第四十七話:ポラリスの研究
白い布の下から現れた立派な石像は、右手に騎士剣を、左手に盾を構えている。猛々しさのある表情まで精巧に作られており、芸術品のような美しさがある。
あまりの迫力にイオは思わず息を呑んだ。
「す、すごく立派な石像ですね」
「ふっふっふ。イオ君、驚くのはまだ早いよ。ちょっと離れててね」
ポラリスがその石像に近づく。そして手をかざした。その手に合わせて石像の周囲へ精霊が集まりだす。
ポラリスはかざした手を勢いよく振り下ろした。
するとその動きに合わせて、なんと石像が動き出し、右手の騎士剣を振り下ろした。
「すごい、動いた!」
「ふっふっふ、凄いでしょう」
「ポラリス先生はこうして、魔法で動く石像の研究をしているんだ」
ポラリスが手を戻すと、石像も同じように元の構えに戻った。硬い石像がまるで生き物のようにしなやかに動くのは驚きであるとともに、今までに見たことがない種類の魔道具ということもあってイオは興味を持つ。
この石像が魔道具なら、多くの人間が使えるように作っているもののはずだ。
「これって、僕でも動かせるんですか?」
「イオくんは精霊を操って、魔法を使うことはもうできる?」
「はい、できます!」
「イオ君の魔法の腕前なら心配いらないぜ、ポラリス先生。下手をすれば俺よりずっと強力な魔法が使えるくらいだ」
「あら、そんなにすごいの?」
ガナッシュがイオを褒めそやす。
「そ、そんなことないです。まだまだ練習中です」
「でも、もうその年でちゃんと魔法が使えるってことよね。それは凄いことよ。それほど精霊との交流がしっかりしているのならこの石像も動かせると思うわ」
イオはポラリスに手招きされ石像に近づく。大人の男性をかたどったその石像はイオの身長よりも大きい。
「手をかざして、石像にいる精霊と交信してみて」
ポラリスに言われるがまま、心のなかで精霊に呼びかける。石像の周囲に集まっていた精霊たちはイオの呼びかけに応じてくれた。彼らとは初対面だというのにイオの言葉に耳を傾けてくれる。気まぐれな精霊達にしては珍しい、少しだけ不思議な感覚だった。
「……できました」
「それじゃあ、ゆっくり腕を動かしてみて」
恐る恐る、イオが腕を持ち上げる。すると石像の腕がやや遅れて持ち上がった。
「す、すごい! 動いた!」
興奮でイオは思わず叫んだ。腕を振り下すと石像も同じく剣を持った右腕を振り下す。左手を突き出すと盾を構えて身構える。体を捻れば、やや不格好だが剣を構える。何だか自分が強くなった気分だ。
「あら、本当に簡単に動かして見せたわね。まだまだ調整が微妙だから、初めての人には難しいと思ったのだけれど」
「俺が一昨年に触らせてもらった時は、腕を軽く動かすだけで精いっぱいだったなぁ」
「それが普通よ」
「ちょっと難しいですけれど、段々慣れて――あれっ?」
イオは何度か剣を振ってみたり手足を動かしたりしていたのだが、突然、石像が動かなくなってしまった。
石像についている精霊たちがイオの言うことを突然聞かなくなってしまったのだ。まるで「はい、ここまで」と突然打ち切られてしまったような感覚だ。
「あー、やっぱり制限時間は課題の一つよねぇ。歩かせるだけなら問題ないのだけれど、全身を動かし始めるとすぐに動かなくなるのよ」
「ええと……もしかして壊しちゃいました……?」
「ううん、大丈夫よ。もともとこの石像の欠点みたいなものだから」
ポラリスが手をかざすと再び石像が動き出す。そして初期の直立状態に戻した。
イオは動く石像に感心しながら、ポラリスに質問を投げかける。
「この石像も魔道具なんですよね」
「ええそうよ。これは魔法使いが使うことを想定して作っている魔道具なの」
「魔法使いが使う魔道具、ですか? でも魔道具って、誰でも魔法が使えるようにするための道具ですよね?」
魔法使いが使う魔道具、とはまた不思議なものだ。これまでシャウェイに紹介された魔道具は全て、魔法が使えない人が魔法の恩恵を受けるための道具だった。ところがこの石像は違うらしい。
「正確には、魔法が使えない人でも魔法を使えるようにする道具が魔道具よ。そしてこれは、地の精霊に適正がない魔法使いが地属性の魔法を疑似的に使うための魔道具なの」
魔法使いと精霊の属性の相性関係は深い。魔法使いが操る魔法の特性は、エネルギーを借り受ける精霊の属性に依存するからだ。
だから地の精霊と相性が良いイオでも、火の精霊や水の精霊を従えることはできない。それゆえイオがどれだけ強力な魔法が使えるようになったとしても、シェスカのように自在に炎を操ったり、イザベラのように水を生み出したりすることはできない。
「でも私が作っているこの石像を使えば、まるで地属性の魔法を操るみたいに石像を動かせるわ」
まだまだ課題も多いけれどね、とポラリスは照れ笑いとともにそう付け加える。
「そもそもこれは、魔法使いの武器として使うための道具なの。だからゆくゆくは、魔法使いなら誰でも戦いで使えるようにしないといけないわ」
「魔法使いが使って戦うための武器? でもポラリス先生はそんなことをしなくても地属性の魔法が使えるんですよね? どうしてわざわざ魔道具を作ろうと思ったんですか?」
立派な研究だと思うものの、自分が使える魔法をわざわざほかの魔法使いでも使えるようにする道具作りというのはよくわからない。
戦うための魔道具などわざわざ使わなくても、魔法使いは自分の得意な魔法を武器に鬼と戦えばいいはずだ。
イオが尋ねると、ポラリスは少しだけ悲しそうな表情をした。
「鬼と戦う騎士の代わりにこの石像を魔法使いが使う。そうすれば、命を落とす騎士は減るでしょう?」
イオはようやくこの魔道具の用途を理解した。
鬼との戦いは常に危険が付きまとう。そんな中で最も命を落とすのは魔法使い本人ではなく、その魔法使いを守る盾となる騎士たちだ。
魔法使いは数が少なく貴重な存在だ。一方で騎士は厳しい訓練を積んできた優秀な者ばかりとはいえ、あくまで普通の人間。それゆえに本当に危険な状況に陥ったとき、騎士は命がけで魔法使いを逃がすことが求められるらしい。
そうして魔法使いを庇って大怪我をすることもあるし、最悪の場合は命を落とすことだってある。
現にイオが初めて鬼と戦った時、アルマの筆頭騎士であるカイネスをはじめ、複数人の騎士が大怪我を負った。
この石像は、そんな危険な仕事である騎士の代わりを務める道具なのだ。
「これが完成すれば今よりももっと安全に鬼と戦うことができるわ。私の目標は、一人でも多くの騎士が鬼に殺されないで済むようにすることなの」
胸を張って目標を語るポラリス。だがイオにはその目が少しだけ悲しんでいるようにも見えた。
そこでイオは思い出す。このラットベルトの魔法学校で魔法の研究をしている魔法使いの中には、怪我などが原因で鬼との戦いから身を引いて研究の道に進んだ人もいるのだということを。
このラットベルト魔法学校に魔法使いは何人も在籍しているが、その魔法使いを支えるはずの筆頭騎士は見かけないことを。
イオはポラリスに何と言葉をかけていいかが分からなくなり、視線を下げる。
先ほどとはうって変わり黙ってしまったイオの代わりに、ポラリスは優しく笑みを浮かべて声をかけた。
「イオくんは、将来は魔法の研究がしたい? それとも鬼と戦って、皆を守るような魔法使いになりたい?」
イオは顔を上げ、まっすぐにポラリスを見た。
「……僕は、鬼と戦って皆を助けられるような魔法使いになりたいです」
「そっか……。うん、それなら私ももっと頑張らないといけないわね。イオくんが一人前の魔法使いになるころには、もしかするとこの魔道具も実用化できるかもしれないから」
「頑張ってください、応援してます!」
「ふふ、ありがとうね」
ポラリスは優しくイオの頭を撫でた。
「そうだ、二人とも! せっかく見学にきてくれたのだから、この魔道具を使ってみてどう感じたか意見を聞かせてくれないかしら。些細なことでもいいから、何か気づいたことがあれば遠慮なく教えてちょうだい」
「はい、僕も協力します!」
「俺も手伝います、ポラリス先生」
その後、イオとガナッシュは二人でポラリスの研究成果を試し、改善点を一緒に考えた。
少しでも役に立てただろうか、イオはそう思わずにはいられなかった。
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