第351話高橋麻央と麗 葵はまたしても部外者

麗と葵は、昼休み、古典文化研究室に高橋麻央を訪ねた。

そして麗が、蘭のお礼訪問について予定を確認すると、高橋麻央の返事は実にあっさりとしたもの。

「そんなに気をつかわないで」

「講義のない時間帯ならいつでも」

「日向先生にも連絡しておきます」


それでも、お礼訪問の時間は、水曜日の午後4時半と決まったので、麗は早速、蘭にスマホで連絡。

即時に蘭から「了解しました、よろしくお願いいたします」の返事を受け取る。


麗が、少し落ち着くと高橋麻央にも、話がある様子。

「ねえ、九条財団のブログ」

「式子内親王様の文は麗君だよね」


麗は、「読まれてしまった」と思い、少し慌てる。

「いや、お恥ずかしい限りで」

おそらく九条財団に転職した佐保が麻央に渡したのかもしれない。

「九条麗」として書いたことも、失敗だったのかとも思う。

さすがに大学名までは書いていないけれど、見る人が見れば、すぐにわかってしまうのだから。


高橋麻央は、首を横に振る。

「いや、お恥ずかしいとか何とかって、そんなレベルでないよ」

「一つ一つの言葉の選び方、意味の込め方、たいしたもの」

「さすが麗君だね」

「日向先生も、早く次を読みたいとか」


麗は、何とか話題を変えようと試みる。

「それは、また次までお待ちください」

「それで、高橋先生との本が進んでいないことが申し訳なくて」


高橋麻央も、すぐにその話題に乗って来る。

「ああ、そうねえ、それもじっくりと」

「何とか時間を取りたいけれど」

「麗君も忙しいよね、週末は京都でしょ?」


麗は、その通りなので、申し訳ないと頭を下げる。

「一緒に作業する・・・何とか、その時間を作りたいとは思うのですが」

「他の講義の時間もありますし」

しかし、麗は高橋麻央の期待には応えたかった。

「講義の空き時間とか、早く終わった日などは、この部屋で作業をさせてもらおうかと」


高橋麻央は、笑顔。

「それは助かる、いいなあ、さすが麗君」

「やさしいよね、ほんと、頼りになる」


麗も高橋麻央の笑顔で、ようやくやわらかな顔。

「また、自由が丘のお屋敷にも」

「あの時は助かりました」


高橋麻央は、ますます笑顔。

「はい、いつでも、お待ちしておりますよ」

「大歓迎しますよ、あのピアノも聴きたいなあ」


さて、高橋麻央と麗は、率直な話が続いているけれど、葵はいつもの通り、全く加わることができない。

また、麗の、京都では見せない、やわらかな顔も、実に気になる。

「ほんま、大笑いはしないけれど、高橋麻央さんと話をするのが、うれしそうや」

「うちとか・・・京では、メチャ固いお顔や」

「確かに京の社会は難しいし、下手なことを言えば、その時点で奈落の底や」

「麗様は、それを思って、あんな慎重なんやろな」


葵は、高橋麻央と麗の共著の話も「完全に部外者」と思う。

葵自身が、高橋麻央や麗の持つ知識量とは、天と地の差がある。

京都生まれ、京都育ちだから、多少は地理上の知識はあるけれど、それだけでは作業に全くついて行けない。

それに、麗に「九条家関係者であるのに、あまりにも源氏の知識や古典の知識が欠けている」と思われたなら、全く立つ瀬がなくなることも必定。


「はぁ・・・何のための京都人やろ、京都の話をするのに、知識が浅過ぎや」


葵は、そんな状態、多少の作り笑いをするだけで、高橋麻央と麗の会話には、最後まで口をはさむことができなかった。

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