第423話麗は母由美の部屋で物思いに沈む

書棚を開けると、源氏物語、紫式部日記、枕草子、万葉集、古今、新古今などの古文系の他、シェイクスピア、ダンテ、ゲーテ、かなり古いけれどカエサル、ソクラテスもある。

「読書好きだったのかな」と思いながら、いろいろ見て行くと、宮沢賢治や石川啄木、川端康成、池波正太郎もある。


宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を読み、少し考える。

「いろいろ善意で人に尽くすけれど、他人から見れば、デクノボーと呼ばれ」

「賢治はそんな人になりたいと言う」


「しかし、俺にはそんなことはできない」

「九条の後継がデクノボーと呼ばれるわけにはいかない」

「デクノボーと呼ばれても、自分の好きなように生きられたら・・・無理かな、とてもありえない」


ただ、詩のような文とか、考え方は面白いと思う。

「日本の文学史上でも、珍しいタイプの人」

「その彼を育てた岩手にも旅をしてみたい」

「どんな風景が、彼にこの文を書かせたのか、見てみたい」

「花巻とか、妖怪で有名な遠野村とか」

「できれば、一人旅がいいけれど」


そんなことを思っていると、京都も東京もなくなって来た。

「一人の人間として、見知らぬ街を歩く」

「見知らぬ風景を見て、食べたことのない物を食べる」

「実に自由で楽しいではないか」


麗は、小学校、中学、高校と、修学旅行には参加していない。

表向きの理由は、いつも突然の風邪。

本当は、その話ごとに宗雄からの暴行。

奈々子が、宗雄に「麗の修学旅行」と言った途端に、宗雄が常に切れた。

理由も言わずに、ただ、殴る蹴る。


奈々子が準備した「旅行の小遣い」まで取り上げられ、食事もさせてもらえないこともあった。

「要するに、宗雄は、俺の笑顔などは見たくなかった」

「見たかったのは、苦しみ、痛む顔」

「奈々子は、苦しみ痛む俺を見ているだけ」

「蘭も泣くだけ」


その宗雄の暴行の裏には、恵理の意向もあると思うし、宗雄自身の野卑で狭量な性分もあると思う。


「その恵理と宗雄に殺された母の部屋か」

「父の兼弘も、俺の前の九条後継でありながら、無残にも毒殺され」

「二人の殺す時期を10年もずらしたのは、ほとぼりが覚めるのを待ったのか、あるいは気まぐれか」

「どちらにせよ、医者と当時の執事長鷹司とつるんでいたのだから、いつでも可能だった」

「九条の嫁に来ながら、宮家を気取り、九条のことも、京のことも、どうでもよかった恵理だった」

「自分以下の人間を殺そうと、その結果京の街がどうなろうと、知ったことではないか」

「俺も、恵理と宗雄がイタリアで逮捕されなかったら、いつ、好きなように殺されたかわからない」


麗が結局、物思いに沈んでいると、部屋のドアにノック音。

可奈子だった。

「夕食の準備が整いました」


麗は、顔をやわらげる。

そのまま、廊下に出て、可奈子の後ろを歩く。


可奈子

「京風のちらし寿司と、おばんざいです」

「八重子先生と、由美さんのレシピで」


「つまり、この家の味ということでしょうか」


可奈子

「はい、喜んでいただけると」


麗は、ここで思った。

「本来なら、何度も食べているはずの料理と味」

「自分の身体の血肉となっているはずの味」

「心して、自分の身体に同化させる」

「母の手作りと、味わおう」

「生まれて初めての母の手料理として」

麗は、ようやく機嫌を直している。

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