第四十五話:模擬戦

 先日、シャウェイによる魔道具紹介の際に使われたラットベルト魔法学校内にある広場。その中央で対峙するのはアンリエッタ、そしてイオとガナッシュとシェスカだ。

 シャウェイの咄嗟の思いつきで始まった企画はシャウェイがノリノリで声をかけた影響が大きかったようで、暇をしていた研究員たちがわらわらと集まってきて人垣を作っている。彼らは仕事半分面白半分の気分で見物に来ているようだ。

 何だか見世物のような気分でイオはどうも落ち着かない。大勢の人間に囲まれることには中々慣れないものだ。

 普段は先生として、生徒の前では凜々しい表情をしているアンリエッタも珍しく困り眉になっている。イオはアンリエッタ先生もあんな風に困るんだなぁ、とどこか素っ頓狂な感想を覚えた。

 シェスカが不安そうな顔でシャウェイを見た。


「あの……本当にやるつもりなんですか?」

「勿論だとも、頑張ってくれたまえ。アンリエッタ先生もその腕前、期待しておりますぞ」

「……分かりました」


 シャウェイが呑気な笑顔でアンリエッタを煽る。アンリエッタも半ば諦めの表情だ。

 そしてアンリエッタに対峙するイオの隣で、ガナッシュが気合いを入れるように自分の頬を打った。


「よしっ! やるからには本気で行きますよ、アンリエッタ先生。俺の実力を確かめる良い機会だと考えることにします」

「どうしてこんなことに……」


 イオは遠い目で、今朝の朝食の場での出来事を思い返す。



  ◆  ◆  ◆



 校外学習、ラットベルトでの活動二日目。イオ達は今日も揃って食堂で朝食をとっていた。今朝は何故かその席にしれっとシャウェイも混ざっている。

 今日は午後からラットベルト魔法学校内の自由見学となっているのだが、その前に。


「僕たちの魔法が見たい?」

「そうじゃ。特に新しい子供たちの魔法はまだ儂も知らぬからの。ぜひどんな魔法が使えるのかみせて欲しいのじゃよ」


 それはイオ達生徒の魔法の熟練度を見てみたい、というものだった。生徒たちの魔法を研究員も見ることで何か新たなアイデアの役に立つかもしれない、または生徒たちの魔法の習熟に向けて何かアドバイスができるかもしれない、とのこと。


「魔法の訓練も、ここ数日はできておらぬじゃろう。慣れない環境でどれくらい魔法が使えるのか試してみたくはないかね?」


 子供のように声を弾ませたシャウェイの提案を、引率のアンリエッタは断る理由がなかったため快諾する。


「そうですね、確かに魔法の訓練は大事です。それなら昨日の広場をお借りできますか? 午前中はそこで生徒たちの魔法の訓練を行うことにしましょう。よろしければシャウェイ先生もご指導ください」

「無論じゃ。じゃが、ただ魔法を使うというのは少々味気がないとは思わないかね?」


 そこでシャウェイがニヤリと悪戯小僧のように笑う。僅か一日足らずでイオにも理解できるようになったが、シャウェイのこういう笑顔は周囲を振り回す何かよからぬことを考えている予兆だ。シャウェイの提案を快諾したアンリエッタは嫌な汗をかく。


「儂らとはまた違う魔法の使い方、否、戦い方を学ぶ子らじゃからの。せっかくの機会、魔法を使った模擬戦というのはどうじゃろうか?」

『は?』


 異口同音の疑問符。そして真っ先に反論したのは当然、引率教師のアンリエッタだ。


「そんな危険なことを生徒にさせるわけには行きません。シャウェイ先生は何を考えているんですか!」

「まぁ待ちなさいアンリエッタ先生。そう言って危険を恐れ、子供達に挑戦させないのは如何なものかと思いますな。我々大人が安全を見守り、子供達にはのびのびと挑戦させるのがよろしいかと」


 だが口の達者なシャウェイがアンリエッタを説き伏せる。


「とはいえ子供達同士で争わせるのも心苦しい。そこで、子供達とアンリエッタ先生との模擬戦、というのはどうじゃろう?」


 続くシャウェイの提案に、ついにアンリエッタは呆然として表情を失った。そしてそれはイオたちも同様だ。


「武勇名高いアンリエッタ先生であれば、子供達相手の加減も上手じゃろう。子供たちも、先生が相手であれば伸び伸びと魔法が使えることじゃろうしのぅ」


 するとシャウェイはそこで突然立ち上がり、あろうことか周囲で食事を取っていた他の研究員たちへ向けて声を張り上げた。


「のう! アンリエッタ先生が子供達と模擬戦を行うやもしれんとのことだ。皆、興味はないかの?」


 まだ決定していないことをさも事実のように喧伝する。釣られて周囲も「模擬戦?」「面白そうだ」「見てみたいな」と興味を惹かれたようにざわめきが大きくなる。やがてそれは好奇心に後押しされ、収拾がつかないほどに伝搬する。


「シャウェイ先生、恨みますよ……」


 アンリエッタの呟きもどこ吹く風、シャウェイは陽気に口笛をふいた。




  ◆  ◆  ◆




 そして急遽決まった生徒対教師の模擬戦。

 アンリエッタ先生を相手取り、魔法が実戦レベルで使える生徒としてイオ、ガナッシュ、シェスカの三人が挑むかたちだ。

 イザベラも魔法が使えるが、彼女の魔法は戦闘向きではなく実力もまだまだ実戦レベルとは言い難いため、今回はイザベラ本人の希望もあり辞退している。

 模擬戦が始まる直前、ガナッシュがイオとシェスカの二人に耳打ちした。


「二人とも、魔法はどれくらい使えそう?」

「僕は昨日の夜に精霊と交信したので、五回くらいは使えると思います」

「わ、私も頑張ってそれくらいかなぁ」

「分かった、それじゃあ……」

「……なるほど、そういう作戦でいくのね?」

「上手くいくかなぁ……?」

「アンリエッタ先生は歴戦の魔法使いだ。上手くいくかは分からないけれど、俺たちは胸を借りるつもりで全力で挑もう」


 気合いを入れるガナッシュ。彼を見習い、シェスカもイオも真剣な表情になる。ラットベルトの街では十分とはいかないが、それでも周囲に精霊を集めて魔法を使えるよう構えた。


「こうなってしまっては仕方がありません。今更取りやめにできる雰囲気でもありませんし。丁度良い機会でもありますから、魔法を使った戦い方の練習としましょうか」

「では、先に一撃をあてたほうが勝利とする。くれぐれも怪我のないようにするのじゃぞ」

「それなら初めからこんなことを私にさせないでくださいよ……」


 くたびれたアンリエッタの呟きをかき消すように、シャウェイは笑顔で声を張り上げる。


「それでは模擬戦、始め!」

「二人とも、作戦通りに!」

「「はいっ!」」


 ガナッシュが声をかけ、即座に前に飛び出す。事前の打ち合わせ通りにイオとシェスカが後ろから魔法で援護するかたちだ。

 校外訓練で少ないながら実戦経験があるガナッシュ。彼は素早く前に駆け出してアンリエッタ相手に格闘戦を仕掛ける。

 だが当然、やすやすと接近戦を許すようなアンリエッタではない。

 アンリエッタの周囲に集まった精霊が輝き、彼女の周囲に白い小さな球体が出来上がる。


「正面突撃の思い切りは良いですね」


 アンリエッタの魔法は、眩い光と高熱を伴って爆発する光球を生み出すものだ。その光球が正面からガナッシュ目がけて打ち込まれる。当然威力は抑えられているだろうが、正面から強い光と熱を浴びれば昏倒は免れられない。

 そして炸裂の瞬間――。


「イオくん!」「はいっ!」


 ガナッシュが急ブレーキで立ち止まると同時にイオが魔法を発動。ガナッシュを守るように地面が隆起した。視界を白く焼く閃光を土壁が防ぐ。

 そして次の一手を放とうとしたアンリエッタに反撃。

ガナッシュが魔法で作り出した石拳とシェスカが操る炎の鞭が、イオの土壁を乗り越えるようにしてアンリエッタへと襲いかかる。相手の閃光と防御の土壁によって視界を奪った隙をつくコンビネーション技だ。


「なるほど、即席にしてはとても良い連携です」


 だがアンリエッタは冷静に魔法を放ち、石拳と炎鞭を迎撃する。

 立て続けに放たれる派手な爆発。周囲のギャラリーからは歓声があがった。

 やはり魔法使いとしての実力が違う。ガナッシュやシェスカの魔法による同時攻撃は易々と打ちおとされてしまった。


「ガナッシュ先輩、お願いします!」


 だが、ここまでは想定内。イオは防御の土壁をわざと壊し、ガナッシュのための道をつくる。初めの攻撃を誘発させ、防御壁の上側から高さのある奇襲。迎撃されることを想定し、意識を上に向けさせた上でガナッシュの接近を成功させる作戦だ。

 アンリエッタの魔法は激しい爆発を伴うため、自分の近くでは扱いが難しいだろうという予測のもと、一番身体能力が高いガナッシュが接近してイオとシェスカで援護する。

 崩れた壁を踏み越え、ガナッシュがアンリエッタへと肉薄した。熟練した魔法使いを相手にただ遠距離から魔法を打ち合う戦いは不利と判断し、体格を活かした格闘戦に持ち込む。

 ガナッシュが右拳に土の籠手を纏わせて大きく振りかぶった。


「おっと」


 アンリエッタも冷静に距離を取るため後ろにステップ。


「そこは逃がしません!」


 だが、イオが魔法でアシストを行う。後ろへ下がろうとするアンリエッタの逃げ道を塞ぐように、彼女の背後の地面を隆起させた。突然生み出された壁で逃げ道を塞がれたアンリエッタにガナッシュの拳が襲いかかる。


「貰ったぜ、先生!」

「良い連携です、が!」


 しかしアンリエッタはさらにその上をいった。なんと、自らの足下に魔法で小さな爆発を起こして大きく跳躍したのだ。


「マジかっ!?」


 背後の壁を飛び越えるように大きくバック転。その勢いでガナッシュの胸を蹴りつける。


「ぐっ!」


 殴りかかる勢いを殺され、ガナッシュは後ろに倒れる。


「ガナッシュ先輩!」


 イオとシェスカが追撃で魔法を放とうとする。しかしそれよりもアンリエッタのほうが上手だった。

 前だけを注視していたイオとシェスカの足下に、気付かぬうちに土壁を回り込んで光球が忍び寄っていたのだ。


「「しまっ――」」


 二人の足下で魔法が発動。強い光と熱風で、二人は尻餅をついてしまった。宙へ飛び上がったアンリエッタが華麗に着地する。


「そこまで!」


 審判をしていたシャウェイが声を張り上げる。同時にギャラリーからは歓声と大きな拍手が巻き起こった。


「実に良い戦いじゃった。観衆も大満足じゃぞ」

「ふぅ、久々にドキリとさせられましたね」


 口ではそう言うが、アンリエッタは涼しい顔だ。イオたちの渾身の連係攻撃も難なく防ぎきられてしまった。


「よく言うよ、アンリエッタ先生。俺たちの連携をあっさり崩しておいて」

「いえいえ、驚かされたのは本当ですよ。そのせいで思わず強く蹴ってしまいましたが、ガナッシュ君、怪我はないですか?」

「はい、大丈夫ですよ先生」


 蹴りを浴びて倒れていたガナッシュに、アンリエッタが手を貸して立ち上がらせる。爆発で尻餅をついていたイオやシェスカも怪我はないので、立ち上がって二人のもとへ駆け寄る。

 アンリエッタは三人の連携に対し、こう講評した。


「非常に良い連携でしたが、詰めが甘かったですね。特にイオくんとシェスカさんは、魔法を使いながら動く練習が必要かもしれません。いくら距離があるとはいえ、その場から一歩も動かず魔法に集中していては良い的です。私も、最後の一撃は当てずっぽうで放ったものですから」


 ガナッシュを相手取りながら気付かれぬよう土壁の裏側まで魔法を操作していたアンリエッタだが、流石の彼女もバック転をしながらイオ達の居場所を正確に把握することはできない。そこでアンリエッタはイオとシェスカが始めの立ち位置から動いていないと予測し、そこへ目がけて魔法を撃ったのだ。

 結果は彼女の予想通り、魔法の操作に集中して棒立ちだったイオとシェスカに見事命中したというわけである。

 イオやシェスカも積極的に動き回り、より多方面からガナッシュを援護していれば結果はもう少し違ったものになったかもしれない。


「とはいえイオくんもシェスカさんもまだまだ魔法の訓練の途中ですからね。新たな課題が見つかって良かった、ということにしましょう」

「「はーい」」


 素直に返事を返し、模擬戦は終了。派手な魔法の応酬と、思いがけず奮戦した生徒たちの活躍にギャラリーからは大きな拍手が送られたのだった。

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