第154話香料店での麗

麗は、叔父晃の香料店に一歩足を踏み入れるなり、大騒ぎに包まれた。

何しろ、営業開始前、全ての従業員が駆け寄って来る。


「麗ちゃん!」

「あーーー!うれしい!」

「ようやく顔見れた!」

「大きくなって!」

「美形や、惚れるわあ・・・」

「デートしたいわあ・・・麗ちゃん」

「握手して!」


麗は、あまりの大騒ぎに驚くばかり。


店主晃が、従業員をたしなめる。

「もう、九条麗様や、言っといたやろ?」

「しょうもない、失礼や」


しかし、そんな晃の声も聞きとれないくらいに、騒ぎが大きい。

麗も真面目に、一人一人の手を握っている。


大旦那も、この大騒ぎには笑う。

「スターやな、麗は」

茜も、その輪に入っていけない。

「全然、地味でないよ、麗ちゃん」

「あれで笑えば、また大騒ぎやけど」


その大騒ぎが、少し収まると、晃が病院での隆と麗の話を、従業員全員に伝える。


「もーーー・・・泣けるわ・・・麗ちゃん・・・いや、麗さまや」

「やさしい・・・隆さんも、うれしかったんやろなあ」

「お薬師さんで、福の神や」

「うちもピアノ聴きたいわぁ・・・」

「ありがたいわぁ・・・泣けるわ・・・もう・・・堪えきれん」

中には、顔を覆って泣き出す人もいる。


麗は、仕方なく、店のパンフレットを手に取る。

これも、かなり古くから、デザインも中の文も変えていない。

晃が麗に声をかける。

「懐かしい?」

「昔と同じです」


麗は困ったような顔。

「叔父様、あまり・・・」

つまり、九条麗になったけれど、「叔父様」でいいとの、意思表示。

「ていねい過ぎる言葉」は、使って欲しくないとの意味を込める。


すると晃が首を横に振る。

「それは、こちらが困ります」


麗は、話の方向を変えた。

「このパンフレットとか、カタログの文は誰が?」

晃は、即答。

「大学の先生になりますけど、何か?」

「いつかは、書いてみたいなあと」

「失礼でなければ」


そのやり取りを聞いていた大旦那は、含み笑い。

「言うと思うたわ」

「麗は、気づいとったか、あまりにも古風な文や」

「古風を気取り過ぎて、余計なことを書き過ぎや」

「しかも、内容が薄い」

「それと、香りのポイントを外しとる」

「大学の先生の肩書だけで、文はつまらん」


茜も、頷く。

「確かに、読んでいると、頭がグラグラとする文」

「麗ちゃんも、実は気にしていたんやろ」

「でも、言うことは、控えめな麗ちゃん、一歩引いてた」


晃との話がまとまったようで、麗が大旦那と茜のところに戻って来た。

「パンフレットとカタログの文は出来次第、差し替え」

「ホームページのブログも頼まれました」


その話を晃からも従業員たちにも伝えると、麗は大きな拍手を受けている。


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