第439話麗は、女子たちとの歩きを、実は嫌がる

家元の娘、森綾乃は、案の定、麗に頭を下げに来た。

「本当に申し訳ないことを、醜態をお見せしまして」

「その上、ありがたいご厚意まで」

「ご面倒をおかけしました」


麗は、ちらりと見て、その手をヒラヒラと揺らす。

特に言葉は出さない。


品川駅のホームが見えて来たので、周囲の乗客も動き始める。


麗は、ようやく口を開く。

「また他の人の邪魔に、迷惑にならないように」

その言葉の響きも、冷たい。


新幹線が品川駅に停車しても、森綾乃を見ない。

可奈子、花園美幸、葵の列に入り、どんどん車両を降りてしまう。

家元の娘、森綾乃は東京駅までのようで、降りない。


新幹線改札口を通り、麗が苦笑。

「普通のことを言っただけと思うけれど、厳しかったかな」

花園美幸

「うちやったら、もっと叱りつけます、やさし過ぎや、麗様」

「綾乃さん、びくついていました、いい薬やと」

可奈子

「身から出た錆でしょうか、今後は京都での評判を気にするんやろな」

花園美幸

「こんな話が知れ渡ったら、お弟子さんもなくなる、京の街では生きていけん」

「綾乃さんは、恐ろしゅうて、当分、夜も眠れんやろ」

「家元も、お弟子さん衆も、関係業者も大騒ぎかも」

花園美幸

「まずは大旦那に謝りに行くと思うけれど、大旦那も甘くはないし」

「そもそもの言動が間違いや、家元もそうかな、弟子から金ばかり集めて」

「道具自慢が過ぎるし、鼻につく」

「おまけに娘は威張らせ放題、典型的な親ばかで、それを自覚しとらん」

可奈子

「あとで、三条執事長とお世話係さんたちにも、様子を聴いておきます」

「それから、また状況を」


そんな話が続くけれど、麗は全く反応しなかった。


さて、麗は高輪の家に、可奈子を案内。

家の中の一応の案内をして、登校の途につく。

そして、ようやく深呼吸。


「貴重な、一人歩きの時間だ」

「何しろ、この登校時間、下校時間だけが、一人きりなのだから」

「それにしても、京の街の付き合いは面倒だ」

「あれやこれや、人の顔を立て、気にして、二重三重に仕掛けを作って、間違いなく進んで、ようやく解決になる」

「それが、単刀直入に近い東京とは違う」

「まあ、東京とて、何もないわけではないけれど、少なくとも京都の煩雑さとは、格段の差がある」

「隣に誰が歩いていようと、それほど気にしない東京と、始終人の目を気にしなくてはならない京都」

「・・・近い将来、いや、今でも半分は足を突っ込んでいるけれど、俺がその真ん中にか」

「呆れるほど面倒で・・・」


麗は、渋谷から井の頭線に乗る。

途中、下北沢の雑踏が目に入った。

「下北沢は、ほぼ未開拓の街」

「面白い店があるのかな」

「普通の学生は、ここをよく歩くと言うけれど」

「そう言えば、古文やら何やらで、若者文化に疎いかもしれない」


蘭の顔が、突然浮かんだ。

「連れて来るかな、蘭の爆食を見るのも面白い」

「でも、そうなると葵も花園美幸も来たがるはず・・・下手をすると桃香まで」

「女子とゾロゾロ歩きは、飽きる、面倒なだけだ」

「俺には、そんな浮ついた散歩は似合わない、恥ずかしい」


ただ、貴重な一人歩きの時間、麗の顔から厳しさは消えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る