第三十四話:心配性のアルマ

 校外学習まであと五日となった。クラスメイト達はこの旅行に期待を膨らませ、どこか浮き足立っている。そしてそれはイオも同じ事だった。特にイオは同年代の子供と遠出をする機会は初めてなので余計にだ。

 旅、と言うと苦難が多く幼い子供には難しいものに聞こえるかもしれない。確かに陸路を徒歩で行くような旅は肉体的な負担も大きく、また一人であれば鬼や野盗の危険も高い。

 だが今回は船と馬車を乗り継ぐ旅路であり、また道中の危険も魔法使いであるアンリエッタが同行するため安心だ。それゆえにイオは安心して今回の校外学習を楽しめる。

 長期間の滞在になるため必要なものを買いそろえたり、あるいはラットベルトの観光名所を色々な人から聞いて旅行の計画を立てたり。勿論、この校外学習のメインテーマである魔法学校の技術見学も楽しみだ。


 しかし校外学習が近づくにつれ、イオの保護者としてアルマの心配が高まるばかり。そして今日も、


「な、なぁイオ。本当に一人で大丈夫か?」

「もう、アルマさんってば。心配しなくても大丈夫ですよ。アンリエッタ先生が引率で一緒ですし、シェスカさんやイザベラさんも、一昨年も特に問題はなかったから心配しなくて大丈夫だって」

「いや、しかしだな……」

「アルマ、あんまり心配しすぎるのもどうかと思うぜ? ボウズはチビッコだが根はしっかりしてんだ。信用してやれよ」

「カイネスさん、チビッコは余計です」

「ならもっと沢山食って早く大きくなるんだな」

「むっ……!」

「あっ、こらイオ君。焦って食べると喉を詰まらせますよ」


 夕食の場にて、心配を募らせるアルマをカイネスが窘める。アルマに誘われて今夜の食卓を共に囲んでいる彼は、イオのことを信用しているようだ。彼はイオの文句も笑って聞き流す。

 給仕をしている執事のロッジが、パンのおかわりに手を伸ばすイオを軽く窘めた。


「そもそもアルマ、お前だって学生の頃に船に乗ってラットベルトまで行ったんだろう? その時に何かあったか?」

「い、いや……確かにその通りだが」

「そういう心配なら、ボウズを王都まで連れてきてる段階でもう遅いだろ。それにあんまりアレコレ心配しすぎると、ボウズに嫌われるぞ?」

「そ、そうなのかっ!?」


 慌ててイオに顔を向けるアルマ。彼女に向かってイオは苦笑いを浮かべて首を横に振った。


「い、いや。アルマさんのことを嫌いになったりはしませんよ」


 イオがそう言うと、アルマはホッと胸をなで下ろした。

 しかしカイネスはなおも苦言を呈する。メインディッシュの肉料理を口に運びながら、


「とかボウズは言ってるが、もう少しすればアレコレ口出ししてくる大人のことを嫌いになる年頃がくるぞ。お前だって実家からうるさく口出ししてくる手紙が来たら嫌だろう」


 カイネスに念を押され、アルマは心当たりでもあるのか「う、うぅむ……」と押し黙ってしまった。


「あまりお嬢様を苛めないであげてください、カイネスさん」


 そこへロッジが口を挟んだ。彼は茶のおかわりをカイネスのカップへ注ぐ。


「人聞きが悪いな。ロッジだって心配しすぎだと思うだろ?」

「お嬢様の心配性は今に始まったことではないでしょう」

「それもそうか」


 ロッジは自分の主のカップにも茶を注ぐ。目線をイオの方へ向けたので、まだカップが空ではないイオは首を横に振った。


「そ、そういえば! アルマさんも校外学習には参加したんですよね? 良かったらそのときのお話を聞かせてくださいよ」


 アルマが茶のカップに口をつけつつ不服そうな表情をしていたので、イオは助け船を出す。アルマはカップをテーブルに置き、顎に手を添えて小さく唸った。


「私が校外学習に参加したときの話か? あまり面白い話はないのだが……」

「俺はアルマのことを学生の頃から知ってるが、校外学習がどんなものだったのかは聞いてないな」


 カイネスも興味を持ったらしい。というよりも、


「あれ? カイネスさんは校外学習にいかなかったんですか?」

「騎士の見習いがそんなところ見学しても仕方ないだろ。魔法科の連中が校外学習に行っている間に、騎士科では別のイベントがあるんだよ。上級生が駆り出されて、馬での遠乗りと野営の訓練があるんだ。だから俺もラットベルトに行ったことはない」


 卒業後だと仕事があるから、特別な機会がないとわざわざ行かないしな、とのこと。


「ロッジ、お前はどうなんだ?」

「私は恥ずかしながら、生まれてから一度も王都を出たことがないですね」

「そうなのか? 近場に旅行行くだけでも楽しいぞ」

「ですが私にはお屋敷の仕事がございますので」

「おい、アルマよぉ……」

「な、何だ。私だってちゃんとロッジに休みを与えているぞ?」

「ええ、おかげさまで無理なく働かせていただいております」


 ぺこり、と綺麗な動作でロッジは頭を下げた。

 だがイオは一人で首を傾げる。イオが知る限り、月に何度か与えられている休みの日であってもロッジは屋敷の厨房で料理や菓子作りをしており、出来上がった菓子はいつもアルマやイオの胃袋に入っている。

 幸いにもロッジ本人は楽しそうにしているので問題ないのかもしれない。


「そういうわけだボウズ、ラットベルトの面白い土産物を期待してるぞ。駄賃は出してやるから」

「お土産ですね、分かりました!」

「イオ君。よければ私の分もお願い出来ますか?」

「任せてください、ロッジさんの分も買ってきますよ!」

「お、おい。結局、私の話は良いのか……?」

「そう拗ねるなよ、アルマ」

「お嬢様、私も聞きたいので良ければお話しください」


 二人がかりでからかわれるアルマは不服そうな表情ながら、当時の思い出を語り聞かせてくれる。


「とはいえ、私もいくつかの魔道具を見学させてもらっただけだな。当時に研究していたものだと……水の精霊によるエンチャントを利用して水が少ない地域であっても清潔な水が得られる魔道具があったな。実用化したという噂は聞かないが、今だともう少し研究が進んでいるかもしれない」

「水を作る魔道具……それ、凄くないですか?」

「ああ。実用化すれば雨の少ない地域でも農業用水や飲み水の確保が簡単にできるようになる」


 イオでも分かるほど、安定して水が手に入れられる装置の価値は計り知れない。魔法学校では魔道具の見学が予定されているため、もしかするとそういった画期的な魔道具の見学ができるかもしれないとイオは期待を膨らませた。


「他にも鬼についての研究もされているから、詳しいことは校外学習で教えてもらえるかもしれないな。楽しんでくるといい」

「はい、楽しんできますね!」


 イオの元気な返事を聞いて、アルマは小さく笑みをこぼした。

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