第三十九話:男子部屋の一幕
出迎えに現われた魔法学校の学長、シャウェイに案内され、一行は校舎の中へ足を踏み入れた。石造建築三階建ての校舎はカンビエスタ魔法学校の校舎よりも重厚でやや薄暗い雰囲気を感じる。
校外学習の間、イオ達には二つの大部屋が割り当てられた。片方はイオとガナッシュが寝泊まりする男子部屋。もう片方はシェスカ達の女子部屋である。アンリエッタはまた別の部屋で寝泊まりをするそうだ。
シャウェイは部屋の鍵をアンリエッタに手渡した。
「では、儂は明日の準備があるのでこれで。あとはよろしく頼みますぞ、アンリエッタ先生」
「はい、分かりました」
シャウェイは立派な顎髭を撫でつけると、そのまま空気に溶けるように姿を消した。彼の魔法は光を歪めて姿を消す、と言っていたが、目の前で消える様子を見ても分からない不思議な光景だった。
わざわざ姿を消す必要もないのに魔法を使うのは、彼の悪戯心の現われなのだろう。
部屋の鍵は年長であるガナッシュとシェスカに渡された。
「それでは、夕食の時間は分かりますね? それまでは部屋で休みましょう。勝手に出歩いてはいけませんよ」
『分かりましたー』
男女で別れ、宿泊の為の荷物をそれぞれの部屋に運び込む。
この後は夕食まで自由時間となっている。とはいえ勝手に校内を歩き回るわけにもいかず、することはない。全員が長旅で疲れているのでこのまま部屋でゆっくりする予定だ。
「いやぁ、今までは寂しく一人部屋だったからな。今年はイオくんが居てくれて嬉しいよ」
荷物を部屋の中に運び終えた後、ガナッシュは服を着替えながらそう言った。イオもまた旅の汚れがついた服から、新しい服に着替える。
「ガナッシュ先輩は二年前も来ているんですよね」
「ああ。俺は入学して六年目だから、校外学習は今回で三度目だな。ただ、男部屋が二人になったのは初だぜ」
「魔法使いって、女の人が多いですもんね」
イオはこれまでに出会った魔法使いを思い浮かべる。アルマを筆頭に、魔法使いは女性が多い。
クラスメイトも男子がイオとガナッシュの二人だけなのに対して、女子は四人だ。特にガナッシュは実地訓練で普段は居ないので、教室内に男はイオ一人と肩身の狭い思いをしている。
「何でなのか詳しい理由はよく分かってないけど、『精霊視の祝福』を授かるのは女性の方が圧倒的に多いらしい。子を宿す女性の方が死後の残滓である精霊に惹かれやすいとか、よく分からない説もあるけどね」
「でも男性の魔法使いもちゃんと居ますよね」
「いるけど、本当に少ないよ。男性の魔法使いは十人に一人くらいしかいないから」
「えっ、そんなに少ないんですか?」
「俺が実際に会ったことがある人だと、イオくんとシャウェイ先生以外にいないからね」
イオは着替えの手を止めて驚いた。男性でありながら精霊を見ることが出来る存在はとても少ないらしい。女性の方が多いとは思っていたが、まさかそこまで偏っているとは。
「だから俺が『精霊視の祝福』を持っているって分かったときは、家族一同大慌てだったんだぜ」
「どうなったんですか?」
「俺、実は地方の領主の次男なんだよ。三つ年上の兄貴がいて、家督は兄貴が継ぐことになってたんだけどさ。俺が十一歳のときに祝福を授かって、魔法使いになれるって分かった時に軽いゴタゴタが起きたんだよね」
「それってどちらが家を継ぐかっていう……」
「そう、大体そんな感じ。魔法使いの肩書きってそういう権力的な意味でも強いんだよ。それで親父と親戚で意見が割れてさ。ただ別に俺と兄貴の仲が悪いわけじゃないし、俺は正直いきなり家督を継げって言われても困るからさ。だから家のことは兄貴に任せて、俺は俺で魔法使いになって、将来は生まれ故郷を守りたいなって思ってる」
「立派な志だと思います」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるね!」
ガナッシュは照れくさそうに鼻の頭をこすった。
魔法使いを志す先輩としてガナッシュの考え方は非常に尊敬できるものだった。イオが抱く理想の魔法使いの在り方に近い。
イオも将来は、生まれ故郷のモーリス村は勿論、世界中の人を助けられるような立派な魔法使いになりたいと思っている。
「そういうイオくんはどうなんだい? 今はアルマさんのところで暮らしているそうだけれど、家族の反対とかは無かった?」
「えっと……」
イオの両親は既に他界している。言葉に詰まるイオの様子を見て、ガナッシュも薄々察した。
「あっと……ごめん。悪いこと聞いちゃったかな?」
「いえ、別に大丈夫ですよ」
イオにとって父との死別は辛い過去だが、自分の中でそこまで大きく引きずってはいない。イオは気にしていないと手を振って、明るい口調を心がけて話す。
「母さんは僕を産んですぐに死んじゃったらしくて。父さんも、五年前に病気で死んじゃったので、村長さんの家でお世話になってたんです。その村長さんが、僕の意見をすごく大切にしてくれて。だから村を出る時も大きな揉め事になったりはしてないです」
「それは――とても優しい人だな。イオくんを大切に思ってくれているんだね」
「はい、僕もそう思います」
つい先日も村に手紙を送ったんですよ、とイオは笑う。月に一度くらいはベン村長に手紙を出すようにしようと、イオは決めていた。第二の父親とも言うべき彼に心配をかけたくない。むしろ、立派になるところを見てもらいたい。
「だから僕も将来は村の皆は勿論、世界中の皆を助けられるくらいに強い魔法使いになりたいんです」
「ということはイオ君も将来は研究側じゃなくて、鬼を倒す魔法使い志望か。正直、今回の校外学習は面倒だったりする?」
「面倒だとは思わないですけど……まぁ、あんまり魔法のことを研究したいなーとは思ってないです」
イオもこの校外学習というイベントそのものは楽しみにしていたが、ラットベルト魔法学校の見学そのものに強く興味があったかと問われるとノーだ。今回のメンバーだと、将来研究職になりたいと考えていて明確に見学に意欲的なのはイザベラだけだ。
ガナッシュやシェスカは騎士団を率いて実働する魔法使いを志望しており、フレデリカもその気がありそう。チェルシーはまだ不明だが、現在のところ強く研究職を志望しているわけではない。
「あ、でもシャウェイ先生が面白いことをしてくれるなら楽しみです」
姿を消す魔法と風のエンチャントでいきなりイオ達を驚かせた老魔法使いシャウェイ。彼が明日以降の見学でも面白い物を見せてくれるとなると、イオもわくわくする。
「あの爺さんはなぁ……。研究者としてはまだ現役で、優秀らしいんだが性格がなぁ……」
「闇属性の魔法使いの方には始めて会ったので、魔法ももっと見せてもらいたいなぁー」
「確かに闇属性の精霊と相性の良い魔法使いの人は珍しいからな。あと光も珍しいか」
「アンリエッタ先生が火と光の精霊、二種類ですね」
「イオ君は確か、俺と同じで地属性だけだよな?」
「はい、そうみたいです」
魔法使いはそれぞれ相性の良い精霊の属性が異なり、イオやガナッシュは地の精霊と相性が良い。人によっては二つ、そして滅多にいないが三つ以上の属性の精霊と相性が良い人もいる。
相性が良い精霊の属性数と魔法使いの優秀さは比例しないが、複数の属性の精霊を従える魔法使いはそのイメージから繰り出される魔法もバリエーションに富む場合が多い。
「どの属性が良い悪いはないけど、やっぱり同じ属性の魔法が使える人がいるとちょっと親近感湧くな」
「あはは、僕もです」
奇妙な親近感を互いに覚えるイオとガナッシュの二人であった。
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