第四十二話:鬼の生態
代わる代わる様々な魔道具を紹介してしゃべり続けていたシャウェイは、助手のサルサから水を受け取り喉を潤した。そして一息つく。
「では魔道具は一度この辺りにして、次は子供達に面白い物を見せてあげようかのぅ」
シャウェイはそう言うと、魔道具の試作品が詰め込まれていた木箱の隣に置いてあった、黒い布をかぶせられた謎のアイテムを手に取った。
「ほれ、子供達。近くへ集まりなさい」
椅子に座っていたイオ達は手招きされるまま、シャウェイのすぐ近くまで寄る。
「子供達、鬼は見たことがあるかね?」
イオとガナッシュ以外の生徒は首を横に振った。それを見てニヤリと笑うシャウェイ。イオはその言葉で、布の下に隠された存在に勘づいた。
シャウェイがかぶせられた布を取り払う。布の下から現われたのは頑丈そうな鋼鉄製の鳥かご。そしてその中には、全身が青混じりの深い闇色に包まれた存在――鬼がいた。
その鬼は鳥かごに入るほど小さい。まるでトカゲのような見た目をしており、四本あるうちの前足を鳥かごの格子にかけている。
「これが鬼なのね」
「……初めて見た」
年長組であるシェスカとイザベラも、鬼を見るのは初めてらしく驚いている。ガナッシュが僅かに驚いた表情でシャウェイに問いかけた。
「シャウェイ先生、こんなのどうしたんだ? 小型の鬼なんてそうそう見つけられるものじゃないだろ?」
鬼は小型、中型、大型とその大きさで分類されるが、一般的に小型の鬼は人間を直接襲うことはないため、見つけることが困難だ。広い森のなかでたった一匹のネズミを見つけることはできない。
「半年ほど前に、近くの山を巡回しておったラットベルト所属の騎士団が偶然に見かけて捕まえることに成功したのじゃ。生きた鬼を捕らえることができるなど滅多にないことじゃからの、貴重な個体じゃよ」
鬼は頭をクルクルと上下左右自在に回している。首の骨がないような不気味な動きだ。
フレデリカがそーっと指を近づけようとする。
「おっと、やめた方がよいぞ。こう見えて人の指くらいなら簡単に食いちぎるからのう」
その言葉と同時に、かごの中の鬼の頭が上下左右の四つに分裂し、まるで花弁のような形状に開いた。その中には鋭い牙がのぞいている。
「ひっ!?」
フレデリカは悲鳴をあげ、つきだしていた指を慌てて引っ込めた。
シャウェイは代わりに丈夫そうな木の枝を取りだし、鳥かごの隙間から中に突き入れる。すると鬼は木の枝に噛みつき、バキリと枝をへし折った。小さな体躯に似合わぬ凶悪なパワーだ。
「鬼はまだ不明なことが多い神秘の存在じゃ。我々もこの鬼を使って色々と調査をしておる」
「例えば、どんなことが分かっているんですかー?」
チェルシーが手をあげて質問した。
「そうじゃのう。食わぬ、眠らぬ、というのははっきりしておる。こやつは捕らえてから一度も餌となるものを与えておらぬが、昼夜を問わず活動しておるようじゃ」
「懐いたりしないんですー?」
「鬼に自我というものがあるのかは分からん。ただ、自らの成長のために生物を無差別的に襲う習性がある。鬼を従える、懐かせるという研究は今も昔も行われておるが、そもそも鬼を捕獲することも難しいことから研究は進んでおらんし、成功例は一度もないのぅ」
もし仮に成功すれば、鬼の被害を大きく抑えることができるだろう。鬼と戦い続けてきた歴史を持つこの国にとって、それは長年追い続ける到達点の一つだ。
鬼と精霊は、その元を同じくする存在だと考えられている。だとするならば。イオも思いついた疑念をぶつけた。
「精霊と同じように鬼と交信はできないんですか」
シャウェイは顎髭をなでつけ、面白いと口角をあげた。
「……ふむ? では試しにやってみるかね?」
「えっ……良いんですか?」
思いがけない提案に、イオは困惑する。
「ええと、シャウェイ先生。それは大丈夫なんですか?」
「心配せずとも危険はないとも」
シャウェイがそう言うので、イオは目の前の小さな鬼と交信を試みることにした。
普段精霊に声をかけるときと同じように、ゆっくりと心の中で念じる。するとこの魔法学校にも存在する地の精霊たちの一部がイオの呼びかけに応えたが、目の前の鬼とは欠片も交信ができなかった。
鬼は変わらず、鳥かごのなかで頭をくるくると不気味に回している。
「……駄目だ、できないなぁ」
「君は随分と精霊との親和性が高いようじゃが、それでもできないとなると鬼と交信するのはそもそも不可能なのじゃろうなぁ」
シャウェイは自らもその周囲に精霊を呼び集めた。シャウェイが使役するのは闇の精霊と風の精霊だ。
「鬼は精霊が変異した存在だと考えられておる。じゃが精霊に存在する属性というものは、鬼にはない。これまで火・水・風・土・光・闇と全ての属性で、それぞれ親和性の高い魔法使いが交信を試みたが、成功していないのじゃ。あえて言うならば、鬼はそれが単体の属性を有しておるのかもしれぬ」
――鬼との親和性が高い魔法使いなぞ、いてほしくはないがね。
シャウェイは鋭く目を細め、そう呟いた。
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