第272話麗の「仏様観」

「明日お逢いする寺社の方々にはシンプル過ぎて言えないのですが、仏様については・・・」

麗は、静かに語りはじめた。


「例えば、釈迦如来」

「仏像にしたり、文字で書いたり、言葉、つまり音声にしてみたり」

「いろいろな表現方法があるのですが」


その麗の静かな語り口に、大旦那、五月、茜は息をひそめて引きずり込まれる。


「一言で言えば、釈迦如来は穏やかな心の象徴」

「全ての修行が、利他の行を含めて、穏やかな心に行きつく、と思うのです」


大旦那が「ほお・・・」と面白そうな顔。

「まあ、そうやな、正解や、人でも物でもなく、穏やかな心か」

五月は、肩の力が抜けた雰囲気。

「ええ話や、穏やかな心が一番や」

茜はポカンと麗を見る。

「小難しい理屈はいらないってことやね」


麗は話を続けた。

「そして阿弥陀如来は、その名前を呼ぶ人を、その時点で永遠の救いに導く」

「だから、名を呼びお任せすれば、必ず救われるという安心感」

「不動明王は、めげない心、夜道でも困難な道でも、めげずに進みなさい、その守りを不動明王が引き受ける、そんな励ましの心」

「お地蔵さんも阿弥陀如来に似ているかな、地獄にいても、反省すれば必ず救いの手を差し伸べる、許しとやさしい心」

「観音様は、冷静な知恵で物事を解決しなさい、それを言っているような」


ただ、そこまで話して、麗はさすがに言い過ぎたと思ったようだ。

「ごめんなさい、言い尽くせなくて」と、少し頭を下げる。


大旦那は、満足した顔で麗に応えた。

「ああ、充分や、それだけわかっておれば」

「要点はしっかり掴んどる」

「下手な学僧もどきより、よほど説得力がある」


五月も麗に目を細める。

「まあ、お布施ばかりせがんで、経文を読むだけの坊さん連中よりましや」

「お布施しないと、経文も読まない坊さんも多いから」


茜が、まだポカンとした顔のままなので、麗は話を続けた。

「九条家の立場からすれば、関係の深い寺社に、それなりのお布施をするのは、理解できます」

「寺社の保護、文化財の保護も、京の九条家の大切な役目」

「それが金が不足して、寺社が乱れて来れば、京の評判も悪くなり、観光にも悪影響、京に集まる税金も減ります、そして市民も困ります」

「それを考えて、お布施の額とかタイミングは、原則的に習慣を守ります」

「あえて寺社を困らせることもない」


この麗の言葉には、大旦那と五月は、本当にうれしそうな顔。

大旦那

「ようわかっとるな、麗は」

「九条家から出すお布施は、確かに高額なもの」

「しかし、それが寺社を守り、京を守り、巡り巡って九条家を守る」


五月は麗の手をうれしそうに握る。

「麗ちゃん、もう立派な経営者や」

「話を聞くたびに感心するし、安心する」


麗は、また話題を変えた。

「もう少し考えていることがあって」


大旦那、五月、茜は、また麗に注目する。


麗は、少し恥ずかしそうな顔。

「秘仏とか文化財の仏像等を守るのは、京にとっても観光客にとっても確かに大切」

「しかし、道端の崩れかけた石仏も、仏の価値は変わることがない」

「仏とは、心のあらわれなので」

「ただ、石仏は、どんな苦しい天候の日でも、道端に立ち、数え切れない人々を見つめ、癒してきた」

「可能な限り、その石仏の近所の人の同意を得て、整えてあげたい」

「もちろん、崩れたままがいい、そういう人が近所に多ければ別ですが」


大旦那がうれしそうな顔。

「石仏保存整備事業か・・・これも京の街衆には喜ばれるなあ」

「さっそく明日の葵祭でお寺さんに提案や、やらせる」


五月も茜も、笑顔で頷き、麗はホッとした顔になっている。

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