第三十二話:チェルシーとお出かけ
週に一度の休日。普段は屋敷の簡単な掃除を手伝うか、あるいはアレックスに誘われ遊びに出かけることがほとんどだが、今日誘われたのは珍しい相手だった。それは――。
「珍しいね、チェルシーが一緒に遊ぼうなんて」
「遊ぶというより、一緒に買い物でもどうかなって思ったのでねー」
お誘いの相手はチェルシーだ。昨日の放課後、明日の予定がなければ一緒に買い物に行こうと彼女の方から誘われたのだ。特に予定がなかったイオは二つ返事で了承したが、彼女と二人きりで話すことがそもそも珍しい。
というのも、チェルシーは学校内ではほぼ常にフレデリカと共にいるため、話すとしてもフレデリカを交えた三人でばかりになる。
「チェルシーと二人きりなのも珍しいよね」
「あー、確かにそうですね。いつもお嬢がいますからねー」
それについてはチェルシー本人も同意見なようで。入学時期が一年違いのイオとチェルシー達は授業も同時に受けることが多く、三人セットが常だ。
「それで、何を買いにいくの?」
「本です」
「本? どうして?」
「今度の校外学習、移動が長いのでその間の暇つぶしにでもしようかなーと思って」
「チェルシー、本読むの好きなんだ」
「ええ、好きですねー」
イオは思わず感心した。当のイオは長時間文字を眺めていると頭が痛くなってくる
この国は高い識字率と高い印刷技術により、娯楽目的の本も多く流通している。とはいえ本は基本的に高価なので上流階級に多い、お金のかかる趣味だ。例えばアルマも私室の本棚に本を集めている読書家である。
しかし娯楽にお金を使えない庶民が本を安く手に入れる方法もある。
「古本市は良いですよねー。本が安く手に入るので」
それは古本だ。新品の本だけでなく、読み終えた本を買い取り別の人間へ売ることで利益を得ている商人がいる。彼らから本を買い、そして読み終えた本を古本屋に売り払えば、通常だと高価で手に入りにくい本も売り買いの差額分だけで安く読むことができる。人の多い都市部ではそういった古本屋が少数ながら存在しているのだ。
「でも、どうして僕を誘ったの? 僕はあんまり本を読まないんだけど……」
「あれ、私とデートするのは嫌ですかー?」
わざとらしく
「別に嫌じゃないけど、何でかなって。もしかして荷物持ち?」
「……その冷めた態度は可愛げがないですよー?」
ただ相手がイオなのが悪かった。友達相手に遠慮が取れたイオは割とこういう所がある。
不服そうな顔をしていたチェルシーだがすぐに表情を元に戻し、イオを先導するように角を曲がる。
「イオに力仕事はあまり期待してませんよー」
「ひどいな、僕だって意外と力持ちなんだよ?」
「その細い腕で言われてもー」
高い身長で見下ろされながら言われると、イオも黙るしかない。
普段は彼女の軽い態度もあってあまり意識しないが、こう真横に立たれると身長の差からチェルシーの方が三つも年上だということを意識させられる。フレデリカとの身長差もほとんど無いので早く身長が伸びてほしいところだ。
イオは自分の身長が低いことを少し気にしている。身長の高いロッジやカイネスに何か良い方法はないか一度聞いてみるべきだろうかと、真剣に考えている。
「まぁ荷物持ちは手伝ってくれるなら嬉しいってくらいで、本当の理由は別にありますよー」
「本当の理由?」
「イオに手伝ってほしいことがありまして。先に買い物を済ませてからですけどねー」
答えはまだ教えてくれないらしい。ただイオを誘った目的は古本市ではない模様。いったい何を手伝わされるのだろうか。
チェルシーに先導されるまま、普段はほとんど立ち入らない商い通りの横道を進んでいく。雑多に広げられた露店の隙間を縫うように歩くと、裏路地の先にある古びた建物にたどり着いた。チェルシーは躊躇いなくその建物の戸を開け放つ。古い紙独特の香りがイオを出迎えた。
「どーもー」
店主らしき男が、店の入り口にあるカウンターで静かに本を読んでいた。男はチェルシーとイオを見るが、すぐに視線を手元の本に戻す。
チェルシーは店主とも顔見知りらしく。
「店主さん、奥の棚を見て良いですかー?」
「……好きにしろ」
慣れた調子でチェルシーは店の奥へ。その後にイオも続く。
床に乱雑に積まれた本、棚に詰め込まれた本と、建物の中を埋め尽くすような本の群れ。イオは興味がないが、本が好きな人にとってはたまらないのだろう。
チェルシーは適当な棚の前に立ち、背表紙を眺め始めた。イオもただ待っているのは手持ち無沙汰なので、適当に近くの本を手に取る。
「チェルシーどんな本を探してるの?」
「旅行記を読むのが好きなので、旅行記ですかねー」
「……え、旅行中に旅行記読むつもりなんだ」
「それもまた一興みたいなー」
また変わったことをするなぁ、とイオは笑った。
チェルシーが本格的に本を探し始めて口数が減ってしまったので、イオも邪魔することないように別の棚から、チェルシーが好みそうな旅行記本を探ことにした。
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