第四十三話:魔法使いを目指す理由


 シャウェイによる魔道具紹介はお開きとなり、次の催しは昼食後にある巨大魔道具の見学会だ。


「意外と面白かったわね」

「……鬼、初めてみた。ちょっと怖かった」

「わたくしも指を紙千切られるかと思いましたわ……」

「お嬢はもっと色んなことに気をつけたほうがいいと思いますけどねー。興味本位で鬼に触ろうなんて、肝が据わりすぎでは?」

「お、大きなお世話ですわ!」



 感想を口々に一行は一度、昼食のために食堂へ向かって歩き出す。

 だがイオはその前にサルサから呼び出された用件を果たすため、トイレに行くと嘘をついて一行から離れた。

 早足で中庭広場まで戻ると約束通りサルサが待っていた。呑気にあくびをしているサルサだったが、イオは警戒を解くことなく彼女に近づく。

 サルサはそんなイオの警戒も気にせず、気さくに手を挙げた。


「おっ、来たねガキんちょ」

「ガキじゃないです。僕の名前はイオです」

「おっと、そりゃ悪かったね、イオ。改めてアタシはサルサだ、よろしく」


 握手のために差し出された手を、イオは疑って握り返さなかった。


「なんだい、そこまで警戒しなくても……とは言えないか。こればっかりは」

「話っていったい何ですか」


 ぶっきらぼうなイオの言葉に苦笑を浮かべるサルサ。彼女は差し出していた手を自分の後頭部に回す。


「まいったね。アタシはこれでもアンタのことは気に入っているんだが」

「……気に入っている? 恨んでいる、じゃなくて?」


 サルサにとってイオは、率いていた盗賊団が壊滅させられるきっかけとなった存在だ。恨まれることこそあれど、好かれる理由に心当たりはない。イオもてっきり、そのことについての恨みごとを言われたり、もっと直接的に復讐の可能性も考えていた。

 だがサルサはひらひらと手を振って軽い調子で否定した。


「ないない。アタシもアタシの部下もどうにか生きてるしね。それにここでの暮らしも、何だかんだであのジジイがいけ好かない以外の待遇は悪くないんだよ。メシは美味いし寝床も柔らかい。金はないけど、盗賊家業よりかはよっぽど安定してるし」


 聞けば彼女の部下だった盗賊団の団員たちは、今はこのラットベルトからほど近い鉱山で採掘の労働に従事させられているらしい。罪人に対する処遇で鉱山労働も過酷だが、しかし健康のための衣食住は保証されているのだとか。


「まぁ、アイツらも何だかんだで逞しい連中だからね。それなりに元気にやってるみたいだよ。むこう十年働けば一応は釈放だからね」

「そうですか」


 盗賊行為は重罪だ。当然、刑罰も重い。しかしイオが直接手を下すわけではないとはいえ、彼らが打ち首になっていたらイオは気に病んでいただろう。他の団員も生きていると聞いて、イオは内心で安堵していた。

 ちなみにイオが知る由もないことだが、彼らが死罪にならず鉱山労働の刑罰で済んでいる理由の一つにサルサの存在がある。彼女が素直に魔法の力を活用しているからこそ彼らの命も助かったのだ。


「あとはアタシが魔法研究に協力して何か良い成果を出せば刑期が軽くなるんだってさ。だからアタシもしばらくはここで助手という名の実験台だねぇ。アンタもやるかい?」

「やりません」

「そうかい、残念だ」


 口ではそう言うサルサだが、本当に残念がってはいなかった。

 一方で、一向に本題に入らないサルサに対してイオのほうが痺れを切らして問う。


「それで、僕をわざわざ呼び出した理由についてなんですけど」

「あぁ、それだ。アンタに聞いてみたいことがあったんだ」


 本当にただの世間話で、まるでようやく本題を思い出したかのようにサルサが切り出す。


「アンタ、なんで魔法使いになろうと思ったんだい?」

「魔法使いになりたいと思った理由?」


 どうしてわざわざそんなことを聞くのだろう。不思議に思い顔をあげたイオは、問いかけるサルサの表情が真剣なことに気付いた。

 しかしその瞳のなかには、微かに迷いがあって。


「そう、理由。あのとき、アタシの誘いを蹴った理由をちゃんと聞いておきたいと思ってね」


 誘拐事件のとき、サルサはイオに対して盗賊団の一味に加わり魔法の力を使うことを提案した。だがイオはそれを断った。

 当然、誘拐した相手に協力はできないという気持ちもあったが、それ以上にあのときは、魔法の力を自分の私利私欲のために使おうという考えに腹を立てたのだ。まだ一月ほど前の事件で、今でもよく覚えている。


「あのジジイも言っているけどね、アタシも魔法使いとして仕事をしないかと言われているんだよ。だけど正直に言って迷ってる。迷える立場じゃないってのも分かるんだけど、どうしても腑に落ちないんだよ。だからせっかくだしアンタに聞いてみたかったんだ」


 サルサは真剣な表情のまま、イオに目を合わせる。それはまるで瞳を通してイオの内心を読み取ろうとするかのようだった。

 サルサは不意に、自らの周りに精霊を集めた。彼女が従えるのは風の精霊。町中では数が少ないが、それでも魔法を数度放つことはできるだろう。


 『精霊視の祝福』を持たない一般人には見えない存在、精霊。そしてその力を十全に操り超常現象を引き起こす精霊遣い。


「アタシらは祝福を受けている。疑う余地もなく精霊に選ばれた特別な存在だ。特にアンタは、アタシよりもよっぽど強力な魔法が使える。その気になれば力で我を通すことだってできるだろう。なのにどうしてその力を、他の人のために使おうなんて思ったんだい?」


 どうしてだろうか。その答えをどうにか絞りだそうとイオは浅く息を吸い、


「……いや、悪い。忘れておくれ。子供相手に聞くような質問じゃなかったね」


 首を振り、サルサは照れくさそうに頬を掻いた。だがイオは、そんなサルサの気持ちが分かるような気がした。


「……僕も、あのあと考えたんです」


 イオは自分なりの答えを見つけようとしている。そしてサルサもそうなのだろう。

 だからイオはここで自分の考えを口にしておくことが、彼女の為にも自分の為にもなることだと思った。


「父さんの言葉に従って、今まで漠然と、強くなったらみんなを助けられる魔法使いになれると思ってました。危険な鬼を倒して村を守って、そうすればみんなを助けられるんだって。でもサルサさんの言うとおり、僕だけじゃ手の届かない人だっているはず。だから僕はもう一度、父さんの言葉の意味を考えたんです」


 イオに遺された父の言葉。みんなを助けられる人間になれ、と。

 だがその『みんな』とは誰のことだろうか。どこまでのことだろうか。

 その明確な答えを見つけ出すことは、今のイオにはできない。だからその前の段階を必死に取り組むしかない。


「王都に来て、魔法学校に通うようになって、僕が知っている『みんな』の範囲がどんどん広くなっていくんです。僕が強くなるよりも、僕が賢くなるよりもずっと早く。みんなを助けることはまだ僕にはできない。だからまずはみんなに優しくすることから始めることにしています。そうすれば、きっと僕の手が届かないところを誰かが補ってくれるんだって、そう思います」


 フレデリカは、不安と焦りを覚えるイオに対して、「自分がイオのことを助ける」と言ってくれた。本人には何だか照れくさくて伝えていないが、イオはあの言葉に勇気づけられたのだ。

 だから、足りない部分は補ってもらう。誰かを助けることで、いつかイオのことを助けてくれる人が増えるかもしれない。イオの代わりに誰かを助けてくれる人が増えるかもしれない。

 そうして輪が広がっていけば、いつか『みんな』を助けられるようになるのかもしれない。


 そしてサルサの問いに答えるのなら。きっとイオが誰かの為に行動しようと思えるのは、父が、村長が、村の大人達が、友達が。みんながイオに優しくしてくれたからだろう。

 誰かが優しくしてくれたから、その分だけ誰かに優しくする。助けてもらったから、それ以上に誰かを助けたい。

 それは魔法使いであっても、魔法使いでなくても、同じことであるはずだ。


「サルサさんは自分に優しくしてくれた人に対して、自分も優しくしようとは思いませんか?」


 イオは問う。自分のなかの精一杯の考えを込めて。

 果たしてそれがサルサに伝わったのかは分からない。そしてその答えを聞くこともなかった。

 それは、イオとサルサとの語らいに第三者が入ってきたからだ。


「――あ、サルサさん。こんなところにいた。探しましたよ」


 声をかけてきたのは男性の研究員だ。彼は確か、サルサと共にシャウェイの手伝いをしていた。


「後片付けが終わったらみんなでお昼ご飯を食べましょう、って言ってたでしょ。もうみんな食堂で待ってますよ。のんびりしてると昼休憩の時間が――っと、おや、すまない。もしかしてお喋り中だったのかな」


 サルサを呼びに来たらしい彼は小言混じりに近寄ってきて、そこではじめてサルサがイオと共にいたことに気がついた。申し訳なさそうに手を頭の後ろに回して、


「君は王都の魔法学校の生徒さんだよね。ごめんね、取り込み中だったかな?」

「えっと……」

「いいや、そんなことはないよ。ちょうど今、話も終わったところさ」


 サルサはイオの言葉を遮り、話を打ち切ってしまう。そのままイオに背を向けて、呼びに来た研究員とともに歩き出す。

 ただ去り際に、


「――アタシもアタシなりに、周りには優しくすることにするよ」


 イオの考えはサルサに伝わったのだろうか。

 だが、迎えにきた研究員と親しげに談笑するサルサの後ろ姿は、とても悪人には見えなかった。

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