第336話詩織と麗(1)

麗は涼香と屋敷内を散歩、ピアノを少しだけ弾いた。

その後、夕食を終え、学園の詩織が来るまでの間、麗はリビングで五月と茜と話をしている。


五月

「学園の詩織さんも、お元気やな」

「麗ちゃんも、疲れとるって言うたんやけど、全然聞かんし」

「何の話題なのかな、会ってみないとわからない」

五月

「とにかく、苦労知らずのお嬢様や、何でも自由がきくと思っとる」

茜は少し笑う。

「そんなお嬢様が、麗ちゃんを追って、東京住まいしたいとか」

「詩織さんも、お世話係を連れて行かんと、生活そのものが無理や」

麗は、話を打ち切った。

「とにかく言いたいことをお聞きします、判断はその後」


五月と茜は、「うるさい詩織さんだから」と、リビングから隣の部屋に。

隣の部屋にいるのだから、麗と詩織の話を、それとなく聞きたいらしい。


さて、詩織は、約束の午後7時の5分前に、九条屋敷に到着。

三条執事長の案内で、満面の笑み、菓子折りのようなものを持ち、リビングに入って来た。

麗が、ソファに座るように促すと、座った途端、話し出す。

「麗様、お久しぶりです!」

「もう、逢いとうて、お顔を見とうて」

「昨日の晩から、いや、もっと前から眠れなくて」


麗は、「何と歯が浮くような世辞を」と思うけれど、静かに頷く。

「詩織さんも、お元気そうで何よりです」

返事も、麗らしい、無味乾燥なものになる。


しかし、詩織は麗の返事に込められた思いなどは、察しない。

「もう、ほんま、毎日でもお逢いしたいのに」

「麗様は、遠い東京で、寂しゅうてならんのです」


麗は、顔には出さないけれど、ここで不快感。

詩織が勝手に逢いたいと思うだけで、麗自身は詩織に逢いたいとかは思っていない。

それに、麗の東京暮らしは、詩織にとやかく言われる類のことではない。

口には出さないけれど、面倒なので、さっさと帰って欲しいとも思う。


その詩織は、話題を変えた。

「明日の石仏の会議、楽しみにしています」

「うちも、しっかり協力させていただきたくて」


麗は、大まかな答え。

「そうですね、理事会では、一応の考えを述べました」

「大旦那も理事会も賛同していただいたので、その旨を説明します」


詩織は、うれしそうな顔。

「はい、そのお話、聞きました」

「さすが麗様、賢いわぁ・・・」

「一人、石仏は一体だけ、最初はわかりませんでしたけど」

「よくよく考えると、妙案です」


ここで麗は、少し困る。

うれしそうな詩織に、「さっさと帰ってほしい」と思わせるような誘導は難しいと思った。

そこで、麗も話題を変えた。

「いつか、学園も見学させていただきます」

「ただ、あまり注目もされたくないので」


しかし、詩織は麗の言葉を最後まで聞かない。

「あらーー!うれしいわぁ・・・」

「お迎えにあがります!ご案内します!」

「いつの日でしょうか、もう・・・わくわくします」

「また、眠れなくなります」


麗が返事に苦慮していると、詩織は「新たなお願い」を言い出した。

「ねえ、麗様、うちも、麗様の通う大学を歩いてみたいんです」

「一度でいいから、東京の大学生みたいに、なってみたいと」

ただ、その顔は、はしゃいだ顔ではなく、初めて見る真面目な顔。


麗は、少し驚いた。

「詩織さんにも、そんな気持ちが?」


詩織は、真面目な顔のまま頷き、そのまま麗の手を握ってしまった。

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