第二十九話:盗賊団との戦闘

 臨戦態勢のイオ達へ川賊たちがじりじりと詰め寄り、包囲を狭める。彼らは慎重に間合いを測っているようだ。

 ゆえに開戦の合図はアレックスだった。


「おらぁ!」


 雄叫びと共に、腕力で両手の木枷を砕いて腕の自由を取り戻す。その脅威的な腕力に取り囲む男達が息を呑んだが、すぐに二人の男が別々の方向から棍棒を振り抜いた。

 二発の風の弾丸が生まれ、砂を巻き上げながらイオとアレックスへ襲いかかる。

 それを恐れることなく、アレックスは前へと飛び出した。


「イオ、任せた!」

「っ、防御!」


 イオもまた鬼気迫る表情で魔法を行使する。両手を拘束されていても魔法の使用に支障はない。周囲の精霊に心の内で素早く呼びかけ、地面を隆起させて壁を作り防ごうとした。

 だが、イオが願ったよりも魔法が上手く発動しない。生成される壁は小さく、またその速度も遅い。ぎりぎりで風の弾丸を受け止めたが、威力に負けて砕けた土石の破片が舞い、アレックスの頬を掠めた。

 その切り傷を物ともせず、棍棒を持った一番近くにいた男へ詰め寄り右手を大きく振りかぶって殴りかかる。武術も何もない動きだが、気迫のこもった一撃は男の腹を捉えた。


「くたばれぇ!」


 男は悲鳴すらあげられず、吹き飛ばされ地面を転がる。そのまま右手に持っていた粗末な棍棒を取り落とした。


「っしゃ、これなら!」


 アレックスがその棍棒を素早く拾い上げ、近くの盗賊に向かって振りかぶる。


「おっと、そいつはいけないよ!」


 しかしそれに一歩先んじて、頭領が右手を振るった。すると棍棒の周囲から精霊が離れ、魔法の棍棒はただの棒きれに戻ってしまう。当然、アレックスが棍棒を振るっても風の弾丸は出ない。

 アレックスが短く舌打ちをした。


「おい、イオ! お前もコレ、出来ねぇのか!?」

「無理だよ! それに、魔法が上手く使えないんだ!」


 ここは森の中。イオと相性の良い地の精霊は沢山いて、今もイオの視界には精霊達が映っている。しかし彼らは思い思いにあちこちふらふら飛び回るだけで、イオの言葉に耳を傾けようとしてくれないのだ。

 それもそのはず。ここはイオが初めて訪れる地であり、ここの精霊達とは初対面。イオと彼らが親しくなるには時間が足りていない。

 対する盗賊団の頭領はここを根城とするだけあってこの場の精霊の扱いに慣れている。先ほどの素早い反応もそうだ。それに今も、彼女の周りには無数の精霊が付き従っている。


「まずはアンタが先だね!」


 盗賊団の頭領は積極的に動き回るアレックスが厄介だと判断したようだ。剣を振るい、切っ先から放たれた風の弾丸がアレックスへ襲いかかる。

 アレックスは咄嗟に地面を転がり魔法を避けた。しかし周囲を囲む盗賊団達による追撃。エンチャントされた棍棒を持つ男は残り三人。彼らはそれぞれ別々の方向からアレックスへ攻撃を加える。


「がっ!」


 躱しきれずに魔法を食らってしまう。体を強かに打ち据えられ地面を転がったところを五人がかりで取り押さえられた。


「クソッ! 離しやがれ!」


 拘束を脱しようとアレックスが暴れるが、流石に大人五人でのしかかるように押さえつけられてしまってはアレックスのパワーでも身動きが取れない。


「次はアンタの番だよ」


 盗賊団の頭領は続けざまにイオへと剣を振るった。精霊が瞬き、またしても風の一撃が来る。


「お願い!」


 イオが必死に願っても応えてくれる精霊はほんの一部しかいない。どうにかフレデリカだけでも守ろうとしたが、自分の防御に使う土壁の生成が遅れ、防ぎきれなかった風の弾丸がイオに襲いかかった。


「ぐぅっ!」

「イオっ!」


 地面を転がり痛みで咳き込むイオへとフレデリカが駆け寄る。彼女は今にも泣きそうな顔だ。そして、その表情がイオには悔しそうにも見えた。


「わたくしも……魔法が使えたら……!」


 フレデリカはまだ魔法が使えない。もしも魔法が使えたら、ここで戦えたのに。そう思い、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。


「だから言っただろう、やめときなって。大人しくしてくれれば何も命まで取ろうって話じゃないんだよ」


 剣を担ぎ、峰で自分の肩をとんとんと叩きながら、盗賊団の頭領は投降を勧めた。それに対しフレデリカはキッと視線を鋭くして、イオを守るように立った。


「こ、今度はわたくしがお相手いたしますわ!」


 地面に転がったままのイオにはよく分かる。フレデリカの足は小さく震えていた。

 フレデリカには戦う力がない。魔法は使えないし、今も両手は木枷で拘束されたままだ。それでもこれ以上イオを傷つけさせないために立ちふさがる彼女は誇り高く、立派だった。

 その姿を見てイオは自分で自分が情けなくなった。

 守るだなんて大言壮語を吐いておきながら、女の子に庇われている今の自分が情けなくて仕方が無い。

 四肢に力を込めて、どうにか立ち上がる。全身の打撲と擦り傷がじんじんと痛くて、それでもここで立たなければ。そうしてフレデリカの隣に並んだ。

 アレックスは取り押さえられ、身動きが取れない。

 自分がどうにかしなければ。

 必死に頭を巡らせ、打開策を考える。

 盗賊団の頭領は立ち上がったイオへ再び攻撃を加えるため、自分の周りへと精霊を集めた。彼女は精霊遣いでありながらアルマのような正式な魔法使いと遜色ないほど巧みに精霊を従えている。

 その様子を見てイオはふと気がついた。それは自分と精霊との関わり方について。


「……従える」


 イオにとって精霊は友人だ。故にこれまでは彼らに命令する、という意識が薄く、むしろお願いをするように魔法を使ってきた。

 それが間違いだったとは思わない。けれども今は非常時。言うことを聞かないのであれば、無理矢理にでも従ってもらうしかないのではないか。

 自分にはまだまだ力が足りない。アレックスみたいなパワーはないし、フレデリカほど頭も良くない。出来ることは限られている。


 だからこそ、自分が出来ることを精一杯に。


 以前にアルマが言っていた。魔法使いと精霊との親和性は、ある種のカリスマとも捉えられる。そして自分にはそのカリスマがあるのだと。

 自身の力が、行動が、言葉が、生き方が。何よりその魂がどれだけ精霊を惹きつけられるか。

 その一点において、イオは天から愛されている。

 であるなら。イオが真に強く願うのなら。


「一度だけで良い。今だけで良い」


 拳を強く握りしめ、自らを世界に知らしめるよう声の限りに叫ぶ。



「言うことを聞けぇ――!」



 瞬間、宙を漂う精霊がイオの言葉の下に静止した。


「……はっ?」

「す、凄い……」


 精霊が見える二人は言葉を失った。そして次に起きる現象を予測する。それは超常の術、魔法に他ならない。

 静止した精霊たちが激しく瞬きだす。

 ゆっくりとイオが息を吸った。盗賊団の頭領は青ざめた顔で叫ぶ。


「っ、全員逃げ――」


 その声を遮るように、イオは力一杯に叫んだ。


「飲み込め!」


 閃光。直後に轟音。

 いつかの焼き増しのように地面が破砕して土砂と化し、あらゆるものを飲み込もうとする。

 だがそれだけでは終わらない。初めて魔法を行使した、あのときとは違う。

 明滅を繰り返す精霊たちがイオにしか伝わらない合図で誰がどこにいるのか、何がどこにあるのかを教えてくれる。それを見て、イオは自らの意志で敵味方を選びながら土砂を操作して地面の下へと埋めてゆく。


「アレックスはこっちに!」

「のわっ!?」

「フレデリカも離れないで!」

「う、うん!」


 地面が砕けた拍子に拘束を逃れたアレックスが、地面ごと跳ね上げられてイオのすぐ側まで連れてこられる。そしてイオやフレデリカと共に、彼らがいる足下だけが破砕を免れる。

 他の盗賊団構成員たちは皆、突然崩壊した地面に足を取られて体制を崩したところを狙われた。取り落とした武器はすぐに地面の下へと埋められる。さらに手足が土砂に埋まったところを再び固めて拘束される。

 そうしてイオの魔法が収まるころには膝下や手が地面に埋まってしまい身動きが取れなくなっていた。武器を奪い、殺すことなく無力化したのはイオの無意識によるものだったのかもしれない。

 イオは無茶な大魔法の反動なのか、かなり消耗していた。視界がチカチカして頭が痛み、心臓がばくばくと脈打っている。

 だがたった一撃の魔法で状況がひっくり返ってしまった。

 唯一、盗賊団の頭領だけが不安定な足場をまるで軽業師のように跳ねてイオの攻撃から逃れていた。


「……冗談じゃないよ」


 冷や汗を拭い、盗賊団の頭領が悪態をつく。

 彼女の部下達は必死に地面から抜け出そうともがいているが、魔法で固められた地面は一人の力で掘り起こすことが難しい。


「や、やるじゃねぇかイオ!」


 アレックスも突然の出来事で言葉を失っていたが、すぐに隣のイオを称えた。だがイオは険しい表情を崩さない。小さな声でアレックスに囁いた。


「……正直、これ以上は無理かも」


 先ほどの魔法は無理矢理引き出したものでしかなく、精霊がイオに靡いていないことには変わらない。自分の消耗もあり、あと一度か二度の魔法が限界だと本能的に感じていた。

 だがそんな不安を吹き飛ばすよう、アレックスはイオの肩を叩いて不敵に笑った。


「なら、あとは俺に任せろ」


 アレックスは奮い立っていた。自分よりも年下のイオがあれだけ凄まじい活躍をしてみせたのだ。ここで次は自分が決めなければ男が廃るというもの。子供らしくも真っ直ぐな戦意を持って、盗賊団の頭領を睨みつけた。


「さぁ、後はお前だけだぜ!」

「舐めるんじゃないよ、ガキどもが!」


 激高して剣を構える盗賊団の頭領から目を逸らさず、アレックスはイオへと小さな声で伝えた。


「……俺に作戦がある。俺が真っ直ぐ突っ込むから、壁を作って一度だけアイツの魔法を防いでくれ」


 出来るか? という問いかけにイオは任せて、と応えた。


「覚悟しろ!」


 大きく叫び、アレックスは真っ直ぐに飛び出す。


「くたばりな!」


 その絶好の的に対して盗賊団の頭は魔法を解き放った。剣の刺突が風の螺旋を生み、弾丸となって撃ち出される。

 正面から襲い来る見えない脅威を恐れることなく、アレックスはイオを信じて足を止めなかった。


「防げ!」


 イオは作戦通りにその二人の間の地面を隆起させて壁を作り、風の弾丸を防いだ。


「チッ、分かってはいたけどね」


 短く舌打ちをして、盗賊団の頭領は二発目を構える。隆起した壁で遮られて小柄なアレックスの姿は見えないが、左右のどちらから飛び出してきても迎え撃てるように神経を張り詰めさせていた。

 ゆえに彼女にとって、アレックスの行動は予想外であった。


「おらぁ!」


 雄叫びと共に、アレックスが土壁を殴り壊したのだから。

 魔法の弾丸を受け止める強度があるはずの土壁を、アレックスは自らが誇る腕力で殴り壊してみせた。当然それは無茶で、アレックスの左拳が砕けて血が流れる。

 しかし力任せに砕かれ吹き飛んだ土壁の破片が、勢いよく盗賊団の頭領へと襲いかかる。


「なっ!?」


 驚いた彼女は咄嗟に手で顔を庇った。

 そこへアレックスが速度を緩めることなく潜り込んだ。そして小さな体を捻り、無事な右手に力を込めて引き絞る。


「しまっ――」

「吹き飛べぇ!」


 下から突き上げる拳が顎を捉え打ち上げた。

 そしてそのまま大きな音を立てて背中から地面へと倒れ、動かなくなる。アレックスが放った渾身の一撃は、盗賊団の頭領の意識を刈り取った。


「よっしゃぁ!」


 アレックスは右手を突き上げ、勝利の雄叫びを上げた。

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