第325話京都人の「けったいなこと」、葵の不安

「あまり、けったいなことを、お控えに」は、京都人が使う表現としては、相当に厳しめになる。

単に「不思議な、考えもつかない妙な」だけであっても、「お控えに」が加われば「呆れるような筋の通らない話」となり、それを「けしからん」と批判して戒め、「反省して自粛して欲しい」、「余計なことをしないで欲しい」との厳しい意味がこもる。

しかも、麗に「強引に押しかけ面談」を申し込んで「まずかったかもしれない」と不安になって、葵に相談した詩織にとってみれば、相当な「殺し文句」で強いダメージを与えているのは、簡単に予想がつく。


麗は、ここまで考えて、この話題を葵と続けることは、さらに危険と思った。

「ここで葵に同調すれば、その時点で、嫁候補に格差がつく」

「詩織は、好きなタイプではないことは事実」

「しかし、ロクに話もしていない、一対一で付き合ったこともないのに、ここで格差をつけてしまえば、詩織とて不満が残る」

「それと、葵を得意顔にさせてしまうのも、まだ早い」


また、教室内に万葉集講師の中西彰子が入って来たのも助かった。

少なくとも、講義時間中は、葵と話をしないで済む。

麗は、隣に座る葵を見ることもなく、少し身体を離して、講義の聴講姿勢を取ることにした。


一方、葵は、麗の表情の変化が実に不安。

少し身体を離されたことも、怖さを感じる。

「あかん・・・つい・・・言ってしもうた」

「あまりにも詩織さんが出過ぎやと思うたし」

「麗様も困ると思うたから」


しかし、麗をチラチラと横目で見ても、その視線はテキストと万葉集講師中西彰子に向いたまま。

「ここで麗様の邪魔をすれば、うちも詩織と一緒や」と思うので、声も出せなければ身体も寄せられない、いや、これこそ「お控えに」をしなければならないと、悶々となる。


さて、そんな状態で万葉集講座が終わった。

すると麗は葵には声もかけずに、席を立ち、スタスタと講師中西彰子に向かって歩いて行く。


葵は、ここでためらう。

「下手に近づくと、面倒と思われるやろか」

「でも、そのまま教室を出てしまえば、そこまでの関係?」

「しかも詩織は、土曜の夜に麗様を独占できるし」

「うちは・・・昼間くらいしか、独占しとらん」

葵は、ためらっていたけれど、麗から離れたくないのが第一。

そろそろと、麗と話をする中西彰子に近づくことになった。



さて、麗が中西彰子と話していたのは、「万葉歌碑の話」だった。

中西彰子

「そうなんだ、麗君、奈良を歩きたいの?」

「はい、歌碑を探しながら、山の辺の道とか、ゆっくりと」

中西彰子

「そうねえ、田舎だけど、日本の原風景」

「その原風景の中に、とんでもない歴史の地が、あちこちに」

「歩く人もいるし、サイクリングの人もいるかな」

「身体感覚で味わうとなると、歩きでしょうか」

中西彰子

「私も行きたくなったなあ、1300年前の日本と日本人の心を感じに」

「大津にもいずれ」

中西彰子

「あら、いいわねえ、美味しいものも多いし」

そんな状態で、麗と中西彰子の話がスムーズに進んでいるので、葵はなかなか入っていけない。


それでも、中西彰子が葵に声をかけた。

「葵さん、一緒にお昼でもどう?」

「話が終わりそうにないし」


麗は、特に表情を変えない。

葵は、その麗の表情が不安。

なかなか、すぐに「はい」と言えない。

恥ずかしいけれど、立ち尽くしている状態。


その麗が、葵を手招き。

そして耳元でささやいた。

「おいで、葵さん、少し元気がないよ」

葵は、途端に肩の力が抜けた。

それどころか、その瞳も潤んでいる。

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