第四十八話:シャウェイ主催の肝試し(前編)


「さて、今年もそろそろ来るわね、ガナッシュ先輩」

「そうだね、たぶんそろそろだ」


 イオにはわからない何かで通じ合うのはシェスカとガナッシュだ。

 彼ら二人は妙に神妙な顔つきでしきりに頷きあっている。

 フレデリカやチェルシーも事情が分かっていないようで、首をかしげている。


 長いように感じられたこの校外学習の日程も、いよいよ明日が最終日だ。明日は魔法学校内ではなく、このラットベルトの街を一日かけて観光して回る。そしてラットベルトで一泊し、明後日の朝には王都へ向けて出立する予定だ。

 そんな夜、イオは突然ガナッシュに連れられて女子部屋を訪れていた。なんでも、生徒たちで集まっておく必要があるらしい。

 事情がわからないまま女子部屋まで行くと、何やら訳知り顔のシェスカと困惑したフレデリカ、チェルシーがいたというわけだ。


「ほら、イザベラもいつまでもいじけてないの。覚悟を決めなさい」

「……やだ、私はいやだ」


 そして部屋の隅で毛布をかぶり、何かに怯えているイザベラ。日中には魔道具見学でテンションが高かった彼女の姿は見る影もない。

 いったい何が? その疑問を解決する存在が突然部屋に入ってきた。


「子供たち、肝試しの時間じゃぞ!」


 そう、いつまでも童心を忘れないトラブルメイカー、シャウェイ先生だ。




  ◆  ◆  ◆




「肝試し……?」

「そう。校外学習といえば肝試しじゃろう。儂がまだ学生のころから続く伝統じゃぞ?」

「伝統なんですか?」


 イオはガナッシュを振り返った。ガナッシュは力なく頷く。どうやら本当のことらしい。


「……私はいやだから」

「わ、わたくしも怖いのは少し苦手ですわ」

「えー、面白そうじゃないですかー」


 ノリノリなのはチェルシーだけだ。イザベラが怯えていた原因はこれらしい。


「子供たちのために今年も飛び切りの準備をしておいたぞ」

「シャウェイ先生の気合の入り方がおかしいんだよなぁ……」


 小さくつぶやいたガナッシュのぼやきも何のその、ガナッシュだけは年甲斐もなく瞳を輝かせている。イオもちょっとそのテンションにはついていけない。


「ルールは簡単じゃ。二人一組になって、この地図に従い指定された教室の中にある木札を持って帰ってくるのじゃ。一組に一つ、明かりの魔道具を貸してあげよう。もちろん、道中には儂らラットベルト魔法学校の研究員たちが驚かせ役として潜んでおるぞ」


 ニヤニヤと笑いながら、シャウェイはクジを取り出した。

 ノリノリでくじを引くチェルシーに始まり、イオやフレデリカも続いてくじを引く。

 そうして全員がグループ分けされる。

 その結果一組目がチェルシーとイザベラ、二組目がイオとフレデリカ、そして最後がガナッシュとシェスカという組み合わせになった。


「ありゃ、俺とシェスカなのか」

「年長で固まっちゃったわね。イオくんとフレデリカは怖いのは大丈夫?」

「僕は多分大丈夫だと思いますけれど」


 イオは暗い場所が苦手ではない。死者の怨念も信じない……というより、精霊たちが似たような存在なので怖くない。

 何より驚かせる役が先生たちならば生命の危機に陥らないのだから、鬼よりも平気だ。

 変に肝が据わっているイオである。


「私は苦手ですわ……」


 その隣でやや顔を青くしているのはフレデリカ。イオとペアになった彼女は怖いものが苦手らしい。

 いつも強気で妙な自信家である彼女にしては珍しい様子を、イオは意外に感じた。


「おっ、私たちが一番ですねー」

「……いやだ」

「ほら、いきますよーイザベラさん」


 往生際の悪いイザベラをチェルシーが半ば引きずるように連れていく。

 シャウェイから地図と小さな明かりを受け取ったチェルシーが片手に明かりを、もう片手にチェルシーの襟首を掴んで暗闇の廊下へと消えていった。


「……二人とも大丈夫かな」


 イオが不安げにつぶやく。


「うーん、イザベラは怖いのがすっごく苦手なのよね。一昨年にも酷い目にあってるのよ」

「でもチェルシーが凄く楽しそうでしたわ。きっとあの子がイザベラお姉さまを引っ張って――」


 フレデリカの言葉を遮るように、暗闇の廊下から甲高い悲鳴が聞こえた。

 だがその声は怖がりなイザベラのものではなく。


「……今の悲鳴、チェルシーでしたわね?」

「……本当に大丈夫かなぁ?」


 少しだけイオは不安になった。




  ◆  ◆  ◆




 四半刻ほど経ち、一組目のイザベラとチェルシーが帰ってきた。


「お化け怖いお化け怖いお化け怖い……」


 恐怖のあまり呪詛のようにつぶやき続けているイザベラの方がよっぽどホラーだ。


「お帰り子供たち、木札はちゃんと持って帰ってこられたかのぅ?」


 いつものヘラヘラとした笑みを浮かべたチェルシーが黙って木札を差し出す。


「うむ、二人ともよく――おや?」


 シャウェイが労いの言葉をかけようとしたそのとき、まるで糸が切れた人形のようにチェルシーが倒れた。


「だ、大丈夫!?」

「きゅう……」

「き、気絶してる……」


 イオが駆け寄り助け起こすも、チェルシーは気を失っている。

 あまりの恐怖に耐えきれず、ここまで帰ってきて緊張の糸が切れてしまったようだ。

 始まる前にはあれほど楽しそうな様子だったチェルシーが、この有り様である。


「ほっほっほ、楽しんでもらえたようで何よりじゃ」

「これ本当に楽しんだ結果ですか!?」


 イオの叫びは何のその、次はイオとフレデリカの番だ。


「ほれ、次もどんどん行くぞい。これが地図じゃ。この教室に向かうのじゃよ~」


 気絶したチェルシーの手から奪い取った明かりの魔道具がイオに渡され、背中を押される。


「い、行こうかフレデリカ」

「わ、わかりましたわ……」


 不安げな表情を隠しきれないフレデリカと二人、イオは真っ暗な廊下を歩きはじめた。




  ◆  ◆  ◆




「まず向かうのは……食堂だね」

「地図に示されたのは二か所ですわね」


 肝試しのコースは地図で指定されている。まずは食堂に向かい、そこから第二校舎二階の教室へ、そしてイオ達が寝泊まりしている部屋に戻るコースだ。


「あの、イオ。ちょっといいかしら?」

「どうかした、フレデリカ?」

「その……手を」


 フレデリカはその小さな手をイオに差し出した。


「は、はぐれても困りますし……手をつなぎましょう?」


 随分と弱っている様子のフレデリカに、イオは軽く驚いてしまう。だがここで変に茶化して彼女を不安にさせるのも悪いと思い、


「うん、いいよ」


 イオはフレデリカの手を取った。

 フレデリカは恐怖で緊張しているのか、きゅっとイオの手を握る。

 ここは自分が頑張らないといけないかもな、とイオは変に気合を入れなおし、フレデリカの手を引いて食堂へ向かった。

 道中の廊下も明かりが消されており、窓から差し込む月明かりと手に持った魔道具の光だけが頼りだ。

 だが、イオも警戒しながら進んでいたのだが、食堂までの道のりに脅かすような仕掛けはなかった。


「……もっと驚かせてくると思ったんだけどな」


 少しだけ拍子抜けしつつも、二人は食堂まで無事にたどり着く。

 食堂の扉を押し開け、中へ。


「……暗いですわね」

「中には誰もいないみたいだね」


 人の気配はなく静かだ。ここにあるという木札を持って帰る必要があるのだが。


「木札はどこかな?」

「い……イオ。あれは何かしら……?」


 フレデリカが繋いだイオの手を引き、食堂の片隅を指し示す。

 暗がりの中にぼんやりと浮かびあがる人影があった。


「誰かいるの?」

「ゆ、幽霊……?」


 怖がるフレデリカを連れ、イオは人影に近づく。そして明かりを向けると。


「何だ、驚いたわ。ただの石像じゃない」


 そこにあった人影は、騎士を象った石像だった。そして何より、イオはこの石像に見覚えがあった。


「あっ、これってポラリス先生の」

「イオ、見て。石像が木札を持っているわ!」


 フレデリカが石像に不用意に近づき、石像の手に握らされていた木札を手に取る。


「イオ、見て。これで一つ目の木札を手に入れたわ!」

「うん、えっと……」


 フレデリカは嬉しそうに木札をイオに見せる。

 そんな彼女の小さな肩に、ポンと背後から手が置かれた。


「…………え?」


 ゆっくり、フレデリカが振り返る。

 そして自分の肩に手を置き、顔を近づけてきた石像と目があった。




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ふ、フレデリカっ!?」




 イオは事前に知っていたので怖くなかったが、突然暗闇の中で動き出した石像に驚いたフレデリカは悲鳴をあげて逃げ出した。

 木札を放り出し、すぐ近くにあった扉まで走っていく。

 そして扉を開けようと手を伸ばして――ドンと正面から何かにぶつかって尻もちをついた。


「ふぇっ?」


 暗闇の中、扉の手前にゆっくりと何かが浮かび上がる。

 フレデリカの目の前に浮かび上がったのは、牙を剥き出しに笑う凶悪な悪魔の顔で――。


「いやぁぁぁぁ!?」


 悲鳴をあげてその場にうずくまってしまったフレデリカに近づき、イオは彼女の背中をさする。


「いや、助けてぇ!」

「落ち着いてフレデリカ! 大丈夫だから!」


 イオは彼女を必死に慰める。


「よく見てフレデリカ、あれはただの絵だよ!」

「ふぇ……?」


 イオがゆっくりと言い聞かせ、少しだけ落ち着きを取り戻したフレデリカは改めて正面を見る。

 そこにあったのは凶暴そうな悪魔の顔――が描かれた大きな一枚の板だった。


「多分、シャウェイ先生が魔法で見えないようにして隠していたんだと思う。あれはただの絵だよ」


 姿を透明にするシャウェイの魔法を応用し、始めは見えないように細工をしていたのだろう。

 わざと通り道になる扉を見えなくした板で塞ぎ、ドアに近づくと透明な板にぶつかる。そして姿が見えるようになれば、暗がりのなか凶暴な顔の絵が浮かび上がるという仕掛けだ。

 イオも一歩離れた位置で見ていたから気が付いたが、慌てていたフレデリカが勘違いしてしまうのも無理はない。


「シャウェイ先生、思っていたよりも全力だ……」


 魔法で動く石像と、姿を隠した絵の仕掛け。ラットベルト魔法学校の技術力をこれでもかと無駄に注いだ、手の込んだ驚かせ方だ。

 正直、大人げないと思う。

 イオはフレデリカを落ち着かせながら、これからもっとたくさん仕掛けられているであろう罠に、背筋を震わせた。

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