してぽかんとする私たち。

 それでもしばらくするとクラスのあちらこちらから「ああ、スマホゲーね」「いきなりの大声でびっくりした」なんて声が聞こえてきた。

 と、その中に。

 

「あれ、あの子たち抱きあってますけど?」

「もしかしてアレって噂の百合カップルなんじゃない?」

「マジで!? 女子校ってやっぱりそういうのが本当にあるんだ!?」


 そんな声まで耳に入ってきて、私ははっと我に返る。

 ひゃー、つむじちゃんが抱きついているのは変わらないけど、私までさっきの声で驚くあまり、彼女の背中に両腕を回してしまっちゃってるし!

 

「つ、つむじちゃん! ごめん、ちょっと離れて」

「そんな! せっかく仲良くなれたと思ったのにもうお別れでござるか、千里殿」


 私たちの会話に聞き耳を立てていた女の子たちが「千里殿だって!」と沸き立つ声をあげるのが聞こえ、何を勘違いしたのかつむじちゃんは涙目になって私を見上げてくる。

 そんなつむじちゃんとクラスメイトたちの視線に晒されながら、私は「どこで間違ってしまったんだろう?」と、思ってもいなかった高校生活初日の有様に頭が痛くなるのだった。

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