第70話麗のピアノの腕

ショパンのノクターンが数曲終わり、佐保がまた、麗に聞いて来た。

「ねえ、麗君は、音楽を習ったことはあるの?」


麗は、素直に答えるのは、控えた。

ピアノとヴァイオリンは、高校三年生の秋までレッスンを続けていたけれど、それを言えば、「実演」をせがまれる可能性がある。

しかし、目の前の麻央も佐保も、自由が丘のお嬢様育ち、ド田舎育ちの俺がピアノやらヴァイオリンを弾くなど、考えもしないのが当然と思う。

結局、「いえ・・・さほど、学校の音楽の授業程度で」とだけ答えた。

下手に事実を言って、田舎育ちの演奏をせがまれ、呆れられても困るし、結果として失礼になる、麗としては、そう思う以外にはない。


麻央が麗の顔を見た。

「隣の大広間にピアノがあるけれど、何か弾いてもいい?」

佐保も、麻央のピアノについて説明をする。

「麗君、麻央は最初は源氏でなくて、ピアニスト希望だったの」

麗は、ただ聞くばかり。

「はい、そうですか」としか、答えようがない。

「食後の腹ごなしかな」程度で、隣の大広間に移った。


その隣の大広間は、やはり自由が丘らしい立派な感じ。

壁には様々なルネサンス期の複製名画がかかり、天井は豪華なシャンデリア。

床はシックな濃ブラウンの絨毯。

壁全体と窓は、アールデコ調のようだ。


その大広間の窓のある壁際に、グランドピアノがあった。

国産ではあるけれど、麗が知る限り最高級に近いもの。


麻央は、ピアノの前に座り、モーツァルトのK331を弾きだした。

佐保が、うれしそうに、その麻央を見る。


麗は、客人の立場、感想を言うべきと思った。

「素晴らしいですね、指の動きもなめらか、リズムもタッチも正確です」

「これも好きな曲です、ありがとうございます」

少々、ほめ過ぎと思ったけれど、これが社交辞令と考えている。


佐保が、突然麗に話を振った。

「ねえ、麗君、ピアノで音階ぐらいは弾けるの?」


麗は、その質問自体が意味不明、何故、そんなことを聞かれるのか、全くわからない。


佐保は、目を丸くする麗に、笑いかける。

「だってね、麗君の指がきれいだもの」

「さっきも、チーズフォンデュ食べている時の指に見とれたしさ」

「その指が、ピアノの鍵盤に触れるのも、なかなかビジュアル的にいいかなあと」


麻央も、佐保の言葉に乗った。

「そうね、わからなかったら、教えるよ」

「私も見たくなった」


麗は、ここでも仕方がなかった。

麻央がピアノから離れてしまったので、「わかりました、笑わないでください」と、ピアノの前に進む。


「音階ぐらいなら」

麗は後悔したけれど、ピアノ鍵盤に向かえば、指は動く。

少し早めに「音階」を弾いた。

そして、音階さえ弾けば、そのまま解放されると思ったけれど、麻央も佐保も、どうもそんな雰囲気ではない。


麻央

「学校の音楽の授業だけでは、そんなに滑らかに弾けるわけがない」

佐保

「絶対に習っていたでしょ?麻央より音の粒がきれいだもの」


麗は、この時点で目をつぶった。

結局、笑われても仕方がないと思ったけれど、暗譜している曲を弾くことになった。

「それでは、ショパンのノクターンを聴かせていただいたので、そのつながりでバラード1番を」


曲が始まった途端、麻央と佐保は、顔を見合わせた。


麻央

「すごい・・・これ・・・難しい曲だよ・・・」

佐保

「プロ並み?」


麗は、これではショパンのバラード第一番を弾き続けるしかないようだ。

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