第三十話:罰則と決意
「納得がいかねぇ」
不機嫌さを隠さない表情で文句を言い続けるアレックス。イオも彼の気持ちは分かるが、それでもどうにか彼を宥めつつ校舎の窓を雑巾で拭いていた。罰として言い渡された校内清掃も期限はわずか二週間だ。やっていれば終わるのだから、とイオは呑気であった。
結論から言うと、あの後イオ達は無事に保護されて王都へ戻ることが出来た。
盗賊団の戦闘員を全員無力化した後、さてこれからどうしたものかと困り果てていたイオ達だったが、すぐに捜索隊に発見され保護された。同じように襲われ王都に残されていたアリシアが、気を取り戻してすぐに騎士団の詰め所に駆け込み事情を話してくれていたのだ。
魔法学校の生徒であるイオやフレデリカが誘拐されたこの事件に、騎士団の詰め所は火がついたかのような大騒ぎとなった。
後からイオが聞いた話なのだが、この時一番慌てていたのはアルマだったらしい。イオが誘拐されたと聞くや否や、いの一番に飛び出して行こうとしたところをカイネスがどうにか引き留めたのだとか。
そうして急遽結成された捜索隊は目撃証言などから犯人が船を使って逃げたことを割り出す。そして船をだしてカンビエスタ川に沿って川賊の行方を追っていると、イオが森の中で放った大規模魔法を観測。そのまま盗賊団のアジトを発見し、イオ達は無事に保護されたというわけだ。またイオが魔法で捕まえていた盗賊団もそのまま捜索隊の騎士団に引き渡されてお縄となった。
三人は無事に保護され盗賊団は壊滅。これにて一件落着。とは言い切れなかった。
今回、イオ達は誘拐に巻き込まれた被害者だ。それは間違いない。だから初めは無事に救出されたことを喜ばれた。
しかし問題は、イオとアレックスの二人が武力をもって盗賊団を鎮圧したという事実だった。
彼らの身分は未だ幼い学生でしかない。そんな二人が成り行きとはいえ騎士団が手を焼いていた盗賊団を壊滅させてしまった。これが明るみに出れば方々で問題が起きかねない。騎士団の信用問題に関わるし、加えて小さな子供がそれほどに強大な力を持っていると問題視されるのもまずい。
幸いにも現場は森の中、既に廃棄され存在もあやふやになっていた木樵たちの休憩場だ。事件の真相は伏せられ騎士団が誘拐された子供を救出したこと、盗賊団が鎮圧されたことだけが発表された。
そして無事に帰ってきた二人に待っていたのは、アンリエッタとゴドフリー両名によるお説教であった。今一度自分が持つ祝福の力の使い方を考えるよう、そしてむやみに力を振りかざさないよう釘をさされた。さらに二週間の放課後校内清掃を罰として言い渡され、今に至る。
この罰も僅か二週間という、あくまで形式上のものだ。まだ子供に過ぎない二人がこの事件をきっかけに妙な自信や考えを持たないように、というだけのもの。
正当防衛だと考えるアレックスはこの判決が不服らしく、口を開けば文句ばかりを言っているが。今も包帯が巻かれた左手をそのままに、右手だけで雑巾を持って乱暴に窓を拭いている。
「あークソッタレ。なんで俺たちが怒られなきゃなんねーんだよ。あのままだと俺たちはどこかに売り飛ばされてたんだぜ? まったく、むしろ賊を捕まえたことに感謝してほしいくらいだぜ。報奨金みたいなのねーのかよ?」
「まぁまぁ、そのくらいにしておきなよ」
何度目か分からないアレックスの愚痴を聞き流していると、廊下の奥から桶を持ったフレデリカが駆け寄ってきた。
「イオ、水を替えてきましたわ」
「ありがとう、フレデリカ」
フレデリカが汲みなおしてきてくれた新しい水で雑巾を洗い、また次の窓を拭く。彼女もその隣に並び、同じように窓を拭き始めた。
「ごめんねフレデリカ、付き合わせちゃって」
「いいえ、わたくしが自分でしたいと思ったことですもの。むしろ、わたくしだけが何も罰がないことを申し訳なく思ったくらいですわ」
今回、二週間の掃除を言い渡されたのは直接戦闘を行ったイオとアレックスだけだ。フレデリカは自分がもし魔法が使えるようになったら自制を心がけるよう口酸っぱく言われただけで、イオ達のような罰は下っていない。
彼女はそれを申し訳なく思っているようで、自主的にイオ達の清掃活動を手伝ってくれている。
「そういえば、アリシアさんの調子はどう?」
「体はもう心配しなくて良いと、お医者様が言っていましたわ。でも、わたくしを護衛できなかったことを後悔してるみたいなの」
あの事件で一人、誘拐されずその場に置き去りにされたアリシア。彼女がすぐに騎士団の詰め所へ駆け込んでくれたおかげで、イオ達はすぐに救出された。だが彼女自身は自分がフレデリカを守る護衛の役目を果たしきれなかったことを後悔しているらしい。責任感の強いアリシアは今度こそフレデリカを守れるように、いっそう剣の訓練に力を入れるようになったそうだ。
「あんまり気負いすぎるのも困りものだわ。今度、イオからも何か言ってくれるかしら」
「でもアリシアさんの気持ちも分かるなぁ」
イオも今回の事件で自分の未熟さを知った。結果として全員が無事に帰ってくることが出来たが、それは色々な事情が偶然重なった結果に過ぎない。
イオだけでは決してこうはならなかった。アレックスやフレデリカの手助けは勿論、もしも盗賊団が油断せず、初めからイオ達を殺すつもりで攻撃してきていたらどうなっていたか分からない。
決して自惚れていたわけではないが、それでも自分がまだまだ力不足なのだということを思い知らされた気分だった。同時に、少しでも強くならなければという焦りも感じている。
だからイオはアリシアの気持ちも少し分かる気がした。それに彼女の場合、同じく現場に居合わせ戦ったアレックスの存在があるのだ。彼女がアレックスのことをライバル視していてもおかしくない。
「……僕も、もっと頑張らないと」
窓に映り込む自分に言い聞かせるよう、イオは小さく呟いた。
フレデリカは熱心に窓を拭くイオの横顔をじっと見つめた。視線に気がつき、イオが手を止めて振り返る。
「どうしたの、僕の顔に何かついてる?」
「い、いえ。そうではありませんわ」
フレデリカは何度か頭を振った後、何かを決心したように顔を上げた。その随分と改まった様子に、イオは思わず身構える。
「イオ、わたくし決めましたわ!」
「えっ、いきなりどうしたの?」
「今回、わたくしはイオに助けられてしまいましたわ」
「……そんなことないよ。フレデリカだって、僕を守ろうとしてくれたじゃないか」
倒れたイオを庇うように、フレデリカは盗賊団の頭を相手に立ちふさがって見せた。あの姿に勇気を貰ったから、イオは頑張れたのだと思う。
だがフレデリカは首を横に振った。
「いいえ。それでも最後に盗賊団をやっつけてくれたのはイオで、わたくしは何の役にも立ちませんでしたわ。わたくしは、それがとっても悔しい。だからわたくしが魔法を使えるようになったら、今度はわたくしがイオのことを助けてさしあげますわ」
にっこりと笑って宣言してみせたフレデリカ。その真っ直ぐな視線を受けて、イオは感じていた焦りが軽くなったような気分になる。
イオの目標は変わらない。そして自分の実力がまだまだ足りないことも分かった。けれど焦らず、少しずつでも確実に目標に向かって歩いて行こう。
イオは嬉しくなって笑いかえす。
「それじゃあ僕がフレデリカを助けるから、フレデリカは僕を助けて。それで、二人で一緒に他の人も助けられるように頑張ろう!」
「ええ、勿論ですわ!」
手を取り合う二人を横目で見て、アレックスは小さく呟く。
「ならまず小っこいのは魔法が使えないと話になんねーぞ」
「む、貴方に言われなくても分かっていますわ!」
フレデリカが噛みつくように声をあげる。
そんな二人をまた、イオは苦笑いで仲裁するのだった。
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