第337話詩織と麗(2)

麗は、詩織に目で合図。

詩織も頷いたので、手を離し、リビングから一緒に縁側に出た。

そして、並んで日本庭園を見る。


麗は、低い小さな声。

「あまり、大きな声で言いたくないと思うので」

詩織も、いつもの強気、積極的な顔ではない。

「はい、麗様以外には、言いとうなくて」


麗は、つぶやくような声。

「立場・・・かな」

「たまには、籠から出たいのかな」

詩織が、うつむく。

「きれいな籠に入れられて・・・いつも明るく、歌を歌って」

「笑顔で見られているだけで」

「見世物みたいで、誰もうちの気持ちなど」


麗は視線を遠くに、年代物の松を眺めた。

「顔を作るのも、疲れた?」

詩織は麗に身体を少し寄せる。

「いつも誰かに見られていて」

「少しでも下を向くと」

「そうなると暗い顔しとるとか、物おじしとるとか」

「そんなの見せると、何を言われるか、わからんし」


麗は、詩織の背中をなでた。

「いいよ、気が済むまで」

詩織の目が潤んだ。

「いつも・・・お嬢様って」

「弱気は見せられんし・・・」

「先生の子だから出来て当たり前・・・そんな陰口ばかり」

「でも、うちの目の前に来ると、おべっかばかりで」

そこまで言った時点で、詩織の肩が震え出した。


麗は、詩織を背中から支える。

そして、小さな声。

「本当の詩織さんは」

詩織は、麗の顔を見る。

「はい・・・」

麗は、詩織の頭を撫で続ける。

「顔なんて作りたくないよな」

あえて関東の言葉にした。

麗は続けた。

「たまには、思いっきり弾けたいだろ?」

「一人の女の子として」

「お嬢様も、京都も、どうでもよくて」

詩織の目から、涙があふれて来た。


しばらくは、詩織を泣くままに、麗はその背中を撫でていたけれど、突然地名を言い始める。

「そうだなあ、渋谷、下北沢、青山、赤坂」

「吉祥寺、新宿、浅草、銀座」

「上野もあったなあ、秋葉原、神田」

「神保町で、真面目に本探し」

「授業をさぼって、TDRとか」

「ああ、横浜も近いし、元町のフレンチか、中華街に行くか」


地名の乱列に、泣いていた詩織は、キョトンとなった。

しかし、恥ずかしそうな、うれしそうな顔。

「はぁ・・・地名を聞くだけで、わくわくします」

それまでの肩肘張ったような作り物の笑顔でもない。


麗は、苦笑い。

「上手に言えなくてごめんなさい」

「意味不明に地名を並べてしまった」

「言いたいことは、詩織さんも気分転換が必要」

「たまには、いいだろう、詩織さんの人生だもの」

「いろんな場所を楽しめばいい、一人の人間として」

その顔も、言葉もやわらかくする。

「京都ばかりが日本でもないさ、根は京都としても」

「京都を無碍にしなければ、問題は何もないよ」


詩織は、麗にしっかりと身体を寄せた。

「麗様が、ますます好きになりました」

「何か・・・地名を聞いている時に、モヤモヤがすっと消えて」

「心が、麗様と都内を歩いている感じになって」

「思うとったことを、全部わかってくれて、認めてくれて」

「もう、離れたくありません、心の中、全部見られてしもうた」


麗が少しだけ安心していると、詩織は麗の手をキュッと握る。

「ところで麗様、都内で行きたい場所が」


麗が、詩織の顔を見ると、詩織は悪戯っぽい顔。

「はい!秋葉原のメイド喫茶!」


麗は、「は?」と、また困惑に陥っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る