第33話 母親の思い。
今度は俺から口を開いた。
「言うかどうか迷ったんですが、昨日嫌な夢を見たんですよ。多分、その嫌な夢を見たのはここで言うべきことなのかなと思って話すことにします。あの、俺って母親がいないんですよ。父親と離婚しちゃって。今は親父と俺のふたり暮らしです」
「両親はお見合い結婚だったらしいです。母親は親に言われてどうしようもなく結婚したとか離れる最後に聞いた気がします。結局、母親は浮気をしていたんですが、どうもそれが原因で別れたというわけではないみたいでした。母親はどうも早くひとりになりたかったみたいで。俺は母親に言われたんです。あんたがいたから今まで別れられなかったって。あんたがいたから今まで彼の元へ行けなかったって。あんたが私の幸せ奪ってったって。あんたなんて生まれなきゃよかったって。別れないよう身内から子供がいるからとかいろいろ言われたんじゃないでしょうか。だから子供の俺に縛られてしまったみたいだったのかなと。まあ、そこは俺の想像でしか無いですが」
俺は母親の話をした。
「関わり合いのなかった人を急に愛せるのか……してみないとわからないと思います。できる可能性がないとは言いませんが。実際、お見合い結婚でも愛し合うことはできると思ってます。それでも、俺は両親を見てそんな決まった相手でなく美樹先輩には本当に好きになった人と恋愛してほしいとそう思ったんです。実際に美樹先輩は恋愛をしていますし。まあ、俺なんか好きになるって大丈夫かなとか思ったりもしましたが。そして、これは俺の願望でしか無いでしょうが……俺みたいな子供を作ってほしくないなって思ったんです」
「少し暗い話になってしまいましたが、俺が許嫁を解消してほしい理由はこういう理由です。俺の言うことが正しいわけじゃありません。それでも自由がある方が良いと俺は思いますから。美樹先輩の自由な心を大事にしてほしいとそう思ってます」
千穂さんは黙って俺の話を聞いていた。そして俺の話を聞いた後ため息をひとつつき、
「あなた本当に自分の考えを持っているのね。ちょっと偏った考えかもしれないけれど悪くはないわ。そして、美樹のことをよく考えてくれていることがわかったわ」
そう言った。
「許嫁は解消するわ。というか私も許嫁の件はどうでもいいと思っていたから」
あっさりと千穂さんはそう言った。
「美樹はね、自分の主張をせず育った子なのよ。なんでもできる子だったから周りからの期待にばかり応えて。特に私の母があまりにも期待を掛けすぎて……ね。そうしているうちにかしら。あの子は自分の望むことを言わなくなってしまったわ。周りの期待に答えるのが精一杯みたいになってしまって。本当はたくさんわがままを言ってほしかったのよ、私としては。でもそれが出来ない子に育ってしまって私は悩んだわ。どうすればと。でも何も出来なかったの。母親失格だったわ。だから、あの子がなにか主張をしてきたらなんでも叶えるつもりでいたのよ。でも、まさか最初の主張が許嫁の解消とは思わなかったけどね」
「そんなに簡単に行くもんなんですか? 許嫁の解消って? 」
ちょっと疑問に思ったので聞いてみた。
「私、代々引き継いでいる小さな会社を営んでいるんだけどね。やっぱり運営には横のつながりって大切なのよ。許嫁の件はその関係で昔、私の母が決めたことなのよ。だけど今はその許嫁を約束している家と上手く行かなくなってもなんとかなるくらいには会社を成長させたから。だから大丈夫よ。これでも私やり手なのよ? それに娘のためならこれくらいどうってことないわよ」
千穂さん、この母親は強いなと思った。そして娘を本当に大事にしているんだって。
「最後に聞きたいんだけど」
千穂さんが尋ねてきた。
「はい、何でしょう? 」
「美樹と付き合う気はないの? やっぱり美樹には幸せになってほしいから、山口くんのことが好きなら叶ってほしいなと思うのよ。母親としては」
心配そうに俺を見てそう言った。
「正直に話しますと今からきちんと考えますとしか言えません。話したとおり好きか嫌いかでいえば好きですよ。ただ、許嫁がいるということで恋愛対象として見てはいけないと思っていましたし。ですが、これからはきちんと考えていきたいとは思っています。千穂さん、申し訳ないですが今はこの回答で勘弁して下さい」
「まあ、そうよね。仕方ないわ。でも今日話して私も山口くんのこと気に入ったから。美樹との関係は気兼ねなく進めてもらっていいからね」
あっさりと母親の了承が降りてしまい少し焦る俺の顔を見て、少し笑いながら紅茶を一口飲む千穂さんだった。
「あっそうだ。私も山口くんなんて呼ぶのよそよそしいからこれから蒼汰くんと呼ぶわね」
最後に千穂さんは俺の呼び方まで変えてしまうようだ。
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