第28話 旅行④ レンとマコトの大事故

 湿気を帯びた風が、凪いだ。

 息を切らして人気のない舗装された道路を走る。

 暗闇に揺れる木々の影はまるで生き物のように見えて、サトルはそれから目を逸らした。

「自販機って……ここ辺りにあった?」

 来た道を思い返すも見た覚えがない。

 サトルは小さく舌打ちをするも先を急ぐ足は休むことを知らぬように走り続ける。奥崎が別荘へと帰ってくる前にきちんと自分で話さないと、その思いが焦りを生んだ。

 ざわめく木々の枝は薄気味悪くも音を立てて。

 サトルは顔を顰めた。

 正直、こういう雰囲気は大嫌いだ。

 昔から霊的な事は話を聞いて寝られなくなったり、ろくな事がない。もちろん見たことがないから信じているわけでもないけれど、異様に気にし出したりする己の性格をサトルは知っていた。都会とは違うどこまでも広がる空と充分な程の闇を含む夜の山々。見慣れた人工的な明かりや排気ガスの汚れた空気しか知らなかった。空は四角いとさえ思っていたあの頃。今は知らなかったその場所にいて、あの人を追いかけている。

 焼けるように熱い喉。

 耳元へと叩き付ける様に鳴り響く心臓の音。

 逸るように高鳴る鼓動。

 サトルは真っ直ぐ前を見て下り坂を走る。


『お前、ずっと走ってるよな』


 鷲尾の、声。

 いつも自分を睨みつけるように見つめてくる瞳。

 運動場の芝生から自分へと手を伸ばして座れと命令してくるあの声。離れてしまいたいと思っていた。このままずっと走り続けていたら、鼓動が命を絶たせてくれると思い込んでいた。目に見えない柵からは二度と解かれないと信じ込んで、立ち止まることが怖かった。立ち止まってしまったら、もう二度と自由にはなれない、鼓動がもっと体を破るほど打ち付けてくれたら自由になれる。鳴らせば死ねると。死にたいと、思っていた。目の前にいない鷲尾が今でも自分の体にべったりとついているような感触。消えない、絞められた首の痣。――お前が大嫌いだ。消えない、鷲尾の声。自分を責めるように、観察するように見つめてきた冷たい由井の瞳。


 一歩、二歩と鉛のように重くなった足が止まり出す。

 焼けた喉へと強く唾を飲み込む。

 酸素を必死に吸い込むもうまく吸えない。

 サトルの顔が険しく歪む。

 汗を手で拭い、口元へと指先が触れる。

 思い出したかのように甦る渡辺の感触。

 サトルはその場にしゃがみこんでゆっくりと深呼吸をする。混乱してしまいそうになる渡辺の言葉、行為。キスされて、バカみたいに動揺して、酷く胸が痛んで。バカみたいに情けない自分がいて。必死に走って。――見つけられなくて。

「俺、……が、ダメなんだろう……な」

 無性に、泣きたくなる。


「サトル?」

 ガサ、とビニール袋の音。

 月明かりを背に自分を覆うような影が立ちはだかって。

 サトルはしゃがんだまま、顔を上げた。

「お前、何してんだ」

 口には棒のアイス。髪の毛を乾かさず出たのだろう、見慣れないオールバックの髪型。奥崎は不思議そうにサトルを見下ろした。

「汗びっしょりじゃねえか。風呂入ったんだろ? お前もアイス食うか?」

 言いながら屈んで、しゃがんだままのサトルへと差し出された大きな手。

「……オクさん」

 口が、勝手に名前を呼ぶ。

「こんな暗い中走ってたのか。まあ、都内より逆に危ねえことはねえだろうが……ほら、掴まれよ。ずっとそこに座ってるつもりかよ」

 無表情が少し崩れて、穏やかな口元が見えた。

 差し出された手に自分の手を重ねると引き寄せられて。

 サトルは黙ったまま、奥崎を見つめた。

「ほら、アイス食え。……どした?」

 手。――離れたく、ない。

 サトルは奥崎の手を握ったまま。

 自分から奥崎の体へと己の顔を埋めるように抱きついた。

 ガサ、とビニール袋が音を立てて。

 いつの間にか、周囲の風が静まっていた。

 降り注ぐのは音のない月明かり。

「誰かに苛められたのかよ」

 自分の背へと回される奥崎の腕。

 耳へと入ってくる奥崎の確かに強く打ち続ける鼓動。

 サトルはひどく安心して、首を緩く横へと振った。

「……何でもねえ」

 サトルの腕が奥崎の腰へと回して知った香水の香りが奥崎の首下からした。首下に口元を寄せて、サトルは静かに目を瞑る。

「つーか、お前背ぇ伸びたんじゃねえ?」

 小さく笑いながら話す奥崎の声。

 ――あんたが好きだ

「あー……伸びたかも」

 サトルはようやく静かに笑んだ。




「なんだか慌ただしくない? みんな」

「あー……? いいからお前早く次やれよ。優雅にアイスティー飲んでるんじゃねえ」

 ソファへと胡坐を掻いたまま、シノブが苛立ちを募らせる。二人しかいないホール。ここへ来てから水泳・トランプ・花札、そして今現在昼間から二度目のオセロへと勝負は続けられていた。すっかり汗をかいてしまったグラス。

「ちょっと待ちなよ、ゴリラ君。早く早くってそんなに急かされると俺だって困るんだよ?」

「さっき俺が打ってからもう五分は軽く経ってるんだよ! お前の番だろうが! 早く白打てよ!」

「……はいはい。仕方ないなぁ」

 面倒くさそうにミナミが置いた石。パタパタとひっくり返す様子をじっと真剣に見つめるシノブ。

 腕は組んだまま、ゆっくりと笑みを零す。

「この勝負、俺の勝ちだな」

 余裕たっぷりの言い様。

 シノブは嫌味たらしい笑顔を浮かべたが、ミナミは平然としたままシノブを見つめて小さく笑った。

「さっき、松崎サトル君外に出かけたんだねぇ」

「あ? あぁ。オック探してな。ちょっと静かにしろよ、俺今考え中」

 手にオセロの石を持ちながらシノブの視線が盤面を隅から隅まで見つめる。

「綺麗になったよね」

「あ?」

 自分へと話し続けるミナミへとシノブは苛立った表情で顔を上げると足を組んでグラスを手に持つミナミの姿を捉えた。

「だから松崎君。綺麗になったと思わない?」

「は? マツがか? ……わかんねえよ。綺麗って女に使う言葉だろうが。普通男に使わねえぞ? ミナミ」

「そう? 俺は綺麗だと思うけど」

「あそ」

 くだらねえ、と小声で言いながらシノブがまた盤面を見つめて悩み出すが、ミナミの口は止まらない。

「やっぱり、恋してるからかなあ?」

 カラン、とグラスの中の氷が音を立てる。シノブは怒りの混じった表情でミナミを睨みつけると深くため息をついた。

「松崎君って入院中に随分背伸びたんだねぇ。顔も前より全然大人びたし……そう思えば恋ってすごいよねぇ。そう思わない?」

「ミナミ、うるせえつってんだろ。集中できねえだろうが! 今は勝負中なんだぞ! いいから黙ってアイスティー飲んでろよ!」

「飲むなって言ったり飲めって言ったりゴリラ君って結構我が儘だね」

「……ったく静かにしろっつーの」

 盤面に石を置く。パタパタとまた一枚一枚シノブが納得した表情でひっくり返していく。

「髪が伸びたからそういう感じに見えるんじゃねえの?」

「え? 誰の?」

「……だから……お前今マツの話してたんだろうが。マツ、髪は伸びて雰囲気ちょい変わったからな。だからそういう風に思うんじゃねえの、多分。髪長ぇ方が似合うとか、そういう事だろ」

「認めたくないの?」

「あ?」

 意地の悪さがミナミの声に出る。シノブの表情は一変してミナミを睨むように見つめた。それでも平然と優雅に笑みを湛えるミナミ。足を組み直して、一層笑みを増してシノブへと顔を近づけた。

「……未だに嫌なんだ。マツ君が誰かの腕の中にいるとか、誰かのために変わった、とか?」

「てめぇ!」

 耳元で寒気がするほどの低音で囁かれ。

 シノブの平手が思わず、ミナミへと走った。

 が、ミナミは音を立ててシノブの手首を掴み取り、力を込めて握る。

「ゴリラ君って骨、太いねぇ」

 にこやかな笑顔。シノブは耳まで赤くして怒りを顕わにするもミナミの笑顔に呆れるように目を逸らした。

「てめえにごちゃごちゃ言われる筋合いがねえな……ほっとけよマジで」

 ぶつぶつと文句を愚痴りながらシノブはグラスを手にすると嫌がらせを込めてミナミのアイスティーを全て飲み干した。

「あ、ひどいね」

「どっちがひどいだ。人の気持ちに土足で何度も入ってくるな。礼儀がねえヤツは大嫌いだ」

「人の物を勝手に飲むのは礼儀があるんですか? 生徒会さん」

「さっきのお前の発言が招いた結果だ。被害者は俺、加害者はお前だ。罪には罰が下るんだ。覚えとけ」

「君が被害者だっていうのは、図星だったってこと?」

「……てめえ、俺と喧嘩してえのか?」

 シノブの口調が緊張感を生むもミナミは小さく笑って首を横に振った。

「あは。俺は喧嘩嫌いだね。俺が言ってるのはさっきから単なる意見だよ。見ていて思った事」

「あー気分悪ぃ……この勝負お預けな」

 胡坐をかいていた足を崩してソファから立ち上がるとシノブは早足で立ち去ろうと動く。

「そんなに苦しいならこっちに来れば」

「……あ?」

 進む足が、止まる。

「苦しいなら、助けてあげるよ」

「そんなの、いらねえ」

 きっぱりとしたシノブの口調。

 ミナミは小さく喉下で笑った。

 遠ざかっていくシノブの足音。

 ミナミの顔から笑みが消えて。

 ゆっくりと息を吐いた。

「……おもしろいねぇ……ホント」

 長い睫毛が揺れて、ミナミの瞳がゆっくりと閉じた。


「マツ君!!」

 心配のしすぎでひどく顔の歪んだヒサシの叫び声が脱衣所で響くが人の気配は無く、キョウイチが面倒くさそうにドアを閉めた。

「……全然誰もいないね、ヒサ」

「そ、……そうね。服もないし、浴室は?」

「ちょい待ってて」

 キョウイチが裸足で脱衣所を歩き、浴室のスライド式ドアを用心しながらゆっくりと開く。

 辺り一面に白く覆う湯気。

 流れる湯の音と檜の香り。

 キョウイチは小さく息を吐いてからヒサシへと笑みを浮かべた。

「誰もいない。渡辺先輩ももうここにいないみたいだよ」

「えっ! じゃあどこに行ったっていうのかしら? もしかして部屋に拉致されたんじゃ……」

「まさかそこまではしないでしょ。団体旅行だぜ?」

「わからないじゃない。ここは旅行先といえど渡辺君の別荘、要は渡辺君にとっては家、テリトリーよ」

「ヒサさぁ、ちょっと心配しすぎじゃね?」

 呆れた口調のキョウイチ。

 それでもヒサシは不安を募らせて再度自分の目で浴室の中を確かめ始める。口先を尖らせて、その様子を見守るキョウイチ。口から大きな欠伸をひとつ。

「ねえ、誰もいないならさー風呂入らない? 今のうち」

「は? 何他人事みたいに言ってるのよ、キョウイチは心配じゃないの?」

「いやビックリしたし心配だけど……部屋に居なくてここにいないなら松崎先輩もうまく逃げたんじゃん?」

「逃げれてないかもしれないじゃない」

 キョウイチへと顔を向けずに心配そうな表情で脱衣所をウロウロし出すヒサシにキョウイチは少々苛立ち始めた。

「松崎先輩だってもう高校二年の男子だぜ? あの人陸上もやってたっていうから逃げ足も早そうじゃん? ヒサシがそこまで心配することもないと思うけど」

「それでも心配よ。ほっておけないじゃないの、あんな事もあったわけだし」

「…………ふぅん」

「私もう一度部屋の方へも行ってみるわ。キョウイチ風呂入るなら入りなさい。ちゃんと温まるのよ」

「別に入りたくねえからいい」

 口調の変化に気づいて、ようやくヒサシがキョウイチへと顔を向けた。キョウイチは不機嫌そうな顔でヒサシの顔を睨む様に見つめて。それから大きくため息を吐いた。

「どうかしたの?」

「別に」

「別にって……感じじゃないでしょ?」

「ヒサシはさ……ホント人に対して優しすぎだよな」

「は? ……そうでもないわよ、私」

「そうなんだよ。優しすぎるんだよ。俺はただビックリしたから教えただけなのに、こんな必死になって探してさ。自分にとって何のメリットにもならねえのに」

「キョウイチ」

 ――無理、口が止まらねえ

「相手が誰でも優しいんだもんな。マジ偉いじゃん、ヒサシは。……でもそういうところ、……大嫌い」

 キョウイチの言葉。

 驚いたようなヒサシの顔。

 その場の空気が重く変化して。

 何故かヒサシがキョウイチの表情に苦笑する。

 ――何で、笑うんだよ

 キョウイチは都合悪そうにヒサシへと背を向けた。

「さっさと行けば。俺、風呂入るから」

「……あ、そうね」

 自分の横を通り過ぎるヒサシの空気。

 ――まともに、見られない

 静かに閉まるドア。キョウイチはその場に座り込んで呆然としたまま。薄く空気を吸った。

「あーあ……またこれだ。俺って最低……」

 誰にでも優しいヒサシ。自分の知るヒサシはいつだってあの口調で人のことばかり、と思う。

「ほっておけない、ね……」

 呟く、言葉にキョウイチは小さく舌打ちをする。

 嫉妬の言葉が似合う己の感情。

 ゆっくりと立ち上がるとキョウイチはヒサシの去った脱衣所のドアを眺めた。

「……戻ってくるわけない」

 自分に言い聞かせるように話す声が、微かに震えた。


 ドアの前に、立つ。

 今日一日同室になるマコトと自分の部屋。

 レンはしばらく廊下に立ち尽くした。

「……つーか何? この緊張感」

 ズボンのポケットに収めていた携帯を開き時刻を確認してから、二度、ノックした。が、部屋の中からは何の反応もない。

「いねえ、のか……? ホールにでもいんのか」

 ――この場所は広すぎる

 レンはそう思って舌打ちをした。

 無言のまま部屋のドアを開くと中は真っ暗で微かに開いたカーテンから漏れる月明かりだけが部屋を照らす。室内に広がる暗がり。レンは目を細めて、中へと一歩入ると右側のベッド上で何かが動いたように見えた。

「マコト……?」

 声をかけるも返答はない。

 ただ、薄くリズムを刻む機械音が耳に入り近くへと歩いていくとそこにはマコトがベッドへと寝そべっていた。

 耳にはヘッドフォン。

 そこから漏れる音楽が耳に届いた。

 マコトは微動だにせず、黙ってその体勢のまま。

 目は開いているようだった。

 レンは小さくため息をついてマコトの耳元へと手を伸ばした。

「おい、音漏れてんぞ。サル」

 ヘッドフォンを無理やり外されて、驚いたようにマコトが体を起こす。

「ぅあ……ビックリしたー」

「ビックリって……こっちの台詞だ。こんな真っ暗な中でお前、電気ぐらい付けろや」

「あ、ごめん。ちょっと眠くて」

 マコトは言いながらMDプレイヤーを止めると体を起こしてベッドへと座り直す。

 月明かりから覗く、明るくない笑顔。

 知った、懐かしい笑みと被るその表情にレンの顔が一瞬曇った。

「せっかく旅行来てるのに眠いって、お前はのん気だな」

「朝早かったからだって。俺寝るの大好きだからさー」

 間延びした声。

 部屋のドアは開けっ放しでそこから廊下の明かりが強く部屋へと光を射す。レンは面倒くさそうにドアへと向かって歩き、ドアを閉めると部屋の壁に設置された照明のスイッチへと手を伸ばした。

「あ、ちょっと明かり付けんのパス」

 どこか、元気のないマコトの声。

 レンはゆっくりとスイッチから手を離すと暗がりの中、マコトへと向かって歩いた。

「どうした。お前でも落ち込む時があんのか」

「違うって。さっきまで寝てたから……急に明るくなると目痛いじゃん?」

「……まぁな」

 レンはタバコを取り出すとライターに火を点した。

 オレンジの光に反射して見える、マコトの顔。

 明らかに落ち込んだ様が見えて、レンは何も言わずタバコへと火を付ける。

 ジジ、と燃える音。

 マコトは何も言わず、ただ俯いたまま。レンの口から煙が吐き出され、白煙は月明かりに浮かび上がる。

「マツ君、見なかったか」

「見てない……どうか、した?」

 声のトーンが低い。

 レンはため息混じりに声を呆れた口調で吐き出す。

「渡辺が松崎にキスしたんだとよ。さっき風呂場でな」

「へぇ」

 弱まるマコトの声。

 レンは目を細めて、慣れてきた視界の中。

 マコトの小さな笑みが歪んだのを見た。

「好き、なんじゃねえのか」

「……好き?」

「そ。渡辺のこと」

「は? ……あり得ねえから、そういうの」

「俺は、渡辺はお前のこと好きなんだろうなって思ってた。それから……」

 タバコのフィルターを噛む様に咥える。

「タキが、言ってたから」

「……で?」

 冷ややかなマコトの声。

 レンは黙ったまま煙を吐き出す。

「俺は兄貴みたいには人の事、好きになれねえよ。だっておかしいじゃん? 俺男だぜ? 背も低いし全然男らしくねえかもしれねえけどさ……事実男なんだよ。カズだって男じゃん。変だよ。俺が変なわけじゃない。兄貴の感覚が変なんだよ。カズだって……カズの思ってることとか…………俺は理解できねえから。だから、分かんねえけどマッちゃんが好みなんだろ? カズは。俺は関係ねえし。だから、別に……って、もうわかんねえし……」

 強い口調の涙声。

 顔を両手で覆う素振り。

 レンは顔を歪めて舌打ちを放つとマコトの体を自分へと引き寄せ、包むように抱きしめた。

「…………何これ」

 マコトの声にレンはしばらく黙るも、抱きしめた手は離れる意思を知らないようにそのまま。

「さぁ? どうでもいいんじゃね」

 小さく笑うレン。

 自分の肩越しが濡れる感覚。

「いいから泣くな。男、なんだろうが」

 擦れたレンの言葉。

 マコトは頼るようにレンよりも小さな腕で己から抱きつく。

「お前ら兄弟は体ホント細ぇな。ちゃんと飯食え」

「わかってるよ」

 不貞腐れたようなマコトの声。

 レンはそっとマコトの頬を伝う涙を指先で拭うとそのまま顎を引き寄せて、柔らかい感触の唇を爪の先で伝うと己の唇をマコトの唇へと重ねた。

 嫌がる抵抗もなく、そのまま受けるマコトの瞳は涙で濡れて、閉ざされた瞳を縁取る睫はタキと同様、長くて。

 レンはそのままマコトをベッドへとゆっくり寝かせるように押し倒した。


 冷たい月明かりに重なる二つの影。

 灰皿に置いたままのタバコが静かに熱を失った。

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