第3話 麗は高橋麻央に古典文化研究室に連行される。

高橋麻央の歩く速度は、やけに速い。

まだ入学後間もない麗は、大学そのものの廊下やら配置に慣れていないことから、後ろをついて行くのに懸命となる。


麗は歩きながら思った。

「実に大学という場所も人が多い」

「中学の頃も高校の頃も、うるさいほど人がいたけれど、大学に来てまた多いのか」

「確かに武道館での入学式では、圧倒されて吐き気までしたけれど」


そんな麗の耳に、周囲の学生たちのヒソヒソ話が飛び込んで来る。


「ねえ、高橋先生が珍しく男子学生を連れて歩いている」

「いや、珍しいのではなく、初めて見た」

「あの皮肉屋の高橋先生がなあ・・・」

「あの子、新入生だよね」

「うん、うぶな感じ、ひっそりタイプ」

「顔が白い、体育会系ではない」

「少々美形すぎるけれど、覇気がない」


麗は、当初自分のことを言われているとは思わなかった。

「俺のこと?」と気がついたのは「覇気がない」からだ。

麗は、「大きなお世話だ」と言い返したいけれど、「いらぬ接触は避けるべし」の信念ゆえ、言い返すことはない。


ただ、そのヒソヒソ話の中で気になった言葉が、もう一つ。

「皮肉屋の高橋先生が、初めて男子学生を連れている」ということ。


麗は懸命に思索する。

「皮肉は、そうなると、連れて歩かない状態で放つはず」

「となれば、連れて歩かれると、何をされるのか」

「皮肉以上の攻撃なのか、罵倒か?」

「しかし、宿題の提出期限を守り、その宿題そのものが、論外の出来であったとしても、まさか罵倒まではあるまい」

「こんな高校を卒業して、入学後ほぼ二週間を経過したのみ」

「その程度の低い俺を罵倒?いくらなんでも、それはないだろう」

ただ、不安もある。

「そうかといって、罵倒されない、こっぴどく叱られないという根拠など、どこにもない」

「罵倒か、それ以上に叱られないというのは、俺の希望的観測でしかない」


麗の前を歩く高橋麻央の足が、ある部屋の前で止まった。

麗が部屋のプレートを見ると、「古典文化研究室」とある。

麗が首を傾げ、「おい・・・ここか?」と、戸惑っていると高橋麻央が麗に振り返った。


「沢田麗君、ここの部屋に」

その高橋麻央は、皮肉顔でもない、お怒り罵倒顔でもない。

どちらかと言えば、授業中のごく普通な真面目顔。


麗は、思わず聞き返す。

「ここ・・・ですか?」

麗には、古典文化研究室そのものが、よくわからない。

麗の地味な性格では、わからないものや知らない世界は、まず危険なものと判定、それゆえ、安易うかつに接触するなど、無防備かつ不見識極まりないこととなり、その時点で足がすくみ、後ずさりが始まるのが、おおよそである。

そんな麗は、予定が無く暇をいいことに、ノコノコついて来てしまった自分のウカツさを、深く後悔するけれど、高橋麻央は、マジマジと麗を見つめて来る。


その高橋真央が、再び「お言葉」。

麗にとっては、恐怖となる、「さあ、入って!」の元気のよい言葉だ。


麗は、声が震えた。

「あ・・・は・・・はい・・・」

しかし、声が震えれば、足も震える。

先に足を出すのが、右足か左足なんか、どちらが正式なのか。

そもそも大学の「研究室」とは、いかなるところなのか。

学問の先端である大学の更に先端ではないか。

「そんな超先端の場所に、この俺が?」と思うと、実にどちらの足も動かない。


高橋麻央は、そんな麗に、焦れてしまったようだ。


「もう!この!さっさとなさい!」


いきなり、麗の腕を組み、「古典研究室」のドアを開けてしまう。

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