第352話麗の意外な話に、葵は機嫌を直す。

高橋麻央との話を終えた麗は、再びキャンパスの庭を通って大教室に向かう。

実は一人で歩きたいのが本音ではあるけれど、懸命について来る葵を置き去りにすることも、難しい。

「こんな京の名家のお嬢様は、関東に一人で来れば、戸惑うばかり」

「お世話してくれる家人もいなければ、友人どころか知人さえ、まだ出来ていないのでは」

「そんな葵を九条家後継が見捨てたとなれば、どれほどの混乱やら困惑が京に生まれるのか、考えるだけで面倒だ」


麗は、少しうつむき加減に歩く葵に声をかけた。

「大丈夫だよ、葵君」

「僕を信じて、見捨てることはしない」

あえて、関東の学生風の言葉にした。


その麗の言葉で、葵がようやく顔をあげた。

少し涙目になっている。

「さっきの話、まったくついて行けなくて、情けなくて」


麗は、視線を前方に走らせる。

「気にする必要もなく」

「わからない話は、それなりにで」


葵は、また下を向く。

「そうは言っても、気になります」

「うちが、知識が足らんことが、あかんとは思いますが」


麗は、何とかして、この話題を変えようと思った。

そして、おそらく葵には、「予想外、意外」と思われることを言おうと思う。

「ところで、葵君」


葵は、「はい?」と、反射的な返事。

それは麗の呼び方が、いかにもスッキリとしていたから。


麗は、恥ずかしそうな顔。

「僕も、ついて行けない類の話はあるよ」

「この前のケーキも、実は似つかわしくない類」

葵は、首を横に振る。

「いや、一緒にケーキを食べて、いい雰囲気やと」


麗は構わず、話を進める。

「実はね、神保町までは行くんだけど」

「え・・・はい・・・そんな感じ」

「でもね、秋葉原って、未開拓で」

葵の目が丸くなる。

「あら・・・ああ・・・そうなんです?」

「まあ、うちも同じですが」

「それで、一度歩いてみようかなと」

「オタク文化って何だろうって」


葵の表情が、一気に明るく変化した。

「それはもしかして・・・スクールアイドルとか、コスプレとか」

「あの・・・もしや・・・メイド喫茶?」


麗は、珍しく、少し笑う。

「だって、京都にいたら、そんな場所に行ける?」

葵は頷く。

「それは確かに、見つかったら何を言われるかと」

「九条家とか九条財団の立場を離れて、都内の若者として」

「オタク文化を見てみたいかなと」


葵の顔は、ますます明るく変化。

「麗様・・・いや・・・麗君が鼻の下のばさんように、見張ります」


麗は、葵の明るい顔に、ようやく胸をなでおろすけれど、少し言葉を付け足す必要があった。

「葵君、これ、二人の秘密に」

葵は、クスクス笑う。

「それ、・・・もしかして蘭ちゃんとかですか?」

麗は苦笑。

「あり得ないとか、泣いて怒るかと」

葵は、含み笑い。

「蘭ちゃんは、麗君の言葉を苦にして、ダイエットに取り組むとか」

「もう、必死に美幸さんに泣きついたみたいで」


機嫌が直った葵は、ここで我慢ができなかった。

いきなり麗と腕を組んでしまう。

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