第二十八話:精霊遣いと魔法使い見習い

「……お、起きてるのかガキども」


 小屋の中の様子をちらりと覗き、見張りらしき男がボソリと呟いた。そしてドアを開けて三人の男が小屋の中へと入ってくる。


「おう、起きたなら大人しく出てこい。ボスがお呼びだ」


 イオを襲った男達とはまた違う顔ぶれだった。用心の為か棍棒や薪割り用の粗末な手斧、果物ナイフなどで武装しており、イオ達を小屋の中から連れ出そうとする。

 三人は僅かに顔を見合わせたが、ここで抵抗しても無駄だと思い大人しく彼らに従う事にした。

 順に小屋から連れ出される。時刻は既に夕暮れで、西日を木々が遮ってしまうため薄暗く感じる。周囲を見回すと、どうやらここは森の中を切り拓いた場所らしい。どこの森の中なのかまでは流石に分かりはしなかった。

 イオ達が押し込められていた以外にも古びた小屋が幾つか並んでいて、ところどころで焚き火を熾しているのが見えた。野営している様子といい、ここは予想通り盗賊団のねぐらなのだろう。

 焚き火の周りには食事の支度をしている女性やその手伝いをする小さな子供の姿もあり、イオは驚いた。想像していたよりも――当たり前のことではあるのだが――生活の様子が窺える。


「ほら、キョロキョロしてないでさっさと歩け」


 背中を乱暴に押され、イオはつんのめるように歩いた。

 イオ達を連行する三人以外にも、少し離れて周りを囲むように四人の男が立っている。随分とイオ達のことを警戒しているようで仰々しい連行だ。


「大人がガキ相手にビビってんなよ、情けねぇな」


 アレックスが挑発するが、男達は口を横に結んだまま何も言わなかった。つまらなさそうにアレックスが舌打ちする。

 そしてすぐ、小さなキャンプ地の中心へと到着する。小さな焚き火を挟んだ向かいに座っていた人物に、男が声をかけた。


「親分、ガキどもが目を覚ましたんで連れてきました」

「おう、ご苦労」


 親分と呼ばれた人物は驚くことに若い女性だった。イオの見立てでは二十代半ばくらいだろうか。動きやすそうな旅装をしていて、すぐ手の届く位置にはおそらくは盗品なのだろう立派な装飾の剣が置いてあった。


「アタシがここの頭さ。よろしくな」


 彼女はイオ達を値踏みするようにじっくり眺めた後、獰猛な猫のように目を細めた。


「聞いたよ、アンタたちは祝福持ちなんだってね? おまけにそっちのちびっ子は魔法が使えるらしいじゃないか。後ろのお嬢ちゃんも、魔法使いの見習いなんだって?」


 彼女の視線は主にイオへと注がれている。今回の誘拐は初めから、イオが目的だったようだ。おそらく、イオとアレックスが揉め事を起こしたあの三人組が彼女に情報を提供したのだろう。


「こんなガキを捕まえてどうするつもりだよ」


 アレックスの声と睨みつける視線には隠すことのない敵意が詰まっていた。盗賊団の頭領はその鋭い視線を面白そうに受け止め、余裕ぶった笑みで答える。


「祝福持ちの人間を妙に欲しがっている変な連中がいてね。そいつらにアンタたちを引き渡せば見返りに大金がもらえるって寸法さ。そろそろこの国からおさらばしようと思ってたときに、アンタ等のことを部下から聞いてね。土産にでもしようって算段なわけ」


 よく分からない裏の繋がりがあるようだが、分かりやすく言えば身売り目的の誘拐ということのよう。


「……あなたが盗賊行為をしていると噂の精霊遣いですね」


 イオの口から飛び出した言葉を聞いて、驚きと共に彼女は口の端を歪めた。


「何だい、アタシはこんなちびっ子に知られるほど噂になってるのかい? まぁここのところはちょいと派手に暴れてるからねぇ。そうさ、アタシは魔法が使えるんだ。こいつは便利な物だね」


 彼女はおもむろに、側においてあった剣を鞘から抜いた。揺れる焚き火の光を刀身が反射する。そして軽く振りかぶると、切っ先をイオ達へ向けて振り下ろした。

 イオの目には周囲の精霊の動きが映っていた。剣の周りへ集まり光を放つ精霊達。

 次の瞬間、剣先から不可視の弾丸が放たれた。魔法によって生み出された突風の一撃は、イオ達と彼女との間に着弾して地面を抉り、土埃を巻き上げながらそこにあった小さな焚き火を粉々に吹き飛ばす。

 間違いない、魔法が発現した。

 そのまま示威的に、切っ先がイオ達へ突きつけられる。嫌な汗がイオの頬を伝う。後ろでフレデリカが身を固くした気配を感じた。


「だけど、アタシにも少し考えがあるんだ。だからわざわざこうして面と向かって話してる。アンタ達、アタシの仲間になる気はないかい?」


 剣先をこちらに突きつけたままの、脅しとしか受け取れない勧誘だった。


「ゆ、誘拐しておいてどの口が言うのかしら!」


 フレデリカが震えた声で叫んだ。誘拐して売り飛ばすと言っておきながら、仲間になれとはどういう了見なのか。イオも視線が鋭くなる。


「荒っぽいのは悪かったさ。それからアンタ達を売り飛ばすつもりなのもホント。だけどアタシは魔法がどれだけ凄い物なのかも、身をもって知っている。だからアンタ達を怪しい連中に売り飛ばして手に入る大金と、アンタたちがアタシの手駒になったときの価値。その二つを天秤にかけているのさ」


 魔法の力は計り知れないと嬉しそうに語るその瞳は、力に酔っているようにも見えた。粘つくような視線がイオへ絡みつく。


「特に魔法が使えるアンタならアタシの考えも分かるだろう? 魔法ってものの可能性は無限さ。アタシの魔法とアンタらの力を上手く使えば大抵のものは手に入る。だからどうだい、アタシと組まないか? 手伝ってくれるのなら、悪いようにはしないよ」

「……断ったら?」

「縁がなかったってことで、このまま売買サヨウナラだね。仲間じゃなくたって、アンタたちは立派な商品さ。アタシの役に立ってもらう」


 不遜な物言いだった。しかし彼女の言うことはある種真実でもあった。魔法には常識外の力が備わっている。だからこそイオには分からない。どうして彼女はこの魔法の力を、誰かの為に使えなかったのか。イオは問いかけずにいられなかった。


「どうして……」

「うん?」

「どうして、魔法をそんな風に使うんですか。盗賊なんてしないで、今からでもちゃんと魔法使いになれば」


 全てが思いのままとはいかなくても、魔法使いになればお金だってたくさん手に入るはずだ。彼女は既に強力な魔法が使える。彼女の目的がお金や豊かな暮らしなのだとしたら、わざわざこんな盗賊行為をしなくたっていいはずだ。

 イオは切に願った。同じ精霊遣いとして、まっとうに魔法使いを目指して欲しい。そうでなければイオが将来目指すべきものすら否定されているような、そんな気がして。

 だが盗賊団の頭領はゆっくりと首を振った。


「そりゃ、そうしてアタシが頑張って魔法使いになったとすれば、アタシは食っていけるだろうさ。だけどそうしたら、他の連中はどうするんだい? 家も畑も失って、大した学もない。そのくせ嫁と子供を食わせなきゃいけないような連中ばかりだよ」


 彼女の広げた両手が、イオ達を囲む盗賊団の構成員を順に指し示していく。彼らにも、イオの知らない事情があるのだと。それでも生きていかなければならないのだと。


「魔法は凄いさ、アタシもそう思う。だけど人間の手が届く範囲ってのは限りがあるんだ。誰かを助けるってのは、誰かを助けないことと同じなの。そしてアタシは仲間を見捨てるような真似はしない」


 彼女の瞳は魔法の力を盲信しながら、どこまでも冷静に現実を見ている。


「だからアタシはアタシの魔法を自分と仲間の為に使う。仲間を放り捨てて顔も知らないような誰かを助けるなんて、アタシは真っ平御免だね」


 イオは彼女の瞳を見て理解した。彼女には彼女なりの考えがあり、理由がある。だけれどもそれはイオには受け入れがたいものだ。

 目が覚めてからずっと緊張と恐怖でうるさかった心臓の音が遠のいた気がした。視界が妙にはっきりしたような感覚になる。そして代わりに、冷たい怒りの感情が腹の中から湧いてくる。

 こんな風に思考が冴えてゆく感覚を味わうのは二度目のことだった。一度目は、アルマと共に初めて鬼と戦った時。あのときは無我夢中で、みんなを守りたいという気持ちだった。

 だけど今回は違う。冷静に、イオは腹を立てていた。


「それでどうする? アタシと組めば大抵の物は手に入る。さっきも言ったけれど、手伝ってくれるのなら悪いようにはしない。アタシは仲間には優しくするんだ」


 盗賊団の頭領は問いかける。

 しかしイオの答えは決まっている。睨み返し、胸を張って宣言した。


「僕の魔法は自分だけの為に、誰かだけの為にあるんじゃない。僕の魔法は皆の為に使う。僕はあなたの仲間にはならない」


 その言葉の力強さと込められた熱に、フレデリカとアレックスの二人は僅かに驚いたようだった。


「それで痛い目を見ることになっても?」

「それでも、僕は父さんと約束したんだ。家族や友達だけじゃなくて、今日出会ったばかりの人も、まだ出会っていない誰かも、世界中のみんなを助けられる人間になるって」

「……真っ直ぐに青いね。そんな綺麗事は世間を知らないガキの空想だよ」


 呆れたようにため息を吐き、盗賊団の頭領は視線をイオからフレデリカへと移した。だがフレデリカも答えは決まっていたようで、


「わたくしだって願い下げですわ!」


 イオの言葉に続くよう叫んだ。恐怖からか少し上擦った声だったが、それでも彼女の決意の表れだ。そしてそのままアレックスにも期待の眼差しを送った。だが当の本人はやや投げやりな言葉で。


「正直、俺は飯が食えればそれでいいんだよなぁ。人のことをとやかく言えるほど綺麗な生き方もしてねーし」


 後に続くと思っていたフレデリカはショックを受けたような表情になった。まさか裏切るつもりかと思ったのだろう。


「なら……」

「だけど、俺も決めてることがあんだよ。やられたらやりかえす。ぶん殴られた借りをまだ返してねぇよ。話があるならそれからだ」


 フレデリカの表情がパッと明るくなった。そんな風にコロコロと表情が変わるフレデリカと、アレックスらしい反骨的で捻くれた態度。それらを見て、イオは場違いにも小さく笑った。

 決意の眼差しのイオ。対抗するよう、両手を握りしめたフレデリカ。そして静かに戦意を滾らせるアレックス。そんな三人を見て盗賊団の頭領は顔をしかめる。


「アタシとしては、このまま大人しくしておいてほしいんだけどね。売り物にキズはつけたくないんだけど」

「そいつは無理な相談だな」


 剣呑な気配を帯びた十人以上の男たちがイオ達を遠巻きに取り囲む。それぞれがエンチャントされた棍棒や薪割り用の斧などを構えて臨戦態勢だ。対するこちらは小さな子供三人組。傍からみれば絶体絶命のピンチだろう。


「で、威勢良く啖呵切ったイオよぉ。何か考えでもあるのか?」

「ないよ。アレックスは?」

「ここであいつら全員ぶちのめせば大手を振って帰れるぞ」

「じゃあそれで」

「……お前さ。面構えに似合わず、気合い入った時は意外と思い切り良いよな。俺のことをとやかく言えねーぞ」


 逃げ出すための作戦を考えていたはずが、こうして大立ち回りをすることになるとは。アレックスは小さく苦笑した。

 この場で唯一戦えないフレデリカを守るために、イオは一歩前にでて彼女を庇う。


「フレデリカ、僕の後ろから離れないで」


 年不相応の男らしい言い分に、フレデリカは微かに頬を染めながら大人しく従った。


「お前達、相手は祝福持ちだ。ガキだからって油断するんじゃないよ。殺しは駄目だが、最悪手足の一本二本は折っていい」

「だ、そうだ。こっちも気合い入れていくぞ、イオ」

「うん、大丈夫」


 二人は互いに頷きあった。

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