第426話麗と八重子のビートルズ

奥のピアノが置いてある部屋に入り、麗は楽譜棚を見る。

「バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト」

「ブラームス、ドビッシー・・・」

その他、ポップ系を含めて、有名作曲家の楽譜が多くある。

これだけも、母由美は、相当な音楽好きと理解する。

できれば、聴いて見たかったとは思うけれど、それは叶わぬ夢。


麗が選んだ楽譜は、モーツァルトのピアノソナタ第三番。

ピアノの前に置き、そのまま弾き始める。


祖母八重子は、弾き始めから、うっとり。

「音の粒が、一つ一つ、宝石や」

「それがつながって、天使の歌みたいやな」

「愛らしくて、神々しくて」

「この部屋は、天国や、きっと」


葉子と可奈子も、久しぶりの麗のピアノにうっとりとする中、麗は一曲弾き終えた。

「何とか弾き終えました」と、謙遜気味。


祖母八重子は涙ぐむ。

「由美も、おそらく聴いとる」

「ありがたいことや」

「一生の思い出になります」


麗は、笑顔で首を横に振る。

「計画中の研修宿泊施設にも、ピアノを置きます」

「次は、また違う曲を」

「クラシックばかりでなくて、ジャズも」


祖母八重子が、またうれしそうな顔になるので、麗は続けた。

「ばあ様の青春時代って、ビートルズとかの時代なのかな」


祖母八重子は、目を丸くする。

「あら、弾いてくれる?」

とにかく、うれしそうな顔になる。


これには、葉子も可奈子も、目を丸くする。

まさか、麗がクラシック以外の曲を弾くなどは、全くの想定外。


その麗が弾き出したのは、名曲「ロングアンドワイディングロード」。

ゆっくり目、しかし強めの音で、麗は弾く。

すると、また信じられないことが起こった。

祖母八重子が、麗のピアノに合わせて、歌い始めている。


これには長年の付き合いの可奈子も、驚く。

「八重子先生・・・声が伸びるし、きれいなソプラノや、歌・・・上手や」

葉子も感激。

「二人とも息があって・・・名曲がさらに名曲に」


麗と祖母八重子のコラボは、一曲では終わらなかった。

ビートルズの名曲を次から次への状態。

「インマイライフ」「レットイットビー」「サムシング」

テンポの速い「オールマイラビング」まで、祖母八重子は完全に歌いこなす。


「さて、こんなところで」

麗が声をかけると、八重子は恥ずかしそうな顔。

「すっかり、乗せられました」

麗はクスッと笑う。

「かつての女学生の時代に?」

「歌を詠む人は、声がきれい、そう思っていた」


可奈子も感激。

「こんなに楽しい晩になるなんて」

葉子

「お二人とも、すごいです、感動しました」


祖母八重子は、麗を抱きしめる。

「麗ちゃん、またピアノ弾いて」

「これも供養になるから」

麗は、頷く。

「母は、僕の中にいるよ、今日は僕の中の母も手伝ってくれて弾いた」


祖母八重子は、しばらく涙が止まらなくなってしまった。

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