第4話 麗は高橋麻央に源氏メインに勉強しろと迫られる。三井芳香嬢が登場。

ほぼ連れ込まれのように「古典文化研究室」に入った麗は、壁一面の蔵書に目を奪われるけれど、そんな状態では、足がもつれるのが必至なので目をそらした。

そして、ようやく組んだ腕を離した高橋麻央から、年代物のソファに座るように促される。


そのソファに座った麗に、高橋麻央は、何の前置きもなく、いきなり要件を述べる。

「沢田麗君、君の源氏の訳と解釈が、かなり面白かった」

「だから、君は、それをメインに勉強しなさい、実に見込がある」

「それと、要件がもう一つある、もう少ししたら言う」


麗は、ホッとするような、うなるような感じ。

「え?何だ、それ?」

「目の前の講師・・・美人講師とも言えそうな高橋さん」

「評価が悪くて、連れ込んだのではなかったのか」

「でも、面白いとは何だ?」

「上手とは違うのか?」

「でも、入学後二週間、まだ右も左もわからない俺に、いきなり源氏をメインに勉強しろだと?」

「この俺にも、他にも興味がありそうな講義も分野もあるかもしれない」

「それが明確になったらどうする?責任の所在はどこに?」

「もう一つの要件を後でだと?ますます・・・悩むではないか」

麗は、結局、慎重なというよりは、「超引っ込み思案」の性格。

どうにも「はい、考えます」の穏便な言葉さえ、出すことができない。


さて、高橋麻央は、そんな沢田麗の決断モタツキが、気に入らないようだ。

「ねえ、どうするのさ、考えることないでしょ?」

「この私が一目見て、才能を認めたの」

「今まで、初めてなの、そんな人」

「だから、そうしなさい」

麗が黙っているのをいいことに、高橋麻央は、その主張をどんどんエスカレートしてくる。


さて、麗が、ますます困って、下を向いていると、ノックの音とともに、古典文化研究室のドアが開いた。

そして聞こえて来たのは、若い女性の声。

「あら、珍しい、高橋先生、自ら、男の子を連れ込んだのですか?」

「初めて見ました、いったい何事ですか?」

「もしや鬼の霍乱?」


その若い女性の声に、高橋麻央の対応が、すこぶる早い。

「鬼の霍乱とは何?」

「その鬼とは誰?三井さん」

「ああ、この子ね、この間話した新入生の沢田麗君」

「この子が訳した源氏の夕顔と、その解釈が面白かったの」

「だからね、源氏をメインに勉強なさいって、指導していたの」


未だ下を向く麗の頭上で、「三井」と言われた若い女性が、また反応。

「へえ・・・見せていただいてもいいでしょうか」

「夕顔ねえ・・・ふむふむ、生霊事件の解釈ねえ・・・」


そこまで声が聞こえて、パサパサと紙の音がしたので、麗は下を向きながら思った。

「もしかして、俺の訳文と解釈を読ませている?」

「それは、講師とはいえ、高橋先生の越権行為なのでは?」

「何故、講師ではない見ず知らずの女性に、俺の文を見せる?」


そんなことを思い、麗が少しだけ顔をあげると、水色のワンピースを着た若い女性と目が合った。


「やば・・・可愛い・・・でも俺には必要ない」

麗にとって「やば・・・」は、女性と目が合ってしまったこと。

生まれてこの方、女性とまともに目など、滅多に合わせたことがない。

幼なじみの由美でさえ、顔なんてまともには見ない。


「それが見ず知らずの若い美しい女性?特に俺にはありえないし不用なことだ」

麗は、動揺した。

そして結局、その顔を下に向けることになる。


しかし、その瞬間、「三井嬢」からの「お言葉」が麗に降りかかる。

「ねえ、顔上げてよ、なかなか美形、色白」

「笑わないから愛嬌はないけど」


麗は思った。

「一言多いのではないか?この三井嬢」

「俺の顔とか肌とか、笑わないとか、どこに評価をされる筋合いがある?」

「そもそも、初対面の人に、失礼では?」


またしてももたつく麗に、高橋麻央がシビレを切らした。

「いいよ、その訳と解釈、実に面白いでしょ?三井さん」

「教授にもお見せしたら実に有望だと楽しみにされてね、直接顔を見たいと、ここに、ご到着されるの」


「うん・・・読みごたえがありますねえ、それでいて、実に読みやすいし、新鮮な感じです」

「それで私にも直接ここに来いとの連絡なんですね・・・やっとわかりました」

三井嬢も、納得の言葉を述べている。


麗は、何をどうしていいのかわからず、高橋麻央と三井芳香の会話も意味不明。

それらにより麗は、実に途方に暮れている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る