第三十三話:チェルシーの頼み事
「いやー、面白そうなものが見つかって良かったです」
適当に背表紙を見ていたチェルシーだったが、最終的に二冊の旅行記を購入した。
「付き合わせちゃって申し訳ありませんねー」
「ううん、僕も一人だと古本なんて見に来ないだろうし、楽しかったよ」
「……時々思いますけど、イオってばこっちがびっくりするくらいに良い子ですよねー」
「それ、褒めてるの?」
「一応褒めてますよ」
「い、一応なんだね……」
楽しかった、というのはイオの本心だ。こんな場所に古本市あるなんて知らなかったし、仮に知っていたとしても一人ではこなかっただろう。
「それより良かったの? 僕の分までお金出して」
「今日、付き合ってもらったお礼ですよ。読み終わったら私に渡してくださいねー。私も読んだ後に売るので」
イオが背負うリュックの中には一冊の冒険小説が入っている。イオが気に入って買おうとしたところ、チェルシーが今日のお礼にと代金を出してくれたのだ。後で売りに出すつもりだとはいえ、そう子供が簡単に奢ってあげるほど安いものではない。
「それに、こうしておけば後の頼み事を聞いてもらえるでしょうしー」
「そっちが目的かっ」
別にそこまでしなくても、イオはよっぽど変なことでもない限り頼み事を断ったりしない。
「それで、頼み事って?」
「とりあえずこっちです」
チェルシーに再び先導され、古本市から裏路地を通るように移動。すると道中にあった小さな井戸の前で立ち止まった。どうやらここが目的地のようだが。
「井戸? 随分ぼろっちいけど」
「涸れ井戸ですよ。石ころを落としたら底に当たった音が聞こえたので。実は私、ここに大事なものを落としちゃって。イオの魔法で取れたりしません?」
地面を操作する魔法が使えるイオだ。その魔法を使えば井戸の底に落としてしまったものを取れるかもしれないと、チェルシーは考えたらしい。
「あんまり学校の外で無闇に魔法は使っちゃ駄目だって、僕、先生に怒られたばっかりなんだけど」
「その為の口止め料ですよー」
なるほどこれはしてやられた。イオは苦笑いだ。
とはいえ、バレなければ別に良いだろうとイオは考えた。もしかすると悪ガキなアレックスとの付き合いから影響を受けつつあるのかもしれない。
チェルシーが困っているのは本当のようだし、それならばこれは人助けの一環だ。
「何を落としちゃったの」
「髪飾りです」
「髪飾り? チェルシーの?」
「私のものじゃなかったら誰のものなんですか」
「いや、チェルシーが髪飾りを付けてるところを見たことないからさ」
チェルシーの言うとおりなのだが、彼女は普段の学校では肩口まである髪をそのままにしており、紐で束ねているときはあっても髪飾りをしているところは見たことがなかった。
「貰い物なので、普段はつけてないだけですよー。久しぶりに付けて出かけたら、運悪く人にぶつかられて落としちゃったんです」
「なるほど」
イオは落ちないよう気をつけながら身を乗り出し、涸れ井戸の中を覗く。しかし暗くて底が見えない。
「うーん……上手く出来るか分からないけど、とりあえずやってみるね」
「お願いしまーす」
イオは近くの精霊を集めると、彼らに心の内で、井戸の底に髪飾りが落ちているかどうかを問いかける。すると精霊たちはイオの願いに従い、井戸の底へ降りていった。井戸の底で光る精霊は実際に光を放っているわけではないので中が明るくなったりはしないが、その明滅で髪飾りの位置を伝えてくれた。
「なるほど。この井戸そんなに深くないんだね」
「今の精霊で分かったんです? ホントに器用ですねぇ、イオは」
「そうかな? ……いや、確かにそうかも?」
盗賊団に誘拐された事件以降、イオはより一層魔法の訓練に力を入れている。毎日欠かさず行っている精霊との交信もそうだ。
その中で最近イオが気付いたことの一つに、どうやらイオは精霊の力を借りて人や物の位置を把握することがかなり得意だ、ということがある。
精霊との親和性が高い魔法使いは精霊とのコミュニケーションも円滑にできるが、イオのように直接的に精霊を通じて情報を得ることが出来る魔法使いはほとんどいないらしい。
イオはかくれんぼをしている時に、隠れている人間を精霊の力で探し出していたが、普通はそんなことは出来ないそうだ。例えば熟練の魔法使いであるアンリエッタであっても、イオのように精霊を通じて人の居場所を把握することはできない。
魔法の発動に必要なのは、精霊に命令を聞かせて彼らのエネルギーを借りること。そのほかにもエンチャントの為に特定の物体に精霊をついていかせる訓練もする。しかし、精霊側から何かの情報を得ることはないらしい。
「あとは底に落ちてる髪飾りを持ち上げてくるだけだけど……」
ここからが正念場だ。場所が分かってもそこを正確に魔法を操作できなければ意味が無い。そして魔法の細かい操作をイオは苦手としている。
「お願い、ゆっくり持ち上げてね」
イオの願いを聞き届け、精霊が瞬き魔法が発動する。
井戸の底の地面を少しずつせり上げて、井戸の中に新しく柱を立てるようにして持ち上げていく。
「おっ……良い感じかも」
集中を途切れさせないよう少しずつ時間をかけ、井戸の底が柱のように持ち上がる。そして手の届く高さまで持ち上げると、そこにはチェルシーが落としたものであろう髪飾りがあった。
「これかな」
「それです、ありがとうございますー!」
髪飾りを回収すると、イオは再び魔法の力を使って作った柱を砕いた。瓦礫になった土塊は涸れ井戸の底にガラガラと音を立てて落ちる。
改めて回収した髪飾りを見ると、随分と作りが綺麗なものだった。何かの花を模した小さな銀細工がついていてとても華やかで、なるほど普段使いには向かないかもしれない。落としたときにどこかが欠けてしまったということもなさそうだ。
「へぇ、凄く綺麗だね」
「大事な物なので落としたときは血の気が引きましたよー」
へらへらと笑っているが彼女にとっては本当に大事なものらしく、イオが手渡すとギュッと胸の前で大切に持った。
「もう落としちゃ駄目だよ?」
「ええ、気まぐれでつけたのが失敗でしたねー。普段は棚にしまっているんですけどね」
「そんな綺麗な髪飾り、どうしたの?」
「昔に母がプレゼントしてくれたものですよー。私が欲しいとねだったものです」
嬉しそうに笑うチェルシーを見て、イオも頬が緩む。家族との大切な思い出の品だというなら、イオも頑張った甲斐があったというものだ。
「そっか。それなら役に立てて良かったよ」
「ええ、ありがとうございます。イオ」
「どういたしまして!」
誰かの役に立つと気分が良い。イオたちは二人、上機嫌で帰路についた。
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