第23話 お母様の招待状。



 蒼汰さんとお友達になってから数日後の今日、私、美樹は一世一代の大事な用事がありました。それは、本日仕事で忙しいお母様がめずらしく帰ってきますので、許嫁を解消してもらうためにお話をしなくてはなりません。

 よくよく考えると、私は自分の意志で拒否したり願い出たりしたことがないように思えます。ですが、今回ばかりは頑張らねばなりません。




 当初、私は蒼汰さんを好きになっても許嫁がいるから仕方ないと蒼汰さんと添い遂げることを諦めてしまっていました。ですが、少しだけでも恋人として一緒にいることができたらと本当に身勝手な告白をしてしまいました。


 その中で蒼汰さんに言われたこと。


「期間限定ではなく付き合うなら一生愛したいし結婚まで考えます」


「俺と付き合うとするならきちんと許嫁の話を精算してもらうしかありません」


 そして


「相楽先輩に好きと言ってもらえて嬉しかったです」


 駄目なことは駄目と誠実に答えてくれたことも嬉しかったのですが、それよりも好きと言ってもらえて嬉しかったと言ってくださったことが、とても私の心に響いてしまいました。そして、私の気持ちが届くんではないかと。


 蒼汰さんに好きと言っていただいたわけではありません。考える余地がありますと言われただけです。ですが、嬉しいと言っていただけるのなら、できるなら私はずっと蒼汰さんの側にいたいと心からそう思ってしまいました。


 その思いから、とにかく今は恋人になれなくても側にいられればと友達になってほしいと申し出て一緒に過ごすことができるようになりました。


 それから蒼汰さんの側にいることができるようになってから、私は以前よりも幸せですとそう思えます。側にいるだけで。本当にそれだけで幸せなのです。

 だからこそ、その幸せをこれからもずっと離したくない。簡単に行かないことはわかっていますが、時間を掛けてでも解消したいとそう思っています。


 家に帰り着くと、直様母の部屋へと向かいました。普段ならそんなことをしない私ですが、一秒でも早く母と話をしたいと思っていたからなのでしょう。部屋にも戻らず、鞄を持ったままという行動までして。


 コンコンと扉をノックして確認します。


「美樹です。お母様、いらっしゃいますか? 」


「はい、いますよ。入ってらっしゃい」


 お母様は入室を許可してくださいました。私は扉を開け部屋へと入り、直様お母様に


「おかえりなさいませ、お母様。お体等問題はございませんか? 」


 体を壊していないか心配でしたので、まずは尋ねてみました。


「ただいま、美樹。体の方は全然問題ないですよ。それよりも、美樹が帰ってきてそうそう部屋に戻らず着替えもせずに鞄を持ったまま、わたしのところに来るなんて珍しいですね。そんなに慌ててどうしたのです? 」


 お母様はすこし心配そうに私に言った。


「お母様、今日は急ぎお話がしとうございまして、はしたないですが部屋にも戻らずこちらに直接伺わせて頂きました」


 私がそう返すと


「まあまあ、そんなに慌てないで。とりあえずそこに座りなさい」


 そう言ってソファに座るよう促された。私は


「わかりました」


と答え、座ることにする。


 お母様は対面のソファに座ったまま私の顔を覗き込んでいた。そんなに私の顔がおかしいのでしょうか?


 少しの間、沈黙が続いた後お母様から話しだした。


「さて、美樹から珍しく話があるなんて。それだけ慌てて話したいこととは一体何かしら? 嬉しいことだけどなにか怖い感じね」


 お母様はそう言いながら複雑な顔をしていた。確かに私からあまりこういうことはしたことがなかったと思います。それにはしたない行動も含めて。


 お母様には、私に好きな人ができたこと、期間限定で告白して振られたこと、振られたことで余計に好きになったこと、友達としてではなく恋人として一緒に過ごしたいので許嫁を解消したいと考えていることを説明しました。


 その説明の中、お母様は一言も言葉を発せず私の話を聞いてくださいました。


 説明が終わるとお母様は


「とりあえず、私のお願い聞いてくれる? 」


 と切り出してまいりました。


「はい、なんでしょうか?」


「美樹の好きな相手を今度家につれてきてもらっていいかしら。少し話がしたいから」


 お母様はいきなり会いたいと言い出しました。


「変なことはしないから大丈夫よ。ただ、私としても美樹からの話を聞いて、はい、許嫁解消しますなんて言えないのよ。そこはわかって」


 確かにお母様の言うとおりです。でも、いきなり蒼汰さんに家に来てくださいと言って来ていただけるか少し不安ですね。意味もわからないでしょうし。


「呼びづらいなら私からの招待状を書きましょうか? それなら問題ないでしょう? 」




 少し意味深な笑いを浮かべながらそう言うのでした。




 

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