第四十四話:水の魔道具を見学

 サルサとの語らいを終え、昼食も済ませたイオ。

 そして午後からは今回の校外学習におけるメインイベント、巨大魔道具の見学会がある。

 イザベラはこれが一番の楽しみらしく、食堂で昼食を食べている間も珍しく落ち着きがない様子だった。


 そして昼食を済ませたイオたち一行は再びシャウェイに案内され、魔法学校の敷地内の奥に位置する大きな建物を訪れた。何人もの研究員がいそいそと建物を出入りしている。

 シャウェイがドアを開ける。一行が後に続いた。

 案内された建物は広いホールになっていて天井が高い。

 ホールの中央には奇妙な形に積み上げられた大きなレンガの塊があった。そしてそこから何本ものパイプが突きだしていて一つの装置になっている。家などの建築物とはまた違う、異様な光景だ。

 大きな装置の周りには数人の研究員がいて、何かを計測しては熱心に紙に書き込んでいる。


「さぁ、これがラットベルト魔法学校の最先端。水を生み出す魔道具じゃ」


 シャウェイが誇らしげに告げるとほぼ同時に、イザベラが今までに見たことがないほどのスピードで装置の側まで近寄った。周りの研究員たちもその行動に驚いている。


「ほっほっほ、興味津々じゃのう」


 シャウェイは笑っているが、イオはその前のめりな姿勢にちょっとだけ引いた。イザベラがこの魔道具の見学を楽しみにしていたことはイオも知っているが、想像していたよりもイザベラのテンションが高い。

 中央に設置されたレンガの塊が水を生み出す魔道具の本体のようで、そこから突きだしたパイプからまるで小川のように水が流れ出ている。建物中にレンガ組みの水路が作ってあり、職員は水路を流れる水の水量や温度を測っているようだ。


「……生成できる水量は?」

「今のところ、平均して一日あたり五百人分の飲み水を用意できる。それが一度のエンチャントでおおよそ半月は稼働するのう」

「……先に水量を優先した?」

「その通りじゃ。設備を大型化することになったが、水量だけで見れば既に小さな町ひとつを賄える。実用を考えるともっと水量を増やす必要があるが、あとはどれくらいの期間を持たせられるかじゃな」

「……目標はどれくらい?」

「最低でも半年。利を考えれば一年じゃな。エンチャントが半年の間保てば、その地域の魔法使いが巡回のついででエンチャントできるからの」


 矢継ぎ早に繰り出されるイザベラの質問と、その一つ一つに丁寧に答えるシャウェイ。既にイオは話に取り残されているし、おそらく隣でポカンとした顔のフレデリカも話についていけていないだろう。

 一昨年の校外学習でのイザベラの様子を知っているからか、シェスカは「始まったよ」と苦笑いだ。


「イザベラってば、割と集中すると周りが見えなくなる癖があるよのよねぇ」

「あぁ、確かにイザベラさんって読書中とか、声かけても聞こえていないときありますよねー」


 普段はぼんやりしていることの多いイザベラだが、読書中の彼女は集中して周りの声が聞こえていないことが多い。ちなみにチェルシーも読書家だが、彼女は声をかけるとすぐに反応が返ってくるタイプだ。

 一通りシャウェイから話を聞き終えたイザベラは、今度は魔道具の周りで作業中の研究員にも質問を飛ばしている。


「さて、彼女は興味津々のようじゃが、他の子供達も存分に見てくれて構わんよ?」


 シャウェイはイオたちにもより近くで見学することを促してくる。イオもその言葉に甘えて魔道具に近寄ることにした。

 よく魔道具を観察するまでもなく、最初に気がつくのはその周辺を飛び交う多くの精霊たちだ。飛び交っているのは水の精霊が多い。あとは火の精霊が少しだけ混ざっているだろうか。

 どこからともなく精霊が現れては、次々に魔道具の周囲に集まっている。彼らはまるで踊るように、巨大な装置のまわりをクルクルと飛びまわっている。

 人間が暮らす町の中は火の精霊が多く、水の精霊はそこまで多くはないはずだが、この大きな魔道具を動かすだけの精霊が沢山集まってきている。


「この精霊たちって、どれくらい集められるんですか?」


 イオもその精霊たちを見て質問を投げかける。


「一度に集められる数は、エンチャントを施す魔法使いの腕によるのぅ。じゃが魔道具を長期間動かすうえで大事なことは、継続して精霊を集め、彼らの力を借り続けることじゃ。始めにエンチャントしたときにいる精霊だけでは、長い期間のエネルギーを得られないからのう」


 魔道具の始動には魔法使いによるエンチャントが必要だが、その後の運転期間には魔法使いが指示しなくとも精霊が集まるような仕組みが必要になる、とのこと。

 そのために精霊が好む形や色、大きさ、材質などを選ぶ必要がある。魔法の効果を弱める以外にも、魔道具を長く運用するための工夫は沢山ある。


「魔法使いがいなくても動く魔道具を作り出す、というのが儂ら魔道具研究者の最終目標じゃの」

「それが完成したら、誰でも魔法が使えるってことですよねー」

「あら、それは随分と便利になりそうですわね」

「まぁ、そんな魔道具はまだまだ夢のような話じゃがのぅ」


 続いてイオは、魔道具から伸びている水路をのぞき込んだ。

 ホール中に張り巡らされた水路には濁りが全くない澄んだ水が流れている。


「これは飲めるのかしら?」


 後ろから同じように水路をのぞき込むフレデリカ。


「勿論飲めるとも。飲んでみるかの?」


 シャウェイが人数分のカップを取りだす。


「へぇ、なら俺は飲んでみよう」

「それではわたくしも」

「じゃあ僕も飲んでみようかな」


 ガナッシュが真っ先にカップを受け取り、フレデリカが続く。チェルシーはやめておくようだ。イオも同じくカップを受け取り、水路の水をすくって口に運んだ。

 味は特にない。混じりけがなさすぎるのだろうか? ただ感想を言うのならば。


「……温いなぁ」


 水温が人肌くらいあり温い。味がないことも相まって、イオは微妙そうな顔になる。


「水温の調整が上手くいっておらんのじゃ。時折湯になったり、冷水になったりするぞ。今日は人肌程度のようじゃの」


 そんな不安定なものを動かしていて大丈夫なのだろうか。イオは思わず顔を引きつらせる。


「水温を上手く操るためには火の精霊の力も必要になる。じゃが、水の精霊との兼ね合いが難しいのじゃよ」


 開発の苦労は多そうだ。まだ試作段階ということだし、今後の改善が期待される部分なのだろう。


「でも、お湯がいつでも手に入るのならとっても便利ね。いつでもお風呂が楽しめるわ」

「その日によって水と湯を使い分けられるようにできないのか、シャウェイ先生」

「そこまで調整ができれば万々歳じゃが、今のままではちと難しいかのぅ」


 チェルシーが水路に手を付け、ちゃぷちゃぷと遊びながら口を挟む。


「でもこれ、どこにでも川が作れるってことですもんねー。水量が十分にあるなら高台に設置するだけで水車が動かせますし、完成すればとんでもなくお金になりそうですねー」


 イオはその言葉に、「なるほど」と感心した。確かにこの魔道具を高いところに置くだけで、町中でも簡単に水車が使える。

 イオはこの魔道具の使い道は、水が少ない地域でも飲み水を確保するためのものだと思っていたが、水の流れも自由にできるならばその価値は大きい。

 例えばチェルシーが言ったように水車を併設すれば、それを動力に使える。


「実際、どれくらいのお金が出ているんですー?」


 手もみをしながらチェルシーはシャウェイにすり寄った。顔にはニヤニヤとした笑みもセットだ。


「それはもう、十全に。国をあげての事業の一つじゃからの。どうじゃ? 君たちも将来、儂らと共にこういった魔道具を開発するというのは。うちは給料も良いぞ?」

「えー、給料も良いんですかー?」


 シャウェイもノリノリで手もみをして、チェルシーを勧誘している。今の生徒だとまず間違いなくイザベラは将来、こういった研究の道に進むのだろうが、他の人材の勧誘にも余念が無いようだ。


「魔法が使えぬ研究員も多いが、やはり魔道具の研究は魔法使いなしでは進まぬからのぅ。老い先短い儂のような研究者は、後進のことも考えておかねばなぁ」

「そんなこといって、シャウェイ先生はまだまだお元気でしょー?」

「勿論。あと十年は現役のつもりじゃぞ」


 むふんと威勢良く鼻を鳴らすシャウェイと、それをおだてるチェルシー。年齢は祖父と孫ほど離れているものの、お調子者同士でこの二人は意外と馬が合うのかもしれない。


「ほらほら、鬼と戦うのは怖いぞぉ。ここで研究すれば怖い思いをせずにすむぞぉ」

「いや、そういう方向の勧誘なんですか」


 会話に思わずツッコミを入れるイオ。鬼と戦わないために魔法の研究する、というのは……アリなのか? とイオは首を捻る。


「別に学校を卒業してすぐでなくとも良いぞ。現に、怪我や病気で鬼との戦いを退役した魔法使いが魔法学校で研究をし始める、というのも珍しい話ではないからのぅ」

「あ、なるほど。そういうことですか」

「儂は研究一筋じゃがの。今は興味が無くとも第二の道として覚えておいておくれ」


 イオは想像してみる。例えば自分がシャウェイほど年を取ったときに、魔法の研究をしているだろうか?

 とはいえまだ十一歳のイオに、自分が年老いたあとの人生設計がうまく想像できるわけもなく。

 楽しそうに魔道具に齧り付いているイザベラを見て、ああいうタイプの人が良い研究者になるのだろうなぁ、とぼんやり他人事のように考えるだけであった。

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