第四十話:意外な再会

 翌朝、イオ達はラットベルト魔法学校内に併設された食堂で揃って朝食を摂っていた。校外学習の間は昼食や夕食もこの食堂で食べることになっている。

 イオ達の周りには眠い目をこすってパンにかじりつく研究者の姿がちらほら。彼らはちらりとイオ達へ視線を送っては「あぁ、そうか」と納得したような表情をしている。


 ラットベルトの魔法学校は王都のものとは異なり魔法技術の研究が主の目的だ。そのためここでは魔法使い、非魔法使いを問わず数多くの研究者が働いている。ここはそんな彼らの食事事情を支える食堂だ。

 王都の魔法学校にも食堂はあるのだが、基本的には寮生活をしている騎士科の専用になっている。魔法科であるイオ達も使っていいのだが、魔法科校舎からの距離が遠いこと、周りが騎士科ばかりで肩身が狭いこと、魔法科のクラスメイトで集まって昼食を食べるのであればお弁当を持ち寄って教室で食べれば良いことなどから、誰も利用していない。


 朝食のメニューは卵と野菜と雑穀を混ぜた粥だ。簡素な料理だがしっかり塩が効いていて味は良い。

 近頃、料理が上手な使用人ロッジによって舌を肥えさせられつつあるイオは、ちゃんとこの素朴な味を美味しいと思えて人知れず安堵した。


「ちょっと、フレデリカ。眠いのは分かるけどスープはこぼしちゃ駄目よ?」

「ふわ……こ、こぼしてませんわよ、シェスカお姉様っ」

「ほら、またあくびしてる。後でもう一度顔を洗ってきなさい」

「…………ん」

「イザベラさんも眠そうですねー」

「………ん?」

「あはは、これは駄目そうですねー」


 旅の疲れもあり昨夜はぐっすり眠った一行だが、しかし場所が変わった興奮もあり疲れが完全に取れたわけではない様子の二人。

 もともとフレデリカもイザベラも朝に弱いのだろう。

 イオも興奮で寝付けないかと思ったが、無事に眠ることができた。ちなみにイオは朝に強い。農村の朝は早いのだ。

 やがて全員が食事を終え、次は今日の予定確認だ。アンリエッタがメモを読み上げる。


「今日は午前、午後と大きく二部に分けてこの魔法学校を見学します」


 午前はシャウェイによる実演を伴った研究紹介。昼食をはさみ、午後には今回の校外学習でのメインイベントにあたる現在開発中の最新魔道具の見学ができるそうだ。この魔道具が、出発前にイザベラが強く興味を持っていたものらしい。

 そして明日は一日かけて各々が好きな研究室へお邪魔することになっている。実際に校舎を周り、興味を持った場所を自由に見学したり、その場で実際に働く研究員達から話を聞くことができるのだ。


「ということで皆さんは一度部屋に戻り、午前の見学の準備をしてください。九時の鐘が鳴る前に、食堂へ集合するように」

『はーい、分かりました。アンリエッタ先生』


 元気よく返事をして、その場は一度解散となった。




  ◆  ◆  ◆




 朝の支度を整えたイオ達魔法科一行は、アンリエッタに連れられて校舎の外、屋外に設置された広場へ移動した。ここで午前の部の研究紹介がされるとのこと。

 朝食の場ではまだ眠たそうだったフレデリカはこの頃にはいつもの元気を取り戻し、イザベラも朝に比べて少しだけ目つきがしっかりしているような気がする。

 建物と建物の間に挟まれるように作られた広場は、まだ午前ということもあり涼しい風が吹いていて心地よい。イオの口から思わずあくびがこぼれた。


「ほっほっほ、おはよう子供達。昨日はよく眠れたかね?」

「あっ、シャウェイ先生。おはようございます」


 すると背後からシャウェイが研究員を伴って現われた。後ろの研究員は何やらよく分からない木箱や布包みなどを抱えている。


「今、準備をしておるからもう少し待っておくれ」


 その間にまた別の人間が荷物を抱えて広場へやってくる。だがその人物の顔を見た瞬間、フレデリカとイオは驚いて声を上げた。


「「あっ――!?」」

「げっ、やっぱり居たかガキども」


 荷物を運んできた女性。その人物はなんと、以前にイオとフレデリカを誘拐した盗賊団の団長だった。


「ど、どうしてここにいるんだ!」


 イオとフレデリカの二人は思わず身構える。イオに至っては、反射的に周囲の精霊を集めていつでも魔法が放てるような構えだ。

 普段は見ないイオの剣幕に、他のメンバーも目を丸くして驚く。


「あー、別にもうアンタたちをどうこうするつもりはないよ。安心しな」


 だがその動きを彼女は片手で制した。そんな中で一人、落ち着いているのはシャウェイだった。


「おや、サルサ君は子供達と顔見知りかね?」

「アタシが盗賊をしてたのはジジイも知ってるだろ。アタシが捕まった時に誘拐したのがこのガキ二人だよ」

「ほっほっほ、それは奇妙な巡り合わせじゃの」

「……ジジイ、さては知っててアタシを呼んだな?」


 呑気に笑うシャウェイは事の重大さを理解していないのか。いや、この老人は分かった上で笑っている。

 イオとフレデリカは開いた口がふさがらない。イオ達と戦い、その結果騎士団に捕まったはずの彼女がどうしてここにいるのか。

 気まずいような、何とも言い難い曖昧な表情で、盗賊団の団長――元、団長の女は片手に荷物を抱えたまま、もう片方の手を軽く挙げた。


「まぁ、何だ。しばらくぶりじゃないか、ガキども」

「彼女のことを知っている子供達もいるようだが、改めて紹介しようかの。彼女の名はサルサ。ラットベルト魔法学校で研究助手を務めておる。まだ働き始めたばかりじゃが、風の魔法が使える優秀な助手じゃよ」

「アタシは助手になった覚えはないんだがね」


 抱えていた箱を置き、サルサはやれやれと腰に手をあてて事情をイオ達に説明してくれる。


「盗賊稼業をしていたら運悪くしょっ引かれて、首を刎ねられるか魔法を使って働くか選べってことで、ここで働くことになったんだよ。アタシもまだ死にたくはないからね」

「儂はタダで優秀な助手が手に入って万々歳じゃ。サルサ君の魔法は特殊じゃが面白い。研究のしがいがありそうじゃ」

「このジジイはアタシを何だと思っているんだか。人使いが荒いったらないよ」

「真面目に働いておればそのうち魔法使いになれるよう儂から口利きしてやるというておるのに」


 憎まれ口を叩くサルサ。しかしその手はしっかりと動いており、他の研究員に混じって研究紹介のための道具を運んでいる。

 これはつまり、彼女は改心したということで良いのだろうか?

 フレデリカはまだ、毛を逆立てた猫のようにサルサのことを警戒している。一度誘拐された相手なのだから無理もない。

 隣にいたシェスカがイオに耳打ちした。不審さを隠さない視線をサルサに向け、


「ねぇ、あの人大丈夫なの? 元盗賊ってホント?」

「元盗賊なのは本当です。大丈夫なのかは、どうなんでしょう? 僕もちょっとよく分からないです。ただ……」

「ただ?」

「シャウェイ先生もアンリエッタ先生もいるから、大丈夫なのかなぁと……」


 もしもサルサがまた悪事を働こうとしても、この場にはアンリエッタやシャウェイといった熟練の魔法使いがいるため、取り押さえられるだろう。イオもそう思うしかない。

 それに彼女がまた何か悪事を企んでいるのならば、わざわざシャウェイの助手を務めるようなことはしないだろう。魔法でも何でも使って、とっくにこの場から逃げ出しているはずだ。

 ということはつまり彼女の言い分は本当で、魔法の力を使いながら更正のためにここで働かされているのだろう。


「サルサ君、子供達とアンリエッタ先生に椅子を」

「あぁ、そうだったね」


 シャウェイに急かされ、サルサは小さな椅子を抱えた。


「ほらガキども、これに座って待ってな。もうすぐ準備ができるからね」


 強烈な経歴を持つサルサに戸惑いつつも、ガナッシュから順に生徒達は椅子を受け取る。その際もサルサに怪しい素振りはなかった。

 イオもサルサから椅子を受け取り、しかしその時に彼女が顔を近づけてイオに耳打ちした。


「――後でアンタに話がある。昼飯前に顔貸しな」


 一言そう告げると、すっとサルサはイオから離れ、次はフレデリカに椅子を押しつける。イオの中で彼女への警戒度が一段階上がる。

 だがそれでも、イオは今の彼女から悪意を感じ取ることはなかった。

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