第四十一話:魔道具紹介

 そうこうしているうちに準備が整ったようで、シャウェイはわざとらしく咳払いをして注目を集めた。


「オホン! では準備も整ったようじゃ、そろそろ始めるとするかのう」


 シャウェイが声を張り上げ宣言した。そうしていよいよ、この校外学習の目的である魔道具の紹介が始まる。


「そもそも、魔道具とはいったい何か。魔道具は魔法使いがエンチャントを施すことによって、長期間魔法の効果を持続させることを目的に作られた道具のことじゃ。エンチャントそのものはどんなものにでも施せるが、そのエンチャントを施すための専用道具が魔道具、ということじゃの。

 魔道具は形状や材料をうまく整えることで精霊との親和性を高め、エンチャントの効果を長期間保持するために巨大な設備になる。じゃが近年は、簡単に持ち運べる小さな魔道具の開発が盛んに行われておるのじゃよ。巨大な魔道具の見学は午後からするとして、今からはそういった新しい小型の魔道具の紹介を行うぞい」


 シャウェイは後ろに置かれた木箱の中を漁り、目的のものを取りだした。


「まずはこれじゃ」


 そういって掲げたのは、シャウェイが昨日も持っていた杖だった。


「この杖には特殊な風のエンチャントが施されておる。効果は昨日少し見せたように、声を封じ込めることができるのじゃ」


 シャウェイが杖を掲げると、精霊の力を借り受けた魔法独特の淡い光を帯びた。


『このように、儂の声が封じ込められている。儂の声でなくとも可能じゃぞ』


 杖から事前に仕込んでいたシャウェイの声が聞こえる。さらにシャウェイはガナッシュを手招きした。


「ほれ、こっちへこい」

「俺ですか?」


 呼ばれるままにガナッシュは椅子から立ち上がり前に出る。


「何か喋ってみなさい」

「何かって……。あー、俺の名前はガナッシュです」

『何かって……。あー、俺の名前はガナッシュです』


 一音一句違うことなく、ガナッシュの言葉が繰り返される。イオ達の口から思わず感嘆の声があがった。


「と、このように誰の声でも封じ込めることが出来るようになった。これは二年前からの進歩じゃな」

「確かに、一昨年に俺が見た時はシャウェイ先生の声だけでしたね。随分と実用的になってる」

「じゃから」『じゃから』

「こんな風に」『こんな風に』

「声を分けて」『声を分けて』

「遊ぶことも」『遊ぶことも』

「いや聞き取りにくわ!」


 ガナッシュのキレのあるツッコミにシャウェイは声を上げて笑った。つられてイオたちも笑ってしまう。


「ただし、まだまだ問題もある。君、問題はなんだと思うかね」


 シャウェイが今度はチェルシーを指さした。指名されたチェルシーは首を傾げ、


「……大きさと重さの問題ですかねー? そんな重そうな手紙、誰も運びたくないですからー」

「ほう、良く気がついた。君はなかなかに鋭いの、その通りじゃ。魔道具は往々にして高価かつ大型なものになりがちじゃ。どこかに設置するものであれば高価でも大型でも構わぬがのう。この魔道具は将来的には重要な文ふみの代わりになると考えておる。じゃがこの杖は精霊との親和性を高めるために、見た目は木に見えるがその中身は銅をもとにした特殊な金属で出来ておる。生半可な剣よりも重いのじゃよ」


 ほれ、とシャウェイがガナッシュに杖を手渡す。するとガナッシュはその重さに驚いた。


「いや、ホントに重いな……。シャウェイ先生、よくこんなもの持てますね?」

「儂はこれでも身体を鍛えておるのでな。健康のヒケツじゃよ」


 イオは隣に座るチェルシーに尋ねた。


「ねぇチェルシー。どうしてあの杖が重いって分かったの?」

「杖をつく時の音がおかしかったですからねー」

「よ、よくそれで分かったね……」


 イオは音の違いなど気にしていなかった。チェルシーの耳の良さと注意深さには感心させられる。


「さて、次はコレじゃ」


 次にシャウェイが取りだしたのは、簡素な装飾がなされた剣だった。刃は安全のために潰されている。


「この剣も面白いぞ。そうじゃな……次は君、前にきなさい」

「今度はわたくし?」


 指名され、次はフレデリカが前に。気をつけるように念を押されて剣を受け取る。鉄製の長剣は女の子のフレデリカが持つには重すぎるようで、フレデリカは少しふらついた。


「お、重いですわね……」

「ゆっくりで構わんよ。その剣を地面に向かって振ってみなさい」


 フレデリカはおっかなびっくりという様子で剣を振り上げ、その重さに任せて振り下ろす。すると剣が地面に突き刺さった途端、周囲の土が掘り返され、まるで耕された畑のように変化した。


「わっ!? び、びっくりしましたわ」

「このように、この魔道具は土の精霊の力を借りうけ、畑を耕すことが可能じゃ。問題点をあげるとすれば、魔法使いが魔道具にエンチャントを施さねばならぬ割に効果が釣り合わぬ、というところかのう。一つ作るためにかかる費用も高いしの」


 固い地面を簡単に耕すことが可能な道具。確かに便利だが、しかし貴重な魔法使いの労力を割くほどのものかと問われると首を傾げるしかない。畑を耕す仕事にわざわざ魔法使いの労力を割くわけにはいかないだろう。


「じゃがこういった研究もどこかで新たな活用法が見つかるやもしれぬ。魔法の価値は戦いだけでないということを、知っておくとよいぞ」


 なるほど、とイオは頷いた。

 イオ自身が初めて魔法を操ったときは鬼との戦いの場だった、ということもあり、魔法イコール戦いのイメージがあったが、それだけではないのだとイオは認識を改める。

 例えば今の畑を耕す魔道具は、もし安価で広く普及すれば魔法とは縁のない農村部の人々にとって画期的なものとなるだろう。

 ただ、一つの疑問がイオの頭の中に浮かび上がった。


「あの、質問良いですか?」

「勿論、構わんよ」

「どうして畑を耕す魔道具が剣の形なんですか?」


 畑を耕す目的なら従来通りに鍬で良かったのではないだろうか。


「そのほうが格好良いじゃろ?」


 つまり形状に深い意味はないらしい。


「というのは冗談じゃ。杖や槍、鍬などと色々試してみた結果、意外なことに剣の形が最も効果が高かったのじゃよ。これは新発見じゃな」


 魔道具はその形状によっても効果に違いがでるらしい。道具として実用的な形と精霊が好む形が違う、というのは良くあることなのだとか。


 そうして次々に魔道具の試作品を取りだしては、それを披露するシャウェイ。目を惹くものから何に役立つのか分からないものまで、多種多様なものが披露されていく。

 そうして魔道具の紹介も一段落ついたとき。


「では、ここで儂から問題じゃ。魔道具はエンチャントの技術を利用したもの。しかし、エンチャントとは決定的に違う部分がある。それは一体何じゃと思う?」


 シャウェイはイオ達を順に見回した。すると遠慮がちにチェルシーが手を挙げる。


「長持ちすること、ですかねー?」

「ふむ、それは確かにそれも一つじゃな。じゃが、仮にとてもエンチャントが上手な魔法使いがいたとすれば、魔道具に匹敵するほど長持ちするエンチャントが使えるやもしれぬのう」


 つまり不正解らしい。イオもチェルシーと同じ回答を考えていたので、答えが分からなくなった。

 隣のメンバーを見れば、どうやらイザベラやシェスカ、ガナッシュといった年上組の面々は既に答えを知っているようで、ニヤニヤと笑っている。フレデリカは答えが分からず唸っていた。

 シャウェイは勿体ぶるように笑い、ぐるりとイオ達を見回してから正解を告げる。


「答えは、誰が使っても効果が同じということじゃよ」


 イオは首を捻る。いったいどういう意味だろうか?


「魔法の効果は千差万別。同じ属性の精霊に好かれる魔法使いであったとしても、人によって魔法の効果は異なる。それはエンチャントの効果も同じじゃ。しかし魔道具は『魔法印』という特殊な模様を内部に刻みつけておくことで、どんな魔法使いがエンチャントを込めても同じ効果を発揮できるように作られる。魔法使いの技量によって左右されるのは、持続期間のみじゃ。鬼を倒すような強力な魔法ではなく、もっと魔法の威力を弱める代わりに効果を一定にするのじゃよ」


 つまり、例えば先ほどの畑を耕す剣であれば誰があの剣にエンチャントをかけても同じく畑を耕す効果しか現われないということだ。


「魔道具の開発で最も大変な作業、それはどんな印を刻めばどんな効果が得られるのかを手探りで確かめていく作業じゃ。どの形状が、どの材料が、どの印が魔道具の効果を確かなものにできるのか、その法則性を儂らは長年の知識として積み重ねている」

「気の遠くなりそうな作業なんですね」

「まぁ、気長な作業ではあるのぅ。研究が何百年と続いており、未だに新しい印が発見されるような世界じゃからな」


 イオにはとてもではないができそうにない。そういう気長な作業はあまり得意ではないのだ。


「どれだけ画期的な魔道具が完成したとしても、それを儂しか使えなければ意味がない。儂が死んだ後にはただのガラクタになってしまうからの。魔道具はどこまでいっても道具なのじゃ。誰でも使えるようにしておかねばならん」


 シャウェイは自らの後ろに積まれた大量の魔道具の試作品を見て、朗らかに笑う。


「儂の魔法は姿を消す魔法じゃ。これでは鬼は倒せぬ。人の命を救えぬ。じゃが儂が死んだ後も万人の役に立つ道具が、知識があれば、儂の魔法も捨てたものじゃないじゃろう。魔法が死後も万人の役に立つ、そんな使い方もあるのじゃと覚えて帰っておくれ、子供達よ」


 シャウェイはどこか誇らしげに笑う。

 イオはその様子を見て、彼もまた尊敬するべき立派な魔法使いなのだと感じた。

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