第69話麗の音楽の趣味

その後は、ひとまずは難しい話にはならなかった。

麻央が気を使い、文学とは異なる音楽の話になった。

「ねえ、麗君は源氏とか香りには詳しいけれど、音楽の趣味は?」


佐保が興味津々な表情。

「好きなアイドルとかは?私、出版系だから紹介できるよ」


麗は、残念ながらとの表情。

「アイドル系は、まったく知りません」

確かに中学やら高校でのクラスでは、学生たちはアイドルの話題が多かった。

しかし、全くその輪に加わらないし、加わる意思がない麗は、そんな情報などはわからない。


麗は「強いて言えば・・・」と言いかけたけれど、少々マニアックなことを言わなければならないと、少しためらう。

それでも、真正面から自分を見つめて来る麻央と佐保には、答えなければならないと思った。


「あまり派手な曲が好きではなくて、ソロか、小編成、カルテットぐらいかなあ」

「クラシックであっても、ジャズであっても」


ここまで言い終えて、麗はまた後悔をした。

「実に俺らしい、地味極まる、何の面白みもない趣味だ」

「こんなことを聞いて、先生も佐保さんも、俺のことを呆れたに違いない」

「自由が丘育ちの、おしゃれなお姉さまたちに、なんと無粋な趣味を言ったものだ」

「そうは言っても、おれは田舎育ち、明るく爽やかなシティポップ。軽やかなシティジャズは決して似合わない」

そう思って、麗はうつむいてしまった。


佐保が、意外な反応ををした。

「あら・・・大人男子だ・・・」

「ガキの趣味ではないね、かっこいい」

「バーラウンジで、しっとりタイプだ」

そして佐保は余計なことも言う。

「誘惑されたいような、誘惑したいような・・・」


麻央は、満足そうな顔。

「実はね、私もそうなの」

「ド派手な音楽とか、かっこつけのお洒落なのは好きになれない」

「一つ一つの音に意味がある、そんな音楽が好きなの」

「源氏もそうだよね、一つ一つの何気ない言葉に、実は深い意味とか、つながりがある」


麗が、意外な言葉に戸惑っていると、佐保が立ち上がった。

そして麗に聞いて来た。

「ねえ、麗君が源氏を読むとしたら、BGMは何を使う?」


麗は、珍しく即答となる。

もはや、考えるのが面倒になったようだ。

「ショパンのノクターンの1番が、BGMとしては、好きです」

「後は・・・2番は甘すぎて、3番から後はだいたい、大丈夫です」


麻央が佐保に声をかけた。

「じゃあ、さっそく」

おそらく、スマホ連動で食堂にあるスピーカーが鳴るらしい。

佐保の検索も早かったので、麗が口にしたショパンのノクターン第一番が流れ始める。


麻央が途端に、ため息を漏らした。

「これは・・・儚い・・・」

「確かに源氏に合う」


佐保はうっとり。

「麗君、さすが・・・」

「はぁ・・・とろけそう」


麗は、意外な成り行きに首を傾げる。

「なぜ、こんな風になるのか」

「少なくとも、俺が育ったド田舎の学生どもは、男は当然、女もショパンはおろか、クラシックなど聞くような奴はいなかった」

「そんなクラシックを聴いているなど知られれば、奇人変人の類、表面では偉いなあと言われても、裏では馬鹿にされ、結局毛嫌いされる」

「こんな都会の一等地で育ったお嬢さんだからか・・・それにしても変だ」

「ショパンなんて、全然、爽やかな音楽ではないのに」


麗の違和感はともかく、麻央と佐保は、ショパンのノクターンに魅了されている。


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