第四十九話:シャウェイ主催の肝試し(後編)


「つ、次は隣の校舎の空き教室ですわね……」


 どうにか落ち着きを取り戻したフレデリカが、小さな声で次の目的地を思い出したようにつぶやいた。目元にわずかに浮かんでいる涙は、見ないふりをしてあげるのが優しさだろう。イオは少しだけ大人になった。

 シャウェイが企画した肝試し。教室をまわり、そこに置いてある木札を持って帰るシンプルなルールだが、道中には魔法を巧みに使ったビックリ装置が沢山仕掛けられているのだろう。

 食堂で一つ目の木札を手に入れたイオとフレデリカは、次の目的地である隣の校舎の教室を目指す。


「うぅ……もう嫌ですわ……」

「が、頑張ってフレデリカ。ほら、木札は一つ手に入ったから、折り返しみたいなものだよ」


 次の教室でもう一つの木札を入手し、それを持ち帰ればクリアだ。

 食堂から校舎へと続くドアを開けた途端。



 ――ヒヒヒヒヒ



 不気味な女の笑い声が廊下に響き渡った。


「い、イオ!? 聞こえたかしら!?」

「うん、聞こえたよ……!」


 流石のイオもこれには背筋が冷えた。思わず周りを見回すが、人の姿はない。

 杖の中に声を封じ込めた魔道具をシャウェイが持っていたので、その魔法の応用なのだろう。原理の予想はつくが、しかし突然。誰もいない廊下から笑い声が聞こえれば驚いてしまう。


 ……どことなくポラリスの声に似ていたような気がする。


 周りを警戒しながら、二人は一歩ずつ歩みを進めていく。静かな廊下には二人分の足音が嫌に響き、心細くなる。

 目的地になる教室は二階にあるため、二人は階段を上がる。

 そして二階の廊下にたどり着くと、その瞬間に目の前の廊下を真っ白な何かが素早く横切った。


「い、今のは何かしら!?」

「な、何だろう? 僕も分からないよ」


 真っ白な、子供くらいの大きさの謎の塊だった。裾がはためいていたので布の塊のようにも見えたが、そんなものが真っ直ぐに廊下を横切っていくはずがない。

 それも、かなりのスピードだった。

 イオとフレデリカは二人で並んで、恐る恐る、といった様子でその白い塊が飛んでいった廊下の奥に目をこらす。だが、暗さもあって何も見えない。

 むしろ、ずっと見ているとその暗闇の奥に吸い込まれてしまいそうな不安がわき上がってきて。


「こ、これ以上何かが起きる前に早く行きましょう!」


 怯えたフレデリカがイオの手を強く引いて走り出した。


「ま、待ってフレデリカ! そんなに走ったら危ないよ!」


 手を引かれたイオは、走る速度を合わせながらフレデリカを止めようとする。何が隠れているか分からないからだ。


「あっ、この教室ですわ!」


 しかしフレデリカはイオの制止を聞かず、目的地である教室の扉を勢いよく開け放った。

 バン、と大きな音を立てて扉が開く。

 するとそこには、



「うがぁぁぁぁぁぁ!?」



 大きな体を動かして悲鳴をあげる、真っ白な化け物が待ち構えていた。


「――きゅう」

「ふ、フレデリカー!?」


 あまりのショックにフレデリカは気を失ってしまったようだ。ふっと力が抜けて倒れそうになった体をイオが慌てて支える。

 真っ白な化け物はその体を揺らしてイオを威嚇している。

 襲われる、そう思ったイオだったが……その周囲に僅かに飛んでいた精霊の姿が目に入った。

 彼らは静かに点滅して、その怪物の正体を教えてくれた。


「……サルサさん?」

「ちっ、バレたか。つまんねぇ奴だな」


 真っ白なシーツを脱ぎ、その下から現れたのはサルサだった。

 彼女が白いシーツを被り、子供達を驚かせる役を担当していたらしい。


「さっきの白いお化けもサルサさんの仕業ですか?」

「おう。アタシの魔法で空気の塊を撃ち出して、そこに大きな布を上手く巻き込めば、あんな風になるってわけ」


 高速で廊下を飛んでいった白い塊も、サルサの魔法によるものだったとネタばらしがされる。

 一度はイオやアレックス達の脅威となった風の弾丸も、こうした使われ方をすると何だか気が抜けてしまう。


「もっと驚けよな。まったく、可愛げのないガキだ」

「僕だって十分驚きましたよ。驚かせるためだけに魔法を使うなんて、大人げない。フレデリカが気絶しちゃったじゃないですか」


 目を強く瞑ってうなされている様子のフレデリカ。


「はっはっは、この嬢ちゃんくらい驚いてくれた方が面白いってのに。嬢ちゃんはイオがおぶっていってやりな。ホラ、これが木札だよ」


 サルサが放り投げたものを慌てて受け取る。チェックポイントの木札だった。


「暗いからな、部屋まで気をつけて戻れよー」

「だったら驚かさないでくださいよ!」


 気の抜けてしまったイオは、サルサに悪態をつく。

 ともかく、このままフレデリカを放ってはおけない。


「うんしょっと……」


 気を失ったフレデリカを連れ帰るべく、イオはその小さな体で彼女を背負った。

 ちなみに十一歳の少年としてはかなり身長が低い部類であるイオは、フレデリカとほとんど背丈が変わらない。

 そんな少女を背負うとなると、イオには大きな負担となるのだが……。


「あぁ、イオ。年上からのアドバイスとして、その嬢ちゃんが目を覚ましたときに間違っても『重かった』なんて言うんじゃねーぞ」

「は、はーい……」


 ばっちりとサルサに釘を刺され、イオは口から出そうになった言葉をすんでの所で飲み込む。

背中から落ちないよう、どうにかフレデリカを背負い、部屋へと戻ることにした。






「う、うぅん……?」

「あっ、フレデリカ。良かった、起きたんだね」


 校舎を出て、宿泊部屋まであと少しというところで、イオの背中から小さな呻き声が。フレデリカが目を覚ましたようだ。

 彼女はパチパチと目を動かすと、次いで周囲を見回し、自分がイオに背負われている状況に気がついた。

 瞬間、フレデリカの顔が暗闇の中でも分かるほど真っ赤に染まる。


「い、イオ!? これはどういうことですの!?」

「フレデリカ、びっくりして気を失っていたんだよ。もうすぐ、部屋に付くよ」


 イオは懐にしまっておいた二枚の木札をフレデリカに見せる。チェックポイントを無事にクリアして、あとは部屋に戻るだけだと伝えた。

 するとフレデリカは少し安心したように息を吐いた。


「そ、そうだったんですの……。イオ、ありがとう。もう大丈夫ですわ」


 フレデリカはイオの背中から降りた。しっかりと自分で歩けるようだ。


「本当に平気?」

「ええ、大丈夫」


 心配するイオに薄く笑顔で応えるフレデリカ。無理をしている様子はない。


「それより、あのお化けはどうなったんですの? まさかイオが倒したのかしら?」

「あぁ、あれはね……」


 フレデリカを驚かせたお化けの正体が、サルサであったことを伝える。するとフレデリカは露骨に安堵したようなため息を吐いた。


「なんだ、良かったですわ……」


 もう驚かされる心配はないと、フレデリカの足取りは軽く、その後を追うようにイオも続き、二人はスタート地点の部屋へと戻った。

 ……ただし、まだ怯えの抜けきらないフレデリカが、イオの手を握ったままだったことを、シェスカとガナッシュに微笑ましそうに見られてしまったが。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大魔法使いイオ ~少年が英雄と呼ばれるまで~ 雉里ほろろ @kenmohororo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ