第32話麗はタクシーにて司書嬢と帰宅する。

大学医務室医師の診断は早かった。

「基本的には風邪、薬を出します」

「顔色というか、血色が悪い、身体全体に力がない」

「それは風邪のせいでもあるけれど、栄養が足りていないのでは?」


麗は、声を出すと咳込むので、黙っている。

司書嬢が大学医務室医師にお礼を言う。

「本当にありがとうございました、私が責任を持って自宅まで送り届けます」


大学医務室の医師はホッとした様子。

「まあ、薬を飲んで寝ていれば回復はすると思う」

「山本さん、申し訳ないね、タクシーはこちらで呼ぶ」


麗はこの会話で、司書嬢が「山本姓」と知る。

薬も効き始めたのか、身体が熱くなるけれど、不思議で仕方がない。


「なぜ、この司書嬢山本女史は、こんな俺に親切にする?」

「井の頭線では、ほぼ偶然の出会い」

「確かに目の前で体調が悪そうな顔見知りがいたとしても、医務室まで引っ張るほどの義理も義務もないだろう」

「倒れたら倒れたままでは、いかないのか?」

「俺の健康で俺の命だ、どうして山本女史が関わる必要がある?」

「そのうえ、タクシーで責任を持って自宅まで送り届ける?」

「有給まで取って?」

「それが大学職員の職務なのか?」

「そんなことは、誰だって遠慮する」


やはり他人との関係と接触を極力避ける麗ならではの考えになるけれど、司書嬢山本は、そうはいかないようだ。

タクシーの運転手が大学医務室に入って来ると、麗の身体を抱き起す。

「麗君、どう?歩ける?」


麗は声を出すと咳込むので、ただ頷き立ち上がる。

すると少しは状態が緩和されたのか、足が前に動く。

麗は咳込みながら、司書嬢山本に応じた。

「山本さん、大丈夫です、一人で帰ります」

「周囲の目もあります、風邪を移したくもありませんので」


司書嬢山本は、そんな麗の言葉は無視するようだ。

「だめ、いいから、私につかまって」

「また廊下で倒れたら、どうするの?」

「いい加減になさい」

麗はついに、叱られてしまった。

そして、半強制的に腕を組まれ、タクシーに司書嬢山本と一緒に乗り込むべく、廊下を歩く。


麗は廊下を歩いている時の学生たちのヒソヒソ声も気になった。


「え?あの子・・・」

「うん、昨日三井芳香をコテンパンにお断りした子」

「馬鹿に顔が青い」

「いや、もともと青い、血色が悪い」

「地味というか覇気がない」

「でも、美形、不思議に品がある」

「ふむ、やつれた美しさか?」

「断られると、追いかけたくなるかな」

「逆にお世話したいタイプかも」


麗は「実にうるさい、大きなお世話」と思うけれど、身体を押し付け気味に腕を組む司書嬢山本の歩みは止まらない。

そのうえ、司書嬢山本まで麗に忠告。

「麗君、痩せすぎ、そういうの何て言うか知ってる?」

「骨川筋衛門って言うの」


麗は、「何と昔の言い方か」と思うけれど、これが司書ならではとも思う。

それよりも自分の身体で感じる司書嬢山本の肉圧が強い。


「ここまで押し付けるとは何事?」

「そんなに俺が頼りないのか?」


ただ、そんな麗の思考もタクシーに乗り込むまで。

タクシーに乗り込んだ時点で、相当薬が効いて来た。

結局、司書嬢山本に身体を預け、アパートまで眠りに落ちてしまった。


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