第251話山本由紀子からの電話、佳子の焦り

麗と、その麗を真っ赤な顔で見つめる佳子の危うい状態を止めたのは、麗のスマホにかかってきた電話だった。

麗が電話に出ると、相手は大学の図書館司書の山本由紀子だった。


山本由紀子は明るい声。

「麗君、この間はごちそう様、感動しました」

麗も、つられて明るい声になる。

「はい、こちらこそ、喜んでいただいて、ありがたいと」

山本由紀子は、用件をズバリと言う。

「それでね、半日時間をください、この前に親父が話をした歴史の大家、佐藤先生が来週、店に来るの、その時に麗君をってね」

麗の声も弾む。

「それはありがたい、是非に」

山本由紀子は、次に質問。

「ねえ、麗君、ローマ史とか興味があるみたいだけど、この間買った本以外に、ローマに関する本は、どれくらい読んだの?」

麗は即答。

「はい、塩野七生さんの、ローマ人の物語は全巻、それ以外にも塩野七生さんの本はほとんどになります」

「それ以外にも、佐藤先生の本は、メディチ家の本、それからカトリーヌ・ド・メディシスとかになります」

「ただ、カトリーヌ・ド・メディシスは、フランス王妃になるけれど」

山本由紀子は、再び声が明るい。

「へえ、すごいなあ、読書家の麗君、先生に伝えておきます」

「それと、せっかくだから質問したいことがあれば、まとめておいて」

麗が「はい」と素直に答えると、山本由紀子。

「それからね、今度は私が麗君を誘うよ」

「料理は、しっかり江戸前!」

「シャキッとした江戸文化の心意気を感じて欲しいの」

麗は、心が沸き立つほど、うれしい。

「ありがとう、山本さん、楽しみです」

すると山本由紀子は、強めの声。

「今度から、由紀子さんでいいよ、そうして」

「そうしないと、肩が張って困る、江戸っ子だし」

「じゃあね、また!」

山本由紀子は、麗の返事も聞かず、あっさりと電話を終えてしまった。


その麗の電話の様子を見ていた佳子は、驚きを隠せない。


「麗様の、あんな明るい声は初めてや」

「表情も、明るい」

「山本さんって・・・ああ・・・麗様の命を救ってくれたって・・・連絡事項にあった女の人やろか・・・それにしても・・・話がポンポンと進む感じやなあ」

「あれが江戸っ子なんやろか」

「京都やと、あんなテンポの速い会話にはならんし」

「いちいち、相手の表情やら、声の調子を見定めて」

「話が持ち掛けられても、話半分に聞いて」

「いいの悪いのは、すぐには言わん」

「それは、万が一の失敗を恐れて・・・それが街衆の噂になるのも、恐れる」


ただ、驚いたとしても、佳子は麗のお世話係、その予定を確認することも大切な仕事になる。

佳子は、慎重に麗の顔を見て、尋ねた。

「麗様、新しいご予定とか?」


麗は、真顔に戻っている。

「はい、有名な憧れの先生とお話できることになりまして」

「たくさん本を出している先生で、佐藤先生、主に西洋史の学術的な本も出しているし、面白い小説も多く出しています」

「まさに知識と才能があふれている稀有な先生」


佳子は、歴史の先生と聞いて、少し困った。

会計の勉強は好きで、それには集中してきたけれど、あまり歴史には興味がなかった。

「麗との話題についていけない」その不安も大きくなった。

それと、経理だけの難しい話ばかりも、実に味気ないと思う。


その麗は、すでに自分から視線を外し、何か考え込んでいる。

佳子は、情けなく、寂しさも感じる。

「うちに興味がないの?興味があるのは経理の勉強だけ?」


直美が夢見心地で麗をほめる姿も思い出した。

直美に負けたくないとの気持ちも強い。


佳子は、もう我慢できなかった。

「麗様、私にも、歴史のお話を」

佳子は、そのまま麗を背中から抱きしめている。

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