第三章:校外学習編
第三十一話:校外学習
今日は気持ちの良い快晴。季節は春から初夏に差しかかり、日に日に降り注ぐ日差しが強くなっているのを感じる。乾燥した風と日差しで洗濯物がよく乾くと、ロッジが言っていた。
「おはようございます」
「あらぁ、イオ君。おはよう」
「おはようイオ君。気をつけてね」
「はい、いってきます!」
すれ違う近所の人へ挨拶しながら、イオは魔法学校へと急ぐ。
イオがこの王都カンビエスタへとやってきて、そして魔法学校へ通いはじめてから二ヶ月が経過した。生まれ育ったモーリス村とは大きく異なる王都での生活にも少しずつ慣れ、この街で新たな友人も増えた。
学校までの道はもう通い慣れたものだ。迷うことはない。
王都の中心にある王城から、少し南に位置する広い学舎。魔法使いを育成する魔法科と、魔法使いを支える騎士を育成する騎士科の二つの学舎で構成されたここが、イオが通うカンビエスタ魔法学校だ。
「おはようございます」
『おはようー!』
イオが朝の挨拶をすると既に揃っていたクラスメイトたちからの元気な返事があった。今朝は随分とご機嫌なようで、みんなの声が弾んでいる。彼女たち四人は何かに集まっているようだが。
「どうしたんですか?」
「ガナッシュ先輩が帰ってくるんだって」
「……手紙がきた」
イザベラが回し読みしていた手紙をイオに差し出す。受け取って軽く目を通すと、整った字で近況報告と近々魔法学校に戻ってくる旨が書いてあった。
ガナッシュとはこの魔法学校に所属する男子生徒で、この魔法科で最年長になる人物だ。今は卒業のための実地訓練で学校を離れているそうで、イオは直接会ったことはない。彼はイオが入学する半年ほど前から実地訓練に出ており、イオとは入れちがいになっている。そのガナッシュが学校へ帰ってくるらしい。
「あれ? でも実地訓練は一年間なんですよね?」
彼の訓練期間終了はまだ半年は先のはずだが。
「そうなんだけど、もうすぐ校外学習があるからその引率を手伝うために一度王都まで戻ってくるんだって。アンリエッタ先生が言ってたよ」
イオは首を傾げた。校外学習とはなんだろうか? 聞いたことのない催しだ。
「多分、もうすぐアンリエッタ先生からお知らせがあるんじゃないかな?」
簡単に内容をかいつまんでシェスカが説明してくれる。その話を纏めると、こんな内容だった。
校外学習とは二年に一度行われる学校行事で、内容はラットベルトの魔法学校の見学。実施期間は移動を含めて約二週間と長期に渡る。船と馬車を使い五日ほどかけて西のラットベルトという都市に向かい、まる三日間見学し、また五日ほどかけて帰るという日程らしい。
二年前に一度経験したシェスカとイザベラとは違い、一年前に入学したばかりのフレデリカやチェルシーも初めての行事とのことだ。
「わたくし、ラットベルトには旅行の経験がないから楽しみだわ。イオは行ったことはあるかしら?」
「ないよ。僕、王都に来るまではずっと村暮らしだったんだから。チェルシーは?」
「ラットベルトの名産とかは知ってますけど、実際に行ったことは私もないですねぇ」
「名産? 何か有名なものがあるの?」
「ラットベルトは学問と芸術の町、なんて言われるくらいですよ」
聞けば、ラットベルトは魔法学校という研究機関を始め多くの学問所があり、魔法に限らず様々な分野の学者が多いのだとか。山の麓にあるラットベルトの主要な産業は林業と、そこで取れた軟材と山の水を使った製紙業。さらには彫刻などの木工芸術が有名らしい。相変わらず知識の幅が広いチェルシーだ。シェスカも補足を加えてくれる。
「ラットベルトの魔法学校は王都のものとは趣旨が違って、若い魔法使いの育成よりも魔法技術そのものの発展に力を入れて研究されているの。そこで最新鋭の技術や知識に触れ、学ぶことが校外学習の目的よ」
「……楽しみ」
イザベラはこの行事が楽しみなようで、彼女にしては珍しく頬を紅潮させ興奮気味だ。彼女は将来、魔法を生活に利用するための研究者になりたいらしく、ラットベルトの魔法大学に強い興味を示している。
「一昨年、凄い魔道具を作ってるのを見学した。……その研究が今どこまで進んでいるか、気になる……」
彼女の興味の対象は魔道具とのこと。魔法大学で研究されている魔道具の見学も、校外学習のプログラムに組み込まれてる。
魔道具とは魔法のエンチャント技術を応用したものだ。
精霊を物体に付随させ、間接的に魔法を発動する技術がエンチャントだ。そこで、より精霊が好む物質や形状を研究し、通常よりも長い期間――一ヶ月から長いもので一年程度、持続して魔法が発動するよう特殊な加工を施した巨大設備が魔道具と呼ばれる。
決して民間に出回るようなものではなく、公的に管理されるとても貴重な代物だ。魔道具に定期的に魔法を施す仕事を任されている魔法使いもいる。そういった魔道具の研究もラットベルトの魔法学校では盛んに行われているそうだ。
それもまた、魔法で人助けをする手段の一つだろう。イオはあまり頭が良くないので、将来はそういった研究者になりたいとは思えなかったが。
「でも一昨年は町を観光する時間もあったし、そっちも楽しみにしましょ」
シェスカの言葉と同時に、アンリエッタが教室へ入ってくる。イオ達はそれぞれいつもの座席に戻り、そして朝の挨拶と午前の座学が始まった。
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