第三十六話:ガナッシュと魔法の訓練
午前中の座学は何事もなく終了し、午後の魔法訓練の時間が始まった。
アンリエッタは実地訓練から帰ってきているガナッシュを頼り、彼を助手として働かせるつもりらしい。彼女自身はフレデリカとチェルシーの二人に付きっきりで精霊との交信を教え、ガナッシュにはイオ達魔法が使える者の練習を監督させるようだ。
「まぁ、みんな普段からやっていることだと思うけれど、安全には十分に気をつけてくれよ。怪我のないようにな」
そしてガナッシュ監督のもの、いつものように午後の魔法訓練が始まった。
シェスカは早速魔法を発動した。緋色の球体から炎の鞭を繰り出し、地面に打ち付ける。
「おぉ、すげぇなシェスカ。俺が前に見た時よりも上達してるぞ」
「もう、ガナッシュ先輩。前って、半年前のことでしょ? 上達してて当然だよ」
「いやいや、シェスカの頑張りが伝わるよ」
普段はみんなのまとめ役であり、お姉さんの立場にいることが多いシェスカだが、先輩であるガナッシュに褒められてまんざらでもない顔をしている。
「ただ、魔法を使うために集中が必要なのは分かるけれど、目を閉じて念じる癖は早めに直したほうが良い。まさか鬼の目の前で目を瞑って魔法を使うわけにはいかないだろ?」
「は、はーい」
そして次はシェスカに対抗するかのように、イザベラもまた自らの魔法を放つ。水鉄砲のように手から水流を生み出した。
「……どう、かな?」
「イザベラが魔法を使えるようになったとは聞いていたけれど、やっぱり目の当たりにすると違うな。良くできているぞ」
「……ふふん」
「次は水をなるべく遠くまで真っ直ぐに飛ばせるよう意識してみるといいぞ。今は山なりになっているから、多分、制御出来ている部分が弱い。魔法ってのは不思議なもので、練習さえすれば大抵は思ったように扱える。例えばシェスカは火を鞭みたいに操っているけれど、普通の火はあんな風に動いたりしない。けど魔法ならそれが出来る。だから火は燃える、水は流れるっていう常識は捨てたほうがいいぞ」
「……が、頑張る」
的確に今後の改善点を出すガナッシュ。まるで本当の先生みたいでイオは感心した。
「ガナッシュ先輩は魔法を教えるのがとっても上手ですね」
「あー、まぁ。俺自身が練習するときに色々と考えていたから、それをそのまま教えてるだけだよ」
イオに褒められ、ガナッシュは照れながら頬を掻く。そしてやや目の光を薄れさせ。
「イオくんは知っていると思うけれど、アルマ先輩とメアリー先輩はどっちも天才肌なところがあったから……」
コツを聞いても何を言っているのか全く分からん、と。
若くして騎士を率いる優秀な魔法使いであるアルマと、稀少な回復魔法の使い手であるメアリー。二人ともガナッシュの先輩にあたるが、どちらも才能溢れる分だけ他人に魔法を教えることは不得意だったようだ。この様子だと、つつけば苦労話の一つや二つは簡単に出てきそうである。
「で、イオくんはどんな魔法を使えるんだ?」
「僕の魔法ですか?」
一転して期待の眼差しをするガナッシュ。
イオが扱うのは地面を操る魔法だ。主には地面を隆起させて壁や柱を作るものと、地面を砕いて土砂で飲み込むものの二種類。そして今は壁や柱をより正確に作ったり、砕く地面の広さや深さを精密にする練習をしている。
「なるほどなぁ。ちょっと見せてくれないか?」
ガナッシュに言われるまま、イオは魔法を使った。精霊に呼びかけ、彼らの力を譲り受ける。
すると地面が隆起して、土の壁と柱が出来上がった。魔法によって密度を高められたそれはただの土よりも強度がある。壁は相手の攻撃を防ぐだろうし、柱は相手の足下から一気に隆起させてぶつければ、人を昏倒させられるだろう。
ガナッシュは感心したように声をあげた。
「いや、ホントに凄いな。魔法発動までの反応も素早いし、このまま実地訓練イケるんじゃないか?」
イオの魔法は、威力に関してだけはアルマやアンリエッタからのお墨付きだ。問題は精密なコントロールにある。
それこそ盗賊団に誘拐された時には火事場の馬鹿力で敵味方に区別をつけて魔法を操れたが、今同じ事が出来るかと問われると自信がない。いくら大規模な魔法が使えたとしても、それで味方を巻き込んでいては元も子もない。
「なるほどね。じゃあ魔法の安定化をさせつつ、エンチャントの方も早い内に教わるだろうなぁ」
「エンチャントかぁ……」
エンチャント。直近でイオの周りに起きた事件でも、深く使われていたものだ。
そういえば、あの捕まった盗賊団はどうなったのだろうか。盗賊行為は重罪だ。しかし、盗賊団の頭領は魔法――エンチャントを自在に使いこなしていた。もしかすると彼女には今後、魔法を活かす場が与えられたりするのだろうか。
「イオくんは、魔法学校を卒業するための条件を知っているか?」
別のことを考えていたイオに、ガナッシュから質問が飛ぶ。イオはすぐに考えて、
「えっと、実地訓練を完了することですよね」
ガナッシュは小さく首を横に振った。
「確かに、一つは然るべき実力を身につけた後、きちんと一年間の実地訓練を終えること。これは今、俺がやっていることだね」
今は校外学習のために特別に戻ってきているけど、とガナッシュは付け加える。
「実はもう一つあって、ちょっとだけでいいからエンチャントが出来ることだ」
「ちょっとだけ?」
「具体的には、宣誓の儀式の間だけでも、ってこと。時間にすると一分くらいじゃないかな?」
イオは頭の上に疑問符を幾つも生やす。
「魔法使い任命の儀式の中で魔法使いと筆頭騎士がやる宣誓があるんだ。国王様の前で、魔法使いと筆頭騎士の交わす儀式だよ。任命される筆頭騎士が、魔法使いに剣を渡す。魔法使いは宣誓と共にその剣にエンチャントを施して、騎士に返す。返された騎士もまた宣誓を口にして、剣を鞘に戻す。その一連のやりとりの間、剣を鞘に戻すまでの間にエンチャントを維持できないといけない。それが一つの卒業条件になっているんだ」
儀式用の剣はエンチャントがしやすい材質で作られているから普通の剣よりは簡単だけどね、とのこと。
「だからまずは自分の魔法がしっかり使えるようになったら、次はエンチャントの練習もするんだよ。騎士科の生徒とも協力しながらね」
「ガナッシュさんはエンチャント出来るんですか?」
「一応出来るようにはなったよ。エンチャントの方はまだまだ実戦レベルとは言い難いけれどね」
イオはますます感心する。エンチャントは間接的に魔法を発動する、という感覚がまだイオにはよく分からない。
「もし良かったら、ガナッシュさんの魔法も見せてください。同じ地属性だから、参考になるかも」
「俺の魔法を? いいよ、見ててね」
ガナッシュはニヤリと笑って袖をまくる。
「ふっ!」
そして短く息を吐くと、彼の周囲を取り巻く精霊が光った。次の瞬間、地面の砂土が巻き上がり、彼の両手を覆う巨大な籠手を形作る。土を固めて作られた巨大な籠手はかなりの重量がありそうに見えるが、魔法で制御しているので過度な負担はなさそうだ。
「おおー!」
イオは思わず拍手。
「まだまだ、本番はこれからだぜ!」
ガナッシュは腰を落とし、正拳突きを繰り出した。すると土の籠手はガナッシュの手を離れて、空中へと飛び出す。そしてイオが作った土壁にぶつかり、土壁を打ち砕いた。そのまま大きく宙を旋回し、籠手は再びガナッシュの右手に装着される。ニヤリと笑って決めポーズ。
「か、格好良い……っ!」
「だろ?」
鮮やかな魔法制御と派手な演出で、イオの心は一気に奪われた。興奮のあまり、ガナッシュの周りでぴょんぴょんと跳びはねる。
「今の魔法、僕にもできますかっ!?」
「うーん、それはどうだろう? 魔法の特徴は人それぞれだから、全く同じ魔法は難しいかもしれないな。けど、魔法は工夫次第で色々なことが出来る。魔法の制御がしっかり出来るようになれば、こんな風に遊び心を加えることも出来るぞ」
両手に土の籠手をつけたまま、指先の形状をグーパー交互に作りかえる。そして次は両手をチョキの形で籠手を空へと撃ち出した。
巨大な手が空中を自在に飛びながら、右手と左手で器用にジャンケンをしている。
今のイオにはとても真似できないほど精密な魔法のコントロールだ。
「アンリエッタ先生は魔法で遊ぶなって怒るかもしれないけど、こういう遊びがあった方が魔法の訓練も楽しくできるだろ?」
イオは大いに頷いた。まさに目から鱗の発想だ。
「アンリエッタ先生の魔法は、火と光の精霊を操って火球を作りだし爆発させる魔法だからな。こういう遊びみたいなことは教えづらいのかもしれない」
アンリエッタの魔法はイオも何度か見せてもらった事がある。熟練の魔法使いに相応しく、巧みに火と光の精霊を従えていた。
そして一抱えもある大きさの火球を作り出し、大きな音と光で爆発を起こすのだ。確かにそんな強力な魔法の使い手ならば、魔法の危険性を強く教えたくなるのだろう。
「例えばイオ君ならそうだな……土の壁や柱に模様を作ってみたり、柱の形を工夫してみたりとかかな?」
宙を舞っていた籠手はガナッシュの腕に装着され、魔法が解除されると元の砂へと分解された。
「模様ですね、やってみます!」
イオは早速魔法を発動。土壁に花の模様をつけようと意識した。しかし出来上がった土壁には無秩序に削れた跡がついただけ。
「……難しいですね」
「そう簡単にされると俺の立つ瀬がなくなるっての。でもまぁ、何かしら目標を定めて楽しく訓練するのが継続のコツだぞ」
「わかりました、頑張ります!」
ガナッシュは「うん、素直でよろしい!」と口元をほころばせた。
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