第四十六話:自由見学の時間

 急遽決まった生徒対教師による模擬戦は大盛況に終わり、昼食を挟んだ次は今日本来のイベントである自由見学だ。

 イオ達魔法学校の生徒はこのラットベルトの魔法学校施設内を好きに見て回り、気になった研究設備や開発中の魔道具の見学ができる。

 とはいえ、いきなり自由に見て回っていいと言われてもイオにはどこを見学すれば良いか分からない。

 そこで昼食を食べながら、イオは他のメンバーにどうするのかを聞いてみることにした。

 昼食のパンを一口かじり、イオは全員に向けて尋ねる。


「お昼からの自由見学、どこを見学しようか迷っているんだ。みんなはどこを見学するつもりなの?」

「……私は昨日の魔道具、もう一回見てくる」


 即答したのはイザベラだ。彼女はイオの予想通り、昨日も見学した水を生み出す魔道具をもう一度見学するらしい。興奮からか、いつも気だるげな目が爛々と輝いているような気さえする。

 あれだけあの魔道具に入れ込んでいるイザベラのことだ。おそらくは見学時間いっぱいまで見学するつもりだろう。ひょっとすると仕事の手伝いまでしだすかもしれない。


「私は特に場所を決めずに、校舎の中を歩き回ってみようかな」

「わたくしはシェスカお姉様に着いていくつもりですわ」

「私もお嬢達についていきますかねー」


 その一方でシェスカ、フレデリカ、チェルシーの三人はとりあえず校舎内を歩き回ってみるそうだ。


「うーん、じゃあ僕もそれについていこうかなぁ」


 イオも特に見学のあてがないので、三人について回るほうがいいだろう。そこで気になった教室を覗いていけば、良い具合に時間をつぶしながら見学ができるかもしれない。

 だがそこで隣に座っていたガナッシュから提案が。


「それならイオ君、俺と一緒に見学しないか? 俺が校外学習に来る度に見学しているところで、地の精霊を従える魔法使いの人が研究者にいるんだ。今年も俺はその人のところに見学に行こうと思うんだけど、どうだろうか?」

「地の精霊について研究している人もいるんですか?」


 このラットベルト魔法学校では魔法に関する様々な研究がおこなわれている。昨日見学した水を生み出す巨大な魔道具は水の精霊を利用した設備だったが、確かに地の精霊を使った研究もあるのだろう。イオは少しだけ興味が湧いた。


「そうそう。俺はその人と個人的に仲良くさせて貰っていて、手紙のやり取りとかもしているんだ。その中で魔法の使い方について色々と意見を貰って、かなり魔法が改善したんだよ。もしかしたらイオ君の魔法を見せれば何か意見がもらえるかもしれない」


 個人的な手紙のやり取りまでしているとは、ガナッシュは随分とその人物と親密らしい。

 イオとガナッシュは二人とも、相性の良い精霊の属性は地だ。他の研究で特に気になるものが思いつかないのなら、自分が使える魔法と同じ属性の魔法を使った研究をしている人のところに見学にいくのはどうだろうか、とのこと。

 ガナッシュはイオを頭の上から爪先まで順に見下ろした。


「……それに、多分イオ君は気に入られると思うし」


 妙に含みのある言い方だ。イオは少し疑問を持つ。ただ他に行く当てはないし、何よりガナッシュが勧めるのなら心配はない。


「それじゃあ僕はガナッシュ先輩についていくことにします!」


 イオの見学先はこうして決まった。




 ガナッシュに案内されるまま、イオは魔法学校の中を歩く。どうやら目的の研究室は校舎の中でも入り組んだ場所にあるらしい。

 校舎を渡り、階段を昇った三階の奥の部屋。そこでガナッシュが立ち止まった。


「ここだよ」


 ガナッシュがドアをノックする。だが返事はない。


「……あれ? おーい、ポラリス先生?」

「留守ですか?」

「いや、俺たちが見学で見て回ることは事前に伝わっているはずだから、流石に留守にはしていないと思うけど……」


 ガナッシュがドアノブに手をかける。鍵はかかっていない。かちゃり、と小さな音を立ててドアが開いた。


「……開いたな」


 二人は恐る恐る、といった様子で中をのぞき込む。窓にカーテンが引かれていて、部屋の中は薄暗い。そして部屋中の壁を覆い尽くすように本棚が乱立している。

 そんな部屋の片隅に、一際目立つ本の山がある。まるで棚の本を勢いよく崩してしまったかのような惨状だ。

 イオは嫌な予感を覚えた。何故ならその本の山の周囲に、ふわふわと地の精霊が集まっているのだから。


「あの、ガナッシュ先輩……」

「言うなイオ君」

「ひょっとしてあの本の山の中に……」

「多分そうだろうなぁ……!」


 すると予想通り、本の山の中から女性の声がした。


「おーい、そこに誰かいるの? 本を崩しちゃって出られないの、助けてくれないかしら?」


 本の山に埋まっているというのに、本人はいたって呑気な声色だ。


「イオくん、悪いけどこの本の山の片づけ、手伝ってくれ」

「わ、わかりました」


 二人がかり、大慌てで本の山を掘り起こす。そうして本の山の下から一人の女性が発掘された。

 癖の強い茶髪を無造作に伸ばした、まだ若そうな女性だ。窮屈な状態から解放された彼女は呑気に体を伸ばす。


「ふぁあ、助かったわ。あのまま誰も来てくれなかったら魔法で全部吹き飛ばすしかなかったもの。本を無駄に傷つけずに済んだわ、ありがとう。それで二人はどちら様?」

「お久しぶりです、ポラリス先生」

「……ひょっとしてガナッシュ君?」

「ええ、そうです」

「う、嘘よ!」


 ポラリスと呼ばれた女性は勢いよく立ち上がった。そしてガナッシュに詰め寄る。


「だ、だって前に会ったときはこれくらいしか背がなかったのに……!」


 手で「これくらい!」と高さを示す。おおよそ今のガナッシュの胸くらいだ。


「前って、二年前ですからね。俺も成長期なので身長も伸びますよ」

「それにしても急に大きくなりすぎじゃないかしら!? て、手紙は!? 手紙の字はまだ丸っこくて可愛いのに!」

「字は身長と関係ないでしょう」

「か、可愛くなくなっちゃった……」


 絶望にうちひしがれ、視線を下げるポラリス。そしてその視線の先でイオと目が合った。


「あ、あの……どうも初めまして」

「か、可愛い……!」


 次の瞬間、イオはポラリスに力一杯抱きしめられた。


「えっ、ちょっと!?」

「君、可愛いね! 名前は何て言うのかな!?」

「イオです。あの、離してください……!」

「イオくんかぁ。私はポラリスだよ、よろしくねぇ!」


 ポラリスの豊かな胸に顔を埋める形になり、イオは窒息しそうになる。


「む、むぐぐ……」

「ほらポラリス先生、その辺で離してやってください」


 ガナッシュが宥め、ようやくイオは開放される。だがポラリスはイオを力一杯抱きしめることはなくなったものの、イオの頭を嬉しそうになで続けている。


「あ、あの……」

「イオくん、悪いが諦めてくれ。俺も初めて出会ったときはそんな感じだった。ポラリス先生はどうも、小さい男の子が好きで仕方が無いらしい」


 ここでイオは悟る。ガナッシュがイオを連れてきたのは百パーセントの善意ではなく、新たな身代わりを求めてのことだったのだと。


「違いますー! 私は子供が好きなんですー!」


 ぷくっと子供っぽく頬を膨らませ反論する姿を見せるポラリス。その手は未だにイオの頭をなで続けている。

 イオももう十一歳だ。大人から頭を撫でられるのは少し気恥ずかしい年齢だが、そんな気恥ずかしさよりも突然の奇行に困惑する気持ちの方が強い。

 シャウェイ先生とはまた方向性が違うが、この人も癖が強そうだなぁ、とイオは苦笑した。ひょっとして研究者の魔法使いというのはこういう少し変わった人間しかいないのだろうか。


「それでガナッシュ君とイオ君はどうしてここにいるの?」

「今年も先生の研究成果を見学させて貰おうと思って来ました。イオ君も地の精霊と相性が良い子なんです」

「は、はいそうです。なのでガナッシュ先輩と一緒に見学させて貰おうと思って」

「そういうことね。分かったわ、二人ともこっちへいらっしゃい」


 ポラリスはようやくイオから離れて、二人を部屋の奥へ誘導する。解放されたイオはポラリスに尋ねる。


「あの、ポラリス先生はどんな魔道具を作っているんですか?」

「それは見てもらった方が早いかな。ほら、これよ」


 本に埋め尽くされたような部屋の奥には、白い布がかけられた大きな何かがある。大きさはちょうど、大人一人分くらいだろうか。

 ポラリスが布に手をかけ、するりと布をはぎ取る。その下から現れたのは。


「石像――?」


 騎士を象った立派な石像だった。

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